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色あせた世界に咲く花:顔、貸します ~記憶を返す少女の歌~赫映 ~無貌の神がくれた色彩~  作者: 「大和 尚羅夢」小花羅夢一生推し


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剥離器

コンサート前夜、私は行動を起こした。

移動実験車両内での監視は、深夜帯になると幾分か緩む。もんろは薬物投与による強制睡眠下にあり、看守の兵士たちも交代時間で手薄になる。私は、監視用端末に残っていた旧職員時代のバックドア(システム管理者用の緊急アクセス経路)を使って、厚生省の内部ネットワークに侵入した。アクセス記録は自動消去されるが、時間は限られている。

キーワードは「剥離器」「面容保管」「プロジェクト・レプリカ」。碇大佐やその部下たちの会話からかすかに聞き取った断片だ。

検索結果は、ほとんどが「アクセス拒否」。だが、一つ、興味深い文書がヒットした。『特殊文化財デジタルアーカイブ化計画・補助資料』。閲覧権限は、かつての私の職位(監視官)ではぎりぎり閲覧可能なレベルだった。

文書を開く。中には、107枚の能面の高精細3Dスキャンデータ、情感パターンの数値化記録、そして…『後継容器製造・進捗報告』という項目。

私は息をのんだ。報告書には、無表情な写真と共に、十数体の少女の身体が、透明な培養槽の中に浮かんでいる様子が記録されていた。全て、もんろにそっくりの容姿。しかし、顔は…真っ平らだ。目も鼻も口もない、卵の殻のような曲面。もんろが108号培養槽の中にいた、まさに「初期状態」そのものだった。

件名:後継容器レプリカ量産化・第一ロット完了報告

第108号(赫映もんろ)を原型とする、高純度情感収容容器の量産化に成功。現在、安定個体数:24。全て「空白状態」を維持。

目的:現行108号が限界に達した場合、または戦略的必要が生じた場合の、代替容器としての利用。あるいは、大規模情感災害発生時の、分散型収容ネットワークの構築。

注記:現行108号に観測される「自我様の意識活動」は、設計上の予期せぬ副作用バグと判断。レプリカには、感情モジュールを意図的に未搭載とし、純粋な「器」として最適化済み。

文章は淡々と、非人間的な用語で書かれていた。「容器」「レプリカ」「感情モジュール」。もんろの苦しみ、彼女の「私でいたい」という切なる願い、全てが、単なるシステムのバグとして片付けられている。

そして、保管場所:厚生省・地下三階『特殊生体素材保管庫』。剥離器も、そこにあるらしい。

時間がない。コンサートは明日の夜明けだ。今動かなければ、もんろは、博物館の飾り物になるか、あるいは、この「レプリカ」たちと同列の「代替可能な部品」として扱われるだけだ。

私は、監視兵の隙を見て、車両の非常用ハッチ(外部メンテナンス用)をこじ開けた。外は、仮設基地の片隅だ。警備の目をかいくぐり、基地の外へ。純心会から事前に受け取っていた、偽造IDカードと、変装用の作業服に着替える。

深夜の東京。灰色の街を、私は厚生省の裏手にある、無人の資材搬入口へと向かった。ここは、旧知の警備員(今はもう退職しているが、昔の惰性でパスワードを変えていなかった)から聞いていた、セキュリティの盲点だ。


厚生省の地下は、病院よりもさらに無機質で、冷たい空間だった。

白い蛍光灯が延々と続く廊下。床は磨き上げられたコンクリート。空気は循環装置の音だけが響く。私は、清掃員のふりをして、地下三階へと降りる貨物用エレベーターに乗り込んだ。

目的地の『特殊生体素材保管庫』の前には、重厚な金属製の扉と、生体認証スキャナーがあった。が、私の偽造ID(今回は、結衣のネットワークが本物の研究員データを基に作成した高精度のもの)と、掌紋偽造シートが、かすかに、しかし確かにスキャナーを欺いた。扉が、重い音を立てて横に滑る。

中に入った瞬間、私はその光景に、足を止めざるを得なかった。

広大な空間。天井は高く、薄暗い青みがかった照明が灯っている。そして、その空間を埋め尽くす、無数の円筒形のガラス槽。

一つ一つ、高さ約二メートル。中は透明な培養液で満たされ、無数のチューブや電極が接続されている。そして、その中に浮かぶのは――。

もんろたちだ。

いや、正確には、もんろのコピーたち。数十体。いや、百は下らないだろう。全て、同じ長い黒髪、同じほっそりとした体型。そして、全ての顔が、真っ平らなのだ。目も鼻も口もない、つるりとした卵型の曲面。無表情というより、表情を形成する機能そのものが存在しない顔。

彼女たち(いや、それら)は、目を閉じ、深い眠りについている。胸はかすかに上下し、生命は維持されている。が、そこに「意識」があるようには見えない。完全な、生ける人形。器。

私は、吐き気を覚えた。もんろが、こんなものたちと同じ「製品」の一つとして扱われている。いや、彼女には「自我」という欠陥がある分、これらの「完成品」よりも価値が低いとすら見なされているかもしれない。

部屋の中央には、一台の、不気味な機械が置かれていた。剥離器だ。

それは、歯科治療椅に似ていたが、はるかに複雑で、無数の光ファイバーと電極の束が、頭部を固定する部分から放射状に伸びている。椅子の上部には、大型のレンズと、微細な針が無数に並んだヘッドのようなものがぶら下がっている。どう見ても、人間の顔に使う機械には見えなかった。

傍らの制御コンソールのモニターには、装置の仕様とプロトコルが表示されていた。私は、息を殺して読んだ。

情感記憶剥離プロトコル v2.1

対象:巫女系容器(108号シリーズ)

目的:容器内に蓄積された他者由来の面容記憶データを、物理的損傷を与えずに抽出・デジタル化。同時に、容器内の自発的情感生成機能(「自我」)を永続的抑制。

過程:

1.

対象を化学的・神経的に完全麻痺(痛覚は遮断不可)。

2.

3.

マイクロニードルアレイにより表皮から直接、面容記憶の神経結晶パターンを走査・抽出。

4.

5.

抽出データをリアルタイムでデジタル変換、アーカイブ。

6.

7.

自我の中枢神経経路に、選択的不可逆的損傷を付与。高次脳機能の永続的停止。生命維持機能は温存。

8.

結果:容器は、持続的植物状態に移行。情感データの生きた保管庫として機能するが、自発的意识・思考・感覚は一切なし。最適化された「器」となる。

注意:プロセス中の対象の主観的苦痛は、神経学的には「痛み」として記録されるが、行動・表情による表現は麻痺により不可能。外見上は無表情。

私は、文字を読みながら、全身が震えた。痛覚は遮断不可。永続的植物状態。高次脳機能の永続的停止。

もんろを、ただの生けるデータベースに変える。感じ、考え、苦しみ、願う彼女を、完全に消し去り、空っぽの入れ物だけを残す。その過程で、彼女は、声も出せず、動けず、ただ、恐ろしい痛みの中に閉じ込められる。

「畜生…」

私は、歯を食いしばり、コンソールを握りしめた。画面に映る、無数のガラス槽の中の、無面のコピーたち。彼らは、もんろの「あるべき姿」なのだ。感情も自我もない、完璧な道具。

ふと、一つのガラス槽に、目が留まった。他のものよりも少し小さく、古びている。表示ラベルには、『108号・初期状態 プロトタイプ』 とある。

中には、他と同じく、無面の少女が浮かんでいる。しかし、その顔を、私はよく見た。神社の鏡石に映った、あの培養槽の中の、最初の「もんろ」そのものだ。全くの空白。何もない。

その槽の下の説明文。

感情モジュール未搭載。自我意識なし。

最適な器。

注記:現行108号に発生した「自我」は、初期プロトタイプとの比較において、明らかにシステムエラー。今後の量産型では、同様のエラー発生を防止するため、神経発達抑制剤の投与を計画。

「バグ」…

もんろが、私と過ごした一日。クレープを嬉しそうに食べる姿。観覧車で怖がりながらも夜景に見入る姿。ブランコで無邪気にはしゃぐ姿。あの「たった一つの歌」を口ずさむ姿。全てが、エラー。欠陥。

政府にとって、彼女の唯一の価値は、この中に詰まっている「借り」のデータだけだ。彼女自身の「私」は、邪魔でしかない。

私は、コンソールのハードディスクケースをこじ開けた。中には、メイン制御チップのスロットがあった。中心には、親指の爪ほどの大きさの、乳白色の結晶チップがはめ込まれている。これが、剥離プロトコルの心臓部だ。

慎重にチップを引き抜く。チップの裏面には、微細な文字が刻まれている。ルーペで覗く。

『緊急停止コード:MOTOMURAI - 良心のバックドア by Dr.K』

開発者(おそらく良心ある科学者)が残した緊急停止コードだ。このコードを入力すれば、剥離プロセスを中止できるかもしれない。

私は、懐から小型の彫刻刀を取り出し(結衣から渡された、護身用のもの)、チップの裏面の余白に、ごく細かく、しかし確かに、一文字ずつ刻み込んだ。

『彼女を、ただの器にするな。』

刻み終えると、チップをポケットにしまい込む。そして、コンソールに、私の本物の監視官IDカードを、わざとらしく置いていった。純心会の仕業に見せかけるための囮だ。

警報が鳴り響く前に、私は保管庫を後にする。貨物用エレベーターで地上へ。裏口から外へ飛び出す。夜明け前の冷たい空気が肺を刺す。

仮設基地に戻り、非常ハッチから車両内へと潜り込む。何事もなかったように監視席に座る。心臓が高鳴っている。ポケットの中のチップが、火のように熱く感じる。

ブースの中でもんろは、相変わらず深く眠っている。薬物のせいか、表情は固定されたままだ。しかし、時折、瞼の下で目が微かに動く。悪夢でも見ているのだろうか。あるいは、無数の他人の記憶が、眠りの中で蠢いているのか。

私は、窓越しにもんろの眠る横顔を見つめ、拳を握りしめた。ポケットの中のチップを、しっかりと握りしめる。

「絶対に…」

声にならない声で、誓う。

「絶対に、お前を…あんな機械に…繋がせない」

窓の外、東の空が、かすかに紫色に染まり始めている。夜明けまで、あとわずか。彼女の、最後の朝が。

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