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色あせた世界に咲く花:顔、貸します ~記憶を返す少女の歌~赫映 ~無貌の神がくれた色彩~  作者: 「大和 尚羅夢」小花羅夢一生推し


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AIが選ぶ顔

ステージ上のもんろは、完璧だった。

控え室のモニターを通して、私は彼女の一挙手一投足を観察していた。子どもの前での慈善公演。客席には、CPDSと診断された5歳から12歳までの児童100名が、保護者と共に座っている。子どもたちの顔は、灰色の世界に長く暮らしてきた者特有の、感情の起伏に乏しい平板さを帯びていた。笑うことも、泣くことも、怒ることも、すべてが色を失った世界では、表情をつくる動機そのものが希薄になるのだ。

もんろは、能面をつけたまま、ステージの前方にしゃがみ込んだ。子どもたちと視線の高さを合わせる。

「みんな、こんにちは」

声は、楽屋で聞いた時よりも、明らかに高く、柔らかく調整されていた。八度ほど上がっているだろう。微表情分析グラスが表示する声帯解析データがそれを裏付ける。

ピッチ:+7.8半音

トーン:温かみ(シミュレート)

感情付与:親愛・保護

「今日は、みんなに会いに来てくれて、ありがとう」もんろは、小さく手を振った。その動きは、少し大げさで、子ども向けテレビ番組のお姉さんのようだった。「お歌を歌う前に、ちょっとしたお話をしてもいいかな?」

客席の子どもたちは、無反応に近い。ただ、じっともんろを見つめている。

もんろは、それに動じることなく、語り始めた。

「昔々、あるところに、色をなくしてしまったウサギさんがいました」

彼女の物語は、明らかに即興で、かつ拙かった。起承転結がはっきりせず、ところどころ言葉に詰まる。しかし、その「拙さ」自体が、おそらく計算されていた。完璧すぎるパフォーマンスは距離を感じさせるが、少しだけ失敗を見せることで、親近感を生む。心理学の初歩だ。

「ウサギさんは、にんじんが大好きだったのに、にんじんが赤いってどういうことか、わからなくなっちゃった。お友達の顔も、みんな灰色に見える。悲しくて、毎日泣いてたんだ」

物語が進むにつれ、客席の子どもたちの表情に、わずかな変化が現れ始めた。眉が少し上がる。口がぽかんと開く。一人の女の子が、無意識にもんろの方に体を乗り出した。

微表情分析グラスが、客席の子どもたちの表情をスキャンし、データを表示する。

対象児童A:注意力上昇、瞳孔拡大(興味)

対象児童B:口角微上昇(無意識の微笑み?)

対象児童C:前傾姿勢(没入)

もんろの物語は、ウサギさんが「色の妖精」に出会い、歌を教えてもらうところで終わった。

「そしてね、ウサギさんがその歌を歌うと、にんじんが…ほんの少しだけ、ほんのり、あたたかい色に見えたんだって」

もんろは、立ち上がり、マイクに口を寄せた。

「じゃあ、みんなも一緒に、その歌を聞いてみようか?」

伴奏が流れ始める。もんろが歌い出す。

その歌声は、物語を語っていた時とはまた違う質感を持っていた。より澄み、より深く、空間全体を震わせるような響きだった。専門的に言えば、倍音を意識的に増幅させる発声法を使っている。聴く者の脳波をアルファ波優位に導き、リラックスと共感を促す技法だ。

客席の子どもたちの変化は、次第に明らかになっていった。

一人の男の子が、突然、隣に座る母親の手を握った。母親は驚いたように息を呑む。男の子は、母親の顔をじっと見つめ、口をもごもごと動かした。

「…ママの目、茶色」

声は小さかったが、モニターの集音マイクが捉えていた。母親の目に、涙が光った。

別の女の子は、自分の洋服の袖を引き寄せ、じっと見つめている。そして、かすかに「…ピンク」と呟いた。

もんろの歌声が、CPDSの症状を一時的に緩和している。子どもたちは、灰色のベールの向こうから、ほんの一瞬、失われていた「色」の感覚を取り戻し始めていた。

しかし、私の目には、相変わらず、すべてがモノクロだ。客席の子どもたちの感動の涙も、母親の笑顔も、すべてが白黒映画の一場面のようにしか見えない。

私の注意力は、むしろステージ上のもんろに集中していた。

微表情分析グラスは、彼女の生体データをリアルタイムで表示している。

心拍:60/分(安定)

発汗:なし

筋電図:顔面筋、『優しさ』テンプレートに完全一致

彼女は、完璧に「優しいお姉さん」役を演じきっている。しかし、その完璧さの裏側には、何があるのか。楽屋で彼女が語った「借りたもの」の重み。あの変動し続ける顔。48%に達した混沌度。

一曲が終わり、客席からかすかな拍手が起こった。子どもたちは、まだぼんやりとした表情をしているが、目にはわずかな輝きが戻っている。

もんろは深く礼をし、ステージを去っていった。

控え室のモニターを、楽屋のカメラに切り替える。

もんろが楽屋に戻ってきた。能面を外し、衣装を脱ぎ始める。その動きは、ステージ上の優雅さから一転、機能的な、無駄のない動作に変わっている。まるで、役者が舞台を降りて、役柄を脱ぎ捨てるように。

衣装をハンガーに掛け、もんろはデスクの前に座った。すると、デスク上の大型タブレットが自動的に起動し、画面に表示された。

《明日の面容提案》

AI分析に基づく最適表情プロファイル

もんろは、無表情で画面を見つめる。その顔は、ステージ上で見せた「優しさ」の痕跡は一切なく、また、楽屋で私と話した時の、わずかな感情の揺らぎもない。完全な「空白」だ。

タブレットの画面には、明日のスケジュールと、それに応じた「面容提案」が表示されている。

午前10:00~12:00 国会公聴会(CPDS対策予算審議)

提案面容:『権威+慈悲』複合型

参考モデル:最高裁判事 鶴岡洋子(72)+ 慈善家 桜井怜(45)

特徴:眉はやや引き締め、目尻は下げず、口元は緩やかな緊張感。聴取者に「専門性と人間味」を同時に印象づける。

画面には、二つの顔写真が並び、それらを合成したような、第三の「面容」が3Dモデルで表示される。中年女性の知性と、年配女性の風格を併せ持つ、しかしどこか現実には存在しないような、不自然に整った顔だ。

もんろは、その3Dモデルをじっと見つめ、軽くうなずく。承認の合図だ。

午後14:00~15:30 製薬会社スポンサーイベント(新薬発表会)

提案面容:『信頼+科学的』型

参考モデル:ノーベル賞受賞者 山崎真理(68)+ ニュースキャスター 藤原涼(32)

特徴:額を広く見せ、鼻筋を強調。口元は微笑みながらも、目は冷静に。『革新性と安心感』のバランス。

また別の合成顔が表示される。こちらは、科学者の鋭い眼光と、アナウンサーの整った顔立ちを組み合わせている。

もんろは再びうなずく。

夜22:00~24:00 深夜ラジオ番組『心の色、探して』(生放送)

提案面容:『親密+癒やし』型

参考モデル:人気声優 星野雫(24)+ 心理カウンセラー 岡本静(50)

特徴:目をやや大きく見せ、口角を自然に上げる。顎のラインを柔らかく。『隣にいるような安心感』を演出。

三つ目の合成顔。若さと経験、無邪気さと深みを併せ持つ、これまた非現実的な「完璧な」顔。

もんろは三つ全ての提案を承認すると、タブレットの横にあるスマートミラーの電源を入れた。ミラーには、先ほど承認した三つの「面容」が、順番に表示される。

彼女はミラーの前に立ち、まず最初の「国会モード」の面容をじっと見つめる。そして、自分の顔を、ゆっくりと、その合成顔に「合わせて」いった。

眉を少し上げ、目尻を下げず、口元をきりっと結ぶ。頬の筋肉を微妙に緊張させる。

その過程は、見ていて不気味だった。人間が表情を作る時、内面の感情が自然に顔に表れる。しかしもんろの場合は、内面からではなく、外部から与えられた「設計図」に、物理的に顔のパーツを合わせにいっている。粘土をこねて形を作るように。

「権威と慈悲、権威と慈悲…」

彼女は小声で呟きながら、微調整を繰り返す。時折、タブレットに表示された3Dモデルと、ミラーに映る自分の顔を見比べる。

「眉の角度、もう0.5度上げて…口元の緊張、緩めすぎ…」

完全に技術者のようだ。いや、彼女自身が、自分という「機械」の調整をしているのだ。

十分ほど練習した後、彼女は「国会モード」の表情を固定し、数秒間保持する。その間、微表情分析グラスは、すべての筋肉が指定された位置で完璧に静止していることを示していた。

次に、「製薬会社モード」へ切り替え。先ほどの表情が、一度「ニュートラル」に戻り、また新たな設定へと移行していく。顔の筋肉が、あたかも別の人格に乗り移られたかのように、滑らかに形を変えていく。

この様子を監視しながら、私はあることに気づいた。もんろの表情切り替えの「間」にある、ほんの一瞬の「空白」だ。例えば、「国会モード」から「製薬会社モード」へ変わる瞬間、彼女の顔は、わずか0.5秒ほど、すべての筋肉の緊張が解け、何の感情も、意図もない、完全な「無」の状態になる。それは、機械の電源が切り替わる時の、一瞬のブランクのようなものだ。

役割と役割の『間』に、0.5秒ほどの『無』がある。

その「無」の瞬間、彼女の目は、焦点を失い、虚空を見つめる。そこには、「もんろ」という個人らしきものは、微塵も感じられない。

ただの、空っぽの器。

その時、楽屋のドアが勢いよく開いた。

「もんろさん、次のスケ…あっ!」

若い男性スタッフが、書類を持って飛び込んできた。彼は、ミラーの前で「国会モード」の厳しい表情を固定しているもんろを見て、言葉を詰まらせた。

もんろは、スタッフの方を向いた。その顔は、まだ完全に「権威と慈悲」の表情のままだった。眉は引き締まり、口元は緊張している。その表情で、いかにも重役が部下を睨みつけるような、威圧的なオーラを放っている。

スタッフは、たじたじと後ずさりした。

「す、すみません! ドアノック忘れて…」

もんろは、一瞬だけ――ほんの0.2秒ほど――固まった。そして、その表情が、ちりちりと崩れていくように柔らかくなった。眉が下がり、目尻が下がり、口元が緩んで、あの「優しいお姉さん」の微笑みへと変容した。

「大丈夫ですよ。何ですか?」

声も、先ほどまでの低く落ち着いたトーンから、高い優しいトーンに切り替わっている。

スタッフはほっとしたように息をついた。

「はい、明日の国会公聴会の、最終打ち合わせの時間についてで…」

「かしこまりました。すぐ参りますので、少しお待ちいただけますか?」

「はい! では、外で待ってます!」

スタッフは、ぺこりと頭を下げ、ドアから出ていった。

ドアが閉まる。

もんろは、スタッフが去った方向をじっと見つめていた。その顔には、まだ「優しいお姉さん」の微笑みが貼り付いている。

そして、3.2秒。

私のマイクロ秒単位のタイマーが正確に計測した。3.2秒間、彼女はその表情を保持した。

3.3秒目。

微笑みが、消えた。

電源を切られたロボットのように、表情の光が一瞬で消える。口角はニュートラルな位置に戻り、目の輝きは失せ、眉は無感情な水平の位置に落ち着く。

彼女は、再びスマートミラーに向き直った。ミラーには、まだ「製薬会社モード」の面容が表示されている。彼女は、深呼吸一つせず、その表情の練習を再開した。

私は、小さな端末を取り出し、監視ログに記録を書き込んだ。

時間:公演終了後45分

対象:赫映もんろ

観察事項:対象は、明日のスケジュールに応じたAI提案面容の練習を実施。三つの異なる『役割』を、完全に切り分けて模擬。役割間の切り替え時に、約0.5秒の『無表情空白期間』を確認。これは、感情の自然な移行ではなく、プログラム的切り替えの可能性を示唆。

追加:スタッフの不意の侵入に対し、対象は瞬時に『日常モード』へ切り替え、対応後、3.2秒で表情を解除。この反応は、あらかじめ設定された『対人インタラクションプロトコル』に従ったものと推測される。

疑問:対象の内面に、これらの『役割』を超えた、持続的な自我は存在するか?

書き終え、送信する。

楽屋では、もんろが三つ目の「ラジオモード」の練習を終えようとしていた。ミラーに映る彼女の顔は、今度は柔らかく親密な微笑みを浮かべている。深夜のリスナーに語りかける、理想的な「癒やしの声」の顔だ。

彼女はその表情を数秒間キープし、うなずいて練習終了の合図をした。

スマートミラーの電源が切れる。タブレットもスタンバイモードに入る。楽屋の明かりは、自動的に薄暗い待機モードに切り替わった。

もんろは、デスクの椅子に深く座り込んだ。背もたれにもたれ、天井を見つめる。その姿勢は、初めて「くつろいだ」ように見えた。しかし、微表情分析グラスは、彼女の筋緊張がほとんど緩んでいないことを示していた。依然として、何らかの「モード」が稼働しているのか、あるいは、そもそも完全にリラックスするという状態が存在しないのか。

しばらく静かな時間が流れた。

そして、もんろが、ごくかすかに、鼻歌を歌い始めた。

《ゆりかごの歌》

日本の誰もが知っている、伝統的な子守唄だ。彼女の声は、ささやくように、息が漏れるような音量で、しかし、驚くほど正確な音程で歌われている。

ねんねんころりよ おころりよ

ぼうやはよい子だ ねんねしな

その歌声は、ステージ上のパフォーマンスとも、AIが提案したどの「モード」とも違う、不思議な質感を持っていた。技術的には完璧だが、そこに「演じよう」という意図が感じられない。ただ、無意識に、あるいは習慣で、口ずさんでいるように聞こえた。

生体センサーのデータは、相変わらず安定している。

心拍:59/分

呼吸:規則的

発汗:なし

すべてが平静だ。この子守唄を歌っているのが、心から安らぎを感じているからなのか、単に発声練習の一環なのか、判別できない。

彼女は、一曲歌い終えると、静かに目を閉じた。

その時だった。

モニターの高解像度カメラが、あるものを捉えた。

もんろの左目の、目頭のわずかに下。能面の縁が当たる位置から、一滴の、透明な液体が、ゆっくりと、線を引くように流れ落ちた。

涙だ。

しかし、もんろの顔には、悲しみの表情はない。目を閉じたまま、無表情に座っている。ただ、その一滴の涙が、頬を伝い、顎の先で揺らいで、ついに床に落ちる。

生体データは、依然として平静のまま。心拍数に変動なし。呼吸は規則的。発汗もない。

涙が流れたという事実と、生理的反応の平静さ。この矛盾は、何を意味するのか?

感情がなくても、涙は出るのか? それとも、これは何かの「誤作動」か? あるいは——

楽屋のドアをノックする音がした。

もんろの目がぱっと開いた。その目は、涙の痕跡はあっても、乾いていた。彼女は素早く立ち上がり、デスクの抽斗からハンカチを取り出し、さっと顔を拭った。

「どうぞ」

ドアが開き、先ほどのスタッフが顔を出した。

「もんろさん、打ち合わせの時間です」

「はい、今行きます」

もんろは、さっきまで座っていた椅子をきちんと引き、デスクの上のものを整え、スタッフの方へ歩み寄った。その顔には、もう涙の痕跡はなかった。ごく自然な、中性の表情だ。

彼女がドアを通り過ぎようとした時、私はモニター越しに、あることに気づいた。

もんろのスケジュール表が、タブレットのスタンバイ画面上に表示されたままだった。明日から、びっしりと予定が詰まっている。そして、そのスケジュールは、ちょうど——

私は、ズームインする。

87日先まで、予定が埋まっていた。

87日。

伊達課長の言葉を思い出す。

『現在の活動頻度と混沌度上昇率から計算すると、あと約1年2ヶ月で、混沌度75%の閾値に達する』

1年2ヶ月。約14ヶ月。420日。

しかし、このスケジュールは87日分しか表示されていない。つまり、この先の3ヶ月弱しか、予定が立っていない。それ以降は、空白か、あるいは——

もんろが楽屋を出て、ドアが閉まった。

モニターには、空っぽの楽屋が映るだけだ。スマートミラーは黒い画面。タブレットはスタンバイの光をぼんやり灯す。床には、一滴の、乾ききらない涙の痕が、かすかに光っている。

私は、監視ログに、最後の一行を追加した。

追記:対象のスケジュールは、87日後までで終了している。これは、混沌度閾値到達予測時期と符合しない。何らかの『終了点』が設定されている可能性がある。要調査。

夜の帳が下りる。楽屋の窓の外、東京のネオンが灰色の闇に浮かび上がる。

私は、モニターの前からゆっくりと立ち上がり、自身の控え室へと戻った。廊下の白い蛍光灯が、長い影を落とす。

あの一滴の涙は、何だったのだろう。

演算結果の表示エラーか。それとも、あの「0.5秒の無」の隙間から、何かが滲み出てきたのか。

もし後者なら——その「何か」は、いったい、誰の涙なのだろう。

もんろの? それとも、彼女が「借りた」無数の人々の中の、誰かの?

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