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色あせた世界に咲く花:顔、貸します ~記憶を返す少女の歌~赫映 ~無貌の神がくれた色彩~  作者: 「大和 尚羅夢」小花羅夢一生推し


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最終通告

緊急会議は、深夜一時に始まった。

モニターには、厚生労働大臣をはじめ、内閣官房、防衛省、警察庁の高官ら、十数人の顔が並んでいる。どれもが、深夜の招集に応じた疲労と、事態の重大さに起因する緊張でこわばっていた。私は、伊達課長の隣に座り、ただ記録を取る役目を務めていた。

「生放送事故の影響は、予想以上に深刻だ」

内閣官房副長官が、厳しい口調で切り出した。背後に映るデータ画面には、SNSのトレンドがリアルタイムで流れている。#もんろの正体 が一位。二位は#顔が変わった。三位に#政府は隠している。

「ネット上では、AI説、クローン説、果ては超常現象説まで飛び交っている。もはや、『技術的トラブル』の一言では収まらない」

厚生労働大臣が、重い口調で続ける。

「しかし、彼女を失うわけにはいかない。全国のCPDS患者、その家族、関連産業…彼女の『癒し』に依存する人々は、あまりにも多い。今、彼女の活動を停止させれば、社会的不安は計り知れない」

防衛省の代表が、冷たい視線でモニターに向かう。

「だが、あの『生物』を、このまま野放しにできるか? 0.8秒で顔が変わる。それが何を意味するのか、我々ですら完全には理解していない。万一、制御不能に陥り、さらなる『異変』を起こしたら?」

「それを防ぐために、我々は管理している」伊達課長が、低く、しかし威圧的な声で言った。「対象の生体データは、二十四時間体制で監視中だ。面容混沌度も、現在62%で安定している」

「安定?」警察庁の代表が鼻で笑った。「0.8秒で三通りに変わる顔が、『安定』だと? 冗談はやめてくれ」

会議は、もつれていく。もんろを“資産”として利用し続けるべきか、“危険物”として早期に処理すべきか。双方の意見がぶつかり合う。

私は、ただ黙って聞いていた。もんろが“生贄”であり、“側溝”であるという真実を知っている者として、この議論の空しさに、胸が締め付けられる思いだった。彼らは、彼女を“モノ”としてしか見ていない。道具か、危険物か。どちらにせよ、人間ではない。

議論が一時間近く続いた後、内閣官房副長官が、重い口を開いた。

「結論を出そう」

モニターに映る全員の視線が、彼に集中する。

「まず、現状確認だ。対象・赫映もんろの『非人間的性質』は、もはや完全には隠せない」

「しかし、彼女を『失う』ことも、社会の安定を考えれば、選択肢ではない」

「ならば、残る道は一つだ」

副長官の目が、鋭く光る。

「彼女に、最後の『価値』を最大限に引き出させ、その『使用済み』となった時点で、安全に、かつ恒久的に『処理』する」

モニターに、新しいスライドが表示された。『最終処置方案:世紀規模癒やしライブ及びその後処理』と題された、詳細な計画書だ。

「30日後、東京スカイツリーを会場に、全世界への生中継による『世紀規模癒やしライブ』を開催する。対象は、能面を外し、その『素顔』で出演する」

出席者から、どよめきが起こる。

「能面を外す? あの顔を、全世界に曝すのか?」

「それが目的だ」副長官の声は冷たい。「人々は、彼女の『異常性』を知り、同時に、彼女の『癒しの力』を、かつてない規模で体験する。彼女が『人間ではない何か』であることに恐怖しながらも、その『恵み』にすがらざるを得なくなる。これ以上ない宣伝効果だ」

「そして、ライブ中、対象は、可能な限り多くのCPDS症状を『吸収』する。我々の試算では、数百万人分の症状を一時的に肩代わりすることで、対象の『面容混沌度』は、95%前後にまで達すると予想される」

95%。能面化の閾値だ。

「混沌度が95%に達した瞬間、ライブのクライマックスで、対象に対して『永久凝固処置』を実行する」

画面が切り替わり、一枚の設計図が表示される。あの、第108番目の能面の設計図だ。しかし、細部が変更されていた。能面の内部に、微小なチューブや電極が張り巡らされている。生命維持装置だ。

「これは、単なる能面化ではない」副長官の声に、わずかな興奮が滲む。「対象の意識と生命機能を、最低限維持したまま、その『歌声』——CPDS緩和周波数を発生させる能力——を永久に持続させる、生ける癒やし装置『赫映の面』の完成だ」

「彼女は、ライブの最高潮で、歌声と共に『凝固』する。観客には、それは壮大な演出の一部として映るだろう。そして、その後、彼女は国立博物館の特別室に安置され、永遠に、この国に『治癒の祈り』を捧げ続ける」

計画は、冷酷なまでに完璧だった。もんろの最後の一滴まで搾り取り、その亡骸を、永遠に機能する“国宝”として祀り上げる。

反対意見は、もはや出なかった。誰もが、この“解決策”が、政治的にも社会的にも“最も無難”であることを理解している。

「では、実行体制に入る。尚羅夢監視官」

私の名を呼ばれ、私は背筋を伸ばした。

「貴官は、対象の監視を続け、混沌度95%到達の瞬間を確実に見極め、『永久凝固処置』を実行する。処置には、『桜安』の特殊変異体『永久凝固剤』を使用する。これにより、対象の生物学的機能は極限まで低下・固定化され、能面への転写が可能となる」

伊達課長が、私の横に置かれていた、銀色のスーツケースを前に滑らせる。

「中身は、処置用の注射器と、凝固剤だ。使用方法は、後ほど詳細に指示する。貴官の任務は、これを、30日後のライブで、確実に実行することだ」

私は、そのスーツケースを見つめた。光沢のある銀色の表面が、会議室の明かりを冷たく反射している。中には、もんろの“終わり”が入っている。

「…了解しました」

私の声は、驚くほど平然としていた。自分でも怖くなるほど。


会議後、伊達課長は私を個室に呼び止めた。

部屋には、彼と私だけ。伊達課長は、エレベーターの中のような密室で、より本音を語るタイプだ。

「尚。お前は、彼女に情が移っているんじゃないか?」

突然の核心を突く質問に、私は一瞬、息をのんだ。

「…とんでもありません」

「嘘をつけ」伊達課長の目が、剣のように鋭い。「お前の報告書は、ここ数週間、明らかに『手ぬるい』。先日の楽屋での暴走も、あれだけの異常行動を『安定』と報告するか? 普通なら、即時の隔離・詳細検査を勧告するはずだ」

私は、黙っていた。弁解の余地はない。

「情が移るな、とは言わん」伊達課長の声が、わずかに柔らかくなる。「あれは、確かに、人間らしい部分もある。苦しんでいるようにも見える。だが、忘れるな。彼女は『それ』だ。人間ではない。我々が管理し、必要ならば処分する『対象』だ」

彼は、銀色のスーツケースを、私の方に押しやる。

「お前の妻、早織さんのことも、知っている」

私の心臓が、一瞬止まりかけた。

「彼女の死が、お前をこの仕事に駆り立てた。それはわかる。だが、尚。よく考えろ。早織さんの苦しみの原因は何だった? 第107代巫女の事故、あの『情感の逆流』だ。そして、もんろは、その連鎖を断ち切る、最後のチャンスなんだ」

伊達課長は、真っ直ぐに私を見つめる。

「彼女を能面化すること。それこそが、この千年続いた呪いを、終わらせる唯一の方法だ。お前の妻の無念も、そこで初めて、晴れるかもしれん」

それは、巧妙な論理だった。もんろを犠牲にすることが、早織の敵討ちであり、呪いの終焉である、と。

「30日後、ライブの最高潮で、注射を打て。彼女が一番『輝いて』見える瞬間に。それが、監視官としての、お前の最後の役目だ。そして、人間としての、せめてもの…弔いだ」

私は、スーツケースの取手を握った。冷たい金属の感触。

「…承知しました」


もんろの軟禁部屋へ、私は、そのスーツケースを手に、向かった。

廊下の警備は、三重になっている。私のIDカードと生体認証を何度もくぐり、ようやく、彼女の部屋の前についた。

ドアを開ける。中は、相変わらず、無機質な部屋だ。もんろは、窓際の椅子に座り、外の灰色の東京の街並みを眺めていた。能面はつけていない。代わりに、顔には、ごく薄いベールのような布がかけられている。おそらく、監視カメラから、直接顔が見えないようにするための工夫だろう。

私が入ってくると、彼女はゆっくりと振り返った。ベール越しに、彼女の目元の輪郭がかすかに見える。

「尚さん。珍しい時間に」

彼女の声は、いつも通り、澄んでいる。しかし、その目が、私の手に持つ銀色のスーツケースに、一瞬、止まった。

「…それ、新しい装備ですか?」

私は、ドアを閉め、部屋の中央にスーツケースを置いた。そして、カチッと留め金を外し、蓋を開けた。

中には、黒いクッションの上に、一本の注射器が収められている。注射器は、普通のものよりやや太く、透明な筒の部分には、虹色にきらめく粘性の高い液体が満たされている。『永久凝固剤』。その横には、極細の注射針と、皮膚を透過して静脈を確実に捉えるための、超音波ガイド装置が添えられている。

もんろは、それを見つめたまま、動かない。ベールの下の表情は読めない。

しばらくの沈黙。

彼女が、かすかに、鼻で笑ったような息づかいを漏らす。

「…遂に、来たんですね。私を殺しに」

「殺しではない」私は、自分の声の冷たさに、自分で驚いた。「永久凝固処置だ。30日後のライブの後で、実行する」

「ライブの後、ですか」もんろは、ゆっくりと椅子から立ち上がった。ベールが、彼女の動きに合わせて優雅になびく。「世紀規模癒やしライブ。世界中の人に、私の『素顔』と『歌』を見せて、その最高潮で、能面になる。…そういうことですね」

「…ああ」

彼女は、スーツケースの前にゆっくりと歩み寄り、注射器をじっと見つめた。そして、手を伸ばし、注射器の筒に、そっと触れた。すぐに手を引く。

「冷たい」

それだけ言うと、彼女は窓辺に戻り、再び外を見た。

「いいよ」

その言葉に、私は目を見開いた。

「…いい、だと?」

「ええ」もんろは、背中を向けたまま、平静に言った。「それも、私の『役割』の一つでしょ? 最後に、盛大に歌って、そして、きれいな能面になって、永遠に国の宝物になる。…悪くない終わり方です」

彼女の声には、諦念も、怒りも、悲しみもない。ただ、淡々と事実を述べているだけだ。

「…反抗しないのか?」

「反抗?」もんろは、かすかに首をかしげるような仕草を見せた。「どうやって? 私の体は、ここから出られないように設計されています。私の歌は、人を癒やすことしかできない。傷つけることはできない。…そもそも、反抗する『理由』が、私にはないんです」

彼女は、ゆっくりと振り返った。ベール越しに、彼女の目が、私をまっすぐに見つめる。

「私には、守りたい『自分』が、最初からない。失うべき『自由』もない。ただ、『役割』をこなすだけ。ならば、最後の役割が、能面になることだとして…それは、仕方のないことです」

その言葉の一つひとつが、私の胸に、冷たいナイフのように突き刺さる。彼女は、もはや、抵抗する意志そのものを、失っている。いや、最初から持っていなかったのか。

「でもね、尚先生」

彼女の声が、ほんのわずか、柔らかくなる。

「一つだけ、お願いがある」

「…何だ?」

「ライブの日…あの、スカイツリーの上で」彼女は、窓の外の、灰色の空を見上げた。「私に、本当の『色』を見せて。借りてきた色じゃない。シミュレーションでもない。本当の、空の色を」

私は、息をのんだ。

「あの…事故の時、0.8秒だけ、仮面が外れたでしょう?」もんろは、そっと自分の頬に触れた。「その時、一瞬、風が感じられて…それが、ひんやりとして、少し湿っていて…もしかしたら、空の『色』には、触感や匂いや、温度があるんじゃないかって、思ったんです」

彼女の声に、初めて、かすかな“憧れ”のようなものが混じっている。

「今まで、たくさんの人の記憶から、色を借りました。桜のピンク。海の青。夕焼けのオレンジ。でも、どれも、『借り物』で、『本物』じゃない。ぬくもりも、重さも、匂いもない」

彼女は、私の方を見る。

「だから、最後に…一度でいい。本当の空の色を、見てみたい。感じてみたい。それだけで…いいんです」

その願いは、あまりにも小さく、あまりにも切なかった。

私は、長い間、黙っていた。頭の中で、ありとあらゆる思考が渦巻く。できない。彼女は軟禁下にある。ライブ当日は、厳戒態勢だ。彼女を外に連れ出すことなど、不可能に近い。

しかし、彼女の目が、ベール越しに、かすかに光っている。それは、涙ではない。ただ、わずかな、かすかな、希望のきらめきのように見えた。

私は、ゆっくりと、うなずいた。

「…約束する」

その言葉が、私の口から出た時、もんろの体が、わずかに震えた。彼女は、そっと目を閉じ、深く息を吸った。

「…ありがとうございます」

彼女は、そう呟くと、再び窓の外を見た。

「30日後、ですね」

「ああ」

「じゃあ、これから30日間」

彼女が、ゆっくりと振り返り、ベールの下の目が、私をまっすぐに見つめる。

「よろしく、監視官さん」

その呼び方。監視官さん。最初に会った時から、彼女は私をそう呼んでいた。役職で。距離を置いた、形式的な呼び方で。

しかし、今、その呼び方に、何か深い、複雑な響きを感じた。ある種の覚悟。ある種の諦念。そして、ほんのわずかな、信頼。

私は、スーツケースの蓋を閉め、留め金をかけた。重い。中身の重さ以上に、心にずしりとくる。

「…あと30日、か」

「ええ。たった30日です」

彼女は、かすかに微笑んだ。ベールの下で、口元がほんのり緩むのが見えた。

「それでは、失礼します」

私は、スーツケースを手に、部屋を出た。ドアが閉まる音。ロックがかかる音。

廊下に出ると、壁に埋め込まれた大型モニターに、ニュースが流れていた。

『世紀的発表! 赫映もんろ、超大規模癒やしライブ開催決定!』

『30日後、東京スカイツリーより全世界生中継!』

『能面を外した“素顔”でのパフォーマンスも予定!』

華やかなBGMと、アナウンサーの興奮した声。画面には、もんろのステージ姿と、スカイツリーのイメージ映像が交互に映し出される。

そして、画面の右下。小さく、しかし確かに、デジタル数字が表示されていた。

【30:00:00】

そして、その数字が、【29:23:59】へと、一秒ずつ、確実に減っていく。

カウントダウンの始まり。

私は、そのモニターを、しばらく見つめていた。銀色のスーツケースの重みが、腕に、そして心に、ますます深く食い込んでいく。

誰も知らない。

このカウントダウンが、彼女を救済への最後の一歩とする時計なのか──

それとも、彼女という存在の、終わりへと確実に近づく時計なのかを。

私は、ゆっくりと歩き出した。長い廊下の向こう、もんろの部屋のドアが、小さく見える。

約束した。本当の空の色を見せると。

その約束を、果たすためには──

私は、拳を握りしめた。スーツケースの取手が、掌に痛いほどに食い込む。

この30日間で、何かが、変わらなければならない。

少なくとも、彼女が、ただの“側溝”として、能面の中に消えていくだけでは、いけない。

監視官としての私の役目は、もう決まっている。

だが、彼女に約束した、もう一つの役目を果たすために──

私は、歩を進めた。カウントダウンは、既に、容赦なく秒を刻み始めていた。


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