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色あせた世界に咲く花:顔、貸します ~記憶を返す少女の歌~赫映 ~無貌の神がくれた色彩~  作者: 「大和 尚羅夢」小花羅夢一生推し


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夜逃げ

計画は、細部まで詰められていた。結衣から暗号化されたファイルで送られてきた。

移動経路、偽造ID、合言葉、そして最も重要な——「面容干渉器フェイス・スクランブラー」 の設計図と使用法。これは、もんろの顔の「混沌」を外部から強制的に「撹拌」し、一時的に無秩序な状態から、ごく普通の、何の特徴もない「平均的な若い女性の顔」へと固定する装置だ。小型のデバイスを首の後ろに貼り付けるだけで、48時間だけ効果が持続する。しかし、副作用として、顔のパーツは完全にランダム化されるため、数時間ごとに異なる「別人」の顔へと自動的に変更され続ける。もんろにとって、それは新たな「借り」ではなく、単なる「ランダム生成された仮の器」に過ぎない。

脱出のタイミングは、私の報告書が一部受け入れられた結果決まった「精神安定化儀礼のための外出」当日。もんろを、都心から車で二時間ほどの山中にある「関東第3神社」へ移送する途中だ。護衛は最小限(私を含む三名)に抑えられた。政府も、この「儀礼」を、もんろの能面化前の重要な「調整」と捉え、ある程度の協力姿勢を見せていた。

しかし、私たちの真の目的は、その神社で待ち構える結衣たち純心会(穏健派)と合流し、その場から、もんろをさらに遠くへ逃がすことだ。


移送当日。午後四時。

もんろは、簡素な白い着物姿だった。能面も、いつものシリコンもつけていない。代わりに、首の後ろに、結衣から密かに送り届けられた「面容干渉器」が貼り付けられている。米粒ほどの大きさで、肌色に偽装されているため、一見しただけではわからない。

装置が作動してから十分。彼女の顔は、驚くほど「普通」になっていた。どこにでもいそうな、二十歳前後の女性の顔だ。目元も鼻も口も、整ってはいるが特徴に乏しく、一度見ただけでは記憶に残らないタイプの顔立ち。これが、装置が生成した「無個性の仮面」だ。

もんろ自身は、まだその変化に戸惑っているようだった。移送車両(今回は装甲車ではなく、ごく普通の黒いセダン)の窓に、時折、自分が映る様子をこっそり覗き込み、目を細めている。

「気分はどうだ?」 私は、運転席の隣(もんろは後部座席)から振り返って尋ねた。もう一人の護衛官は、助手席に座っている。

「…少し、ふわふわしています」 もんろは、そっと自分の頬に触れた。「重さが、ないというか…。今まで、ずっと、誰か別の人の顔を『背負って』いたから、それがなくなると、こんなに軽いんですね」

その言葉に、胸が痛んだ。彼女は、生まれてからずっと、「他人の顔の重み」しか知らなかった。無個性であることの「軽さ」を、初めて体験している。

車は、高速道路に入った。目的地の神社は、この道を一時間ほど走った先のインターチェンジを降り、さらに山道を三十分ほど登った場所にある。

計画の実行は、山道に入る前、高速道路の長いトンネル内で行う。結衣たちが、トンネル入口手前で「偽の交通事故」を仕掛け、車列を止める。その混乱に乗じ、私がもんろを車から連れ出し、トンネル内に設けられた非常用通路から脱出する。外では、別の車が待ち構えている。

「あと三十分で、トンネルだ」 助手席の護衛官が、無線で確認する。

私は、無言でもんろと目を合わせ、ごく軽くうなずいた。彼女も、かすかに息を吸い込み、うなずき返す。彼女の手が、膝の上で、少し震えている。

トンネルが見えてきた。全長約二キロ。片側二車線。私たちの車は、左車線を走行している。

トンネル入口に差し掛かる瞬間——。

ドカーン!

前方、数十メートル先で、火花と爆音。あらかじめ仕掛けられた小型爆発装置が、路肩のガードレールを吹き飛ばし、破片が車道上に散乱した。同時に、煙幕のような白煙が噴き出し、視界を遮る。

「何だ?! 事故か?!」

運転手が急ブレーキを踏む。車が大きく揺れる。助手席の護衛官が、無線で本部に連絡を取ろうとするが、雑音でつながらない。トンネル内は、電波が届きにくい。これも、計算だ。

「下車して状況確認を!」 護衛官が叫ぶ。

私たち三人が車から飛び出す。前方では、煙がもうもうと立ち込め、他の車両も次々に停車している。警笛が鳴り響く。パニック状態だ。

「尚、対象を守れ! 私は前方を確認する!」

護衛官が、拳銃を抜き、煙の中へ走り込んでいく。運転手も、後続車への注意を促すため、後方へ走る。

チャンスだ。

「行くぞ」 私は、もんろの腕を掴み、車の陰へと引っ張る。トンネルの壁際には、非常用の細い通路がある。私たちは、その通路のドア(通常は鍵がかかっているが、結衣たちが事前に破壊している)に駆け寄り、中へ入る。

中は、薄暗い。コンクリートの壁が続く。遠くに、出口を示す非常灯の緑の光がかすかに見える。

「こっちだ。急げ」

私たちは、暗い通路を走る。もんろの息遣いが、後ろから聞こえる。彼女は、着物の裾をたくし上げ、必死についてくる。その姿は、もはや「歌姫」でも「巫女」でもない、ただ逃げ惑う一人の女性にしか見えない。

通路の出口は、トンネルの外側、山肌に設けられた非常階段だった。私たちは階段を駆け下りる。下では、結衣が、ごく普通の白い軽ワゴン車を停めて待っていた。

「早く!」

私たちが車に飛び乗る。ドアが閉まる。結衣が躊躇なくアクセルを踏む。車が静かに動き出し、舗装されていない細い林道へと入っていく。

「…間に合ったわね」 結衣が、後ろを振り返り、ほっとしたように言う。彼女は、今日は普通のカーキ色のジャケットにジーンズ、野球帽で顔を隠している。「干渉器は順調?」

「ええ」 もんろが、息を整えながら答える。「顔が…軽いです」

「48時間だけの猶予よ。それまでに、神社に着き、次の手を打たなければ」

結衣は、車内のダッシュボードから、二つの小さなバッグを取り出す。一つを私に、一つをもんろに。

「中に、着替えと、偽造の健康保険証、それに少しの現金が入っている。次の集合場所までのバスのチケットも。ここからしばらくは、それぞれ別行動。目立たないように」

私はバッグの中を確認する。ごく普通のジャケットとズボン、眼鏡、そして、私の写真が貼られた、別人の名前の保険証。もんろのバッグには、ジーンズとパーカー、そして、若い女性用の小物がいくつか。

「ここで着替えて。私は外で見張る」

結衣が車を路肩に停め、外へ出る。

車内は、急に静かになった。もんろが、私の横で、そっとバッグを開けている。

「…着替えられそうですか?」 私は、遠慮がちに尋ねた。

「ええ。大丈夫です」 もんろは、かすかに微笑んだ。「今の私の顔なら、誰にも気づかれませんから」

彼女は、車のシートの間に身を隠すようにして、着物を脱ぎ始めた。私は、きょとんとして前を見つめた。窓の外、結衣が周囲を警戒する背中が見える。

布地のこすれる音。少し間があり、そして、ジーンズをはく音。パーカーを頭から通す音。

「…できました」

振り返る。もんろは、ごく普通のジーンズにパーカー姿だった。髪は後ろでひとつに束ね、野球帽をかぶっている。顔は、さっき車内で見た「無個性の若い女性」のまま。紛れもなく、どこかの大学生か、若いOLのように見える。

「…似合っています」 私は、思わず言った。

もんろは、ほんの少し、頬を赤らめたような気がした。装置のせいか、本当に照れているのか。

私も、素早く着替える。スーツから、くたびれたジャケットと眼鏡へ。鏡がなくても、外見はかなり変わったはずだ。

結衣が戻ってくる。

「よし。ここから二キロほど歩けば、町のバス停がある。夜行バスで、まずは隣県の町へ。そこから、また別のバスに乗り継ぎ、神社の最寄りの町を目指す。全ての行程で、ばらばらに動く。最終的に神社の裏手で合流する」

私たちは車を降り、林道を歩き始めた。日はすっかり暮れ、辺りは深い闇に包まれている。もんろは、初めて歩くであろう、舗装もされていない道に、時折つまずきながらも、黙って私の後を歩く。

「痛くないか?」 私は、振り返らずに尋ねた。

「…いいえ。これが…普通の、土の道なんですね」

彼女の声に、不思議な感動が込められていた。彼女の人生のほとんどは、コンクリートの床か、ステージか、施設の部屋の中だった。生の土の上を歩くことさえ、初めての体験なのか。

バス停に着く。辺りには誰もいない。バスを待つ間、私たちはベンチに座った。もんろは、相変わらず、周囲の景色——闇に浮かぶ街灯の灯り、遠くのコンビニのネオン、時折通る車のヘッドライト——を、貪るように見つめていた。

「…尚さん」 彼女が、ふと口を開く。

「なんだ?」

「これが…『自由』って、感じなんですか?」

その問いに、私は言葉に詰まった。自由? 私たちは、国に追われる身だ。偽の顔と偽の名で、逃げ回っている。これが自由なのか?

「…わからない」 私は、正直に答えた。「でも、少なくとも、あの施設の部屋よりは…自由かもしれない」

「そうですね」 もんろは、かすかに微笑んだ。「外の空気を吸える。知らない道を歩ける。誰にも『歌え』とか『癒やせ』とか言われない…。これだけで、十分、自由に感じます」

彼女の言葉の端々に、子どもが初めての遠足に出かけるような、純粋な喜びがにじんでいる。それを見ていると、胸が苦しくなる。

バスが到着する。私たちは、別々の席に座ることを結衣から指示されていた。もんろは前から三列目、私は後方の席だ。

バスは、深夜の道路をゆっくりと走り出す。車内は、薄暗い。他の乗客は数人だけ。みんな、疲れた顔でうつらうつらしている。

もんろは、窓側の席に座り、額を窓ガラスにぴったりとつけて、外の闇を見つめている。通り過ぎる街灯の光が、彼女の顔を一瞬だけ照らし、また闇に戻す。その繰り返し。

私は、後ろから、彼女の後頭部と、窓に映るかすかな横顔を見つめていた。彼女は、時折、ポケットから取り出したスマートフォン(結衣が渡した、安価な予備機)の画面をつけ、セルフィーカメラで自分の顔を映している。そして、一瞬、目を見開き、またそっとため息をつく。

装置のせいで、彼女の顔は、数時間ごとにランダムに変化している。今、窓に映っている横顔は、さっき車内で見たものとは、微妙に違っている。頬骨の高さ、顎のライン…。彼女は、その変化を、この予備機のカメラで確認しているのだ。

『…また、知らない顔』

彼女の唇が、かすかに動いた。読唇術ではないが、その繰り返しの様子から、そう呟いているのがわかった。

その瞬間、バス内の小さなモニター(運行情報とニュースを流す)が、突然、緊急ニュースのチャイムを鳴らした。

『速報です。国宝級歌手、赫映もんろさんが、本日の移送中に行方不明となりました。警視庁などが、誘拐の可能性も含め、全力で捜索しています』

画面には、もんろの能面姿の写真と、私の監視官時代の ID 写真が並んで映し出される。

『同行していた厚生労働省の監視官、尚羅夢(29)も消息不明で、彼による連れ去りの可能性が高いと見られています。全国に手配がかけられました』

車内の、うつらうつらしていた乗客数名が、はっと目を覚ます。画面を見る。

「おい、もんろさんが…誘拐?」

「監視官がやったって? なんで?」

「でもさ、あの生放送事故以来、なんかおかしかったらしいよ。顔が変わるって」

「でも、癒やしてくれたよね。うちの子、少し良くなったし…」

「会いたいな、もんろさんに…」

もんろの背中が、一瞬、こわばる。彼女は、窓から顔を離し、うつむく。帽子のつばを深くかぶり直す。

私は、席から少し身を乗り出し、もんろの方を心配そうに見る。彼女は、私の視線を感じたのか、ほんのわずか、首を振る。大丈夫、という合図だ。

バスは、次の町のバス停に停車する。ここで、私は降りなければならない。次のバスに乗り換えるためだ。

降りる時、もんろの席の横を通り過ぎる。彼女は、うつむいたまま、手を差し出した。私は、一瞬躊躇い、その手を握る。冷たい。震えている。

「…気をつけて」 彼女が、かすかな声で言う。

「ああ。君もな」

手を離し、バスを降りる。バスのドアが閉まり、再び走り出す。もんろの座る窓が、私の前を通り過ぎる。彼女は、こっちを見ていない。もう、窓に額をつけ、闇を見つめている。

私は、次のバスを待つ間、路肩に立ち、夜空を見上げた。星は見えない。雲が厚い。彼女との約束、本当の空の色を見せる約束を、果たせるだろうか。

バスに揺られること数時間。乗り継ぎを繰り返し、ようやく、目的の山あいの町に着いたのは、翌日の夕方近くだった。

神社は、町からさらに車で三十分、歩けば一時間半ほどの、山の奥深くにある。バス停で、結衣の指示通り、レンタルサイクルを借り、山道を登る。もんろと合流するのは、神社の裏手にある「旧参道」の入り口だ。

疲れ果てて、ようやくその場所に着くと、もんろが、大きな杉の木の根元に座って待っていた。彼女も、レンタルサイクルで来たようだ。顔は、また少し変わっている。少し面長で、切れ長の目になっていた。彼女は、私が近づくのを見て、ほっとしたように微笑んだ。

「顔が、また変わりましたね」 私は、軽く言った。

「ええ。三時間前とは、別人みたいです」 もんろは、自嘲気味に笑う。「この装置の中では、私は、ずっと『他人』です。ただ、借りているのが、架空の他人なだけ」

彼女の言葉に、深い哀しみを感じた。

「さあ、行きましょう」 私は、自転車を押しながら、山道を指さした。「神社は、この道を登った先だ」

もんろは立ち上がり、自転車を押し始めた。山道は急で、すぐに自転車を押して歩くのがやっとだ。周囲は、鬱蒼とした木立に囲まれ、昼間でも薄暗い。鳥の声と、風が葉を揺らす音だけが響く。

「この神社には、第17代から第33代までの、十七枚の能面が安置されている」 私は、結衣から教えられた知識を伝える。「千年近い時を経た、先代の巫女たちだ」

もんろは、無言でうなずく。彼女の表情は、緊張にこわばっている。いよいよ、自分と同じ運命を辿った「先輩」たちの前に立とうとしている。

一時間ほど歩き、ようやく、石段の参道が見えてきた。苔むした階段を上る。鳥居が現れる。それをくぐると、小さな、ひっそりとした神社の本殿があった。

本殿の扉は、閉ざされている。しかし、その前に、結衣と、数名の純心会の者たち(皆、ごく普通の作業着姿)が待っていた。

「よく来た」 結衣が、深くうなずく。彼女の表情は、厳しい。「中には、十七枚の能面が安置されている。それぞれが、強力な情感の記憶を宿している。近づけば、おそらく、強い『共鳴』が起こるだろう。覚悟はできているか?」

もんろは、一呼吸置き、ゆっくりとうなずいた。

「はい。私は…会いに行きます。『彼女たち』に」

結衣が、重い扉を押し開ける。軋む音。

中は、薄暗い。線香の匂いがする。本殿の奥、高い壇の上に、十七枚の能面が、整然と並べられていた。古びた木製のものから、少し新しい漆のものまで。全てが、深い闇の中、かすかな灯明の光に照らされて、微かにきらめいている。

もんろが、一歩、中へ踏み入れる。

その瞬間——。

彼女の体が、棒のように硬直する。目を見開く。口が半開きになる。

そして、彼女の首の後ろの「面容干渉器」が、バチッ と小さな火花を散らし、煙を上げた。

エラー。過負荷。

装置が、十七枚の能面からの、あまりにも強い「共鳴」に耐えきれず、焼き切れた。

もんろの顔が、一気に、沸騰し始める。

無数の「借り」のパーツが、干渉器の制御から解き放たれ、狂ったように動き回る。しかし、それだけではない。十七枚の能面から、無形の「何か」が、流れ出るようにもんろに吸い寄せられ、彼女の顔の渦に巻き込まれていく。

彼女は、声も出せず、その場にうずくまった。両手で顔を覆う。しかし、指の間から、無数の顔の影が、次々と浮かび上がっては消えていく。

「もんろ!」

私が駆け寄ろうとするが、結衣が腕を掴んで止める。

「待て! 今、彼女は、『対話』している! 能面の中の記憶と!」

もんろの体が、激しく震える。そして、彼女の口から、無数の声が、一斉に、しかしかすかに、漏れ出てくる。

『…かえして…わたくしの…かおを…』(老女)

『…もう、つらい…はなして…』(若い女性)

『…あのひの、そらを…もういちど…』(少年)

『…ゆるして…ゆるしてくれ…』(誰か)

十七の声。十七の思い。十七の無念。

もんろは、それら全てを、一気に、自分の中に流し込まれている。

彼女の顔の「沸騰」が、次第に、一つの「うねり」へと変わる。無数のパーツが、今度は、協調するかのように、ある一つの「形」へと収束していこうとしている。しかし、それはまだ定まらない。ただ、巨大な情感の渦が、彼女を中心に渦巻いている。

結衣が、息をのむ。

「これは…『集約』が始まっている…。全ての能面の記憶が、彼女に流れ込み、一つの『器』に統合されようとしている…!」

その時、もんろが、ゆっくりと顔を上げた。

彼女の目は、涙でいっぱいだった。しかし、その瞳は、驚くほど澄んでいた。無数の他人の影ではなく、ただ、深い悲しみと、ある種の理解に満ちていた。

彼女の唇が、震えながら動く。

「…わかった…」

声は、かすかだが、確かに、彼女自身の声だ。

「…みんな…つらかったね…」

彼女は、十七枚の能面を見つめ、そっと微笑んだ。それは、悲しみに満ちているが、どこか優しい微笑みだった。

そして、彼女の顔の「うねり」が、静かに収まっていく。無数のパーツは、完全に元には戻らないが、少なくとも、激しい「沸騰」は止んだ。顔は、依然として「揺らいで」いるが、その中心に、かすかながら、一つの「核」のようなものが見えた気がした。

彼女自身の「核」が、生まれつつあるのか?

もんろは、よろよろと立ち上がり、私の方を見た。そして、かすかに、うなずいた。

「…大丈夫。私は…『彼女たち』を、受け止められた」

その言葉を聞いた瞬間、私は、胸の奥で、何かが熱く燃え上がるのを感じた。

彼女は、壊れなかった。むしろ、十七人の先代の記憶と苦しみを飲み込み、それでも、自分を見失わなかった。

ならば、もしかしたら——。

結衣が、緊迫した声で言った。

「時間がない。干渉器は壊れた。政府は、間違いなく、この『共鳴』を検知している。すぐにでも、ここに来る」

彼女は、本殿の奥の壁を指さした。そこには、隠し戸らしいものがある。

「ここから、山を越え、次の『拠点』へ向かう。だが、その前に——」

結衣が、もんろをまっすぐ見つめる。

「あなたは、ここで、すべての能面の記憶に触れた。そして、あなた自身の『核』を、ほんの少し、感じたはずだ。ならば、聞く。あなたは、この先、どうする? 能面となる道を選ぶか、それとも——」

もんろは、深く息を吸った。そして、私の方を見た。その目は、決意に満ちていた。

「約束を、果たしたい」 彼女は、静かに、しかし力強く言った。「本当の空の色を見る。それから…『借り』を、すべて返す。私のやり方で」

私は、彼女の言葉に、強くうなずいた。

「それなら、急ごう」 結衣が、隠し戸を開ける。「次の目的地は、海だ。水平線が見える場所へ連れて行く。あと、24時間もない。政府が来る前に」

私たちは、暗いトンネルへと足を踏み入れた。背後で、本殿の扉が閉まる音がした。

もんろの、真実の色を探す旅は、まだ終わっていなかった。むしろ、いよいよ、核心へと向かおうとしている。

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