第43話 死の片鱗
ゴールはもうすぐです。
しかし、思わぬものが彼らに迫ります。
死の片鱗
どうぞ。
大広間で激戦が続く中、俺とマルクは、かすかに差し込む夕陽を頼りに、水路の奥へと歩を進めていた。
(マルク……もう少しゆっくり行くか?)
「ふぅ……大丈夫。問題ない——」
相変わらず、その足取りは重かったが、彼に立ち止まる余裕などなかった。
——その時。
「キキキ、ミツケタゾ」
広い地下水路に、不気味な声が響く。
(誰だっ⁉︎)
振り返ったマルクの視界に飛び込んできたのは——天井を這う、人ならざる者の姿。
間髪入れず、その牙が襲いかかる。
「ギガァァァ‼︎」
だが、紙一重でそれを躱し——光速の剣が喉元を斬り裂いた。
さらに——。
バシャバシャと水音を立てながら、四足の何かが正面から突進してくる。
(今度は前だ!)
「わかってる!」
牙獣の如き一撃。
マルクは宙を斬り進み、その勢いのまま敵を背に着地する。
(——こいつらがここまで来たってことは……)
脳裏をよぎるのは——退路を守るため残った、あの男の存在。
「まさか……ガンツはもう——」
不安に目を伏せたその瞬間。
「シャァァァ‼︎」
水面から飛び出した何かが、マルクの腕に絡みつく。
(マルク! 今度は……蛇か⁉︎)
だが、それは蛇ではなく——男の両腕。
半妖だった。
「くそっ……離せ!」
「シャシャシャ……ムダムダ。皇帝様カラハ逃ゲラレナイ」
必死にもがくが、その拘束はびくともしない。
やがて。
「キキキ」
「ボフボフ」
先ほど斬り伏せたはずの二体の半妖も、再び立ち上がる。
今のマルクの鈍った剣では、完全に仕留めきれなかった。
(こらぁ! バケモンども! 向こう行け!)
俺は必死になって、奴らの前に立ちはだかる。
だが——。
「転生者カ……ボフボフ」
「キキキ、ムシムシ」
無力な嘆きは、ただ笑われるだけ。
すぐそこまで見えていた希望は、音もなく潰えかけていた。
——その瞬間。
「そこかぁぁぁ!」
野太い声が、空気を裂いた。
「ギギャァァァ!」
薙ぎ払われた剛剣が、半妖たちを一掃し、その肉塊が水路に散っていった。
「——ああ……待っていたよ」
マルクは絡みついていた腕を振り払い、安堵の息を吐く。
赤い雨の中心に立っていたのは——同志ガンツだった。
(ガンツ……よかった。それに——)
その背後から、ひょっこりと顔を出す少女。
少し疲れた様子で、マリラが彼の背に寄り添っていた。
(よくやったよ……)
俺は、小さくそう呟いた。
——ようやく合流を果たした二人。
再会の喜びを分かち合う暇もなく足を進める。
「——ひどい傷だ。僕のために、すまない……」
氷に貫かれた左腕をぶら下げながら、ガンツは笑って見せた。
「なに、止血剤代わりにもらってやっただけだ。それより、あと少しだ——」
満身創痍でありながらも、無心で水路の出口を目指す。
——そして、ついにその先が見えた。
『高いわ……』
一足先に、マリラはそれを見下ろす。
(ああ。だが、外へ続く道は——もうこれしか残されていない)
水路の出口に見えたもの。
それは、断崖絶壁に流れ落ちる滝。
その高さに、マルクも思わず息を飲む。
「ここまで来たけど……もしかしたら、生き残れないかもしれないな」
元より、助かる見込みのない命。
保証など初めからなかった彼は、すぐに吹っ切ったが——その現実を前に、ガンツの足が一瞬だけ止まる。
(ガンツ……?)
その背中に、わずかな迷いを感じた俺は、押し出すように声をかけた。
(怖いのはわかる。だが——ここは覚悟を決めないと)
「そ、そうじゃねぇよ!」
予想通りに顔を赤くするガンツ。
その様子に——マルクが、ふっと小さく笑った。
「大丈夫さ——また必ず、生きて会おう」
「……おう」
決意を確認した二人は、滝壺の方へ目を向ける。
そして、助走をつけるため、数歩下がったその時——ガンツは気づいた。
「危ねぇ!」
突如マルクを突き飛ばし、背中に何かを受ける。
「ぐぁ……!」
「羽……? まさか⁉︎」
彼の背中に刺さるそれを見て、二人は確信した。
やがて、その声は遅れてやってくる——。
「——部下を見捨てて逃げるとは……ずいぶん薄情ですね」
早すぎた追手に、ガンツは膝をついた。
「ちくしょう……あいつらはもう——」
水音と共に、拳を地面に打ち付ける。
その悔しさを、マリラだけは理解していた。
『そんな! ……あっけなさすぎるわ』
ガンツの部下は、おそらく……。
——さらに、水を差すように、冷え切った空気が弾ける。
「ぐぁぁぁ!」
かろうじて右手で庇うガンツだったが、三度氷の刃が彼を貫いた。
「ガンツ! くそっ……しつこい奴らだ!」
(氷の魔法と鳥の羽……あいつらか⁉︎)
確認するまでもなく現れたのは——四天王の二人。
逃がす気など、最初からない。
——だが。
そんな中、マリラだけはすぐさま動く。
傷だらけのガンツへ、癒しの手を伸ばしていた。
(マリラ……そうか——!)
今やるべきことは一つ。
二人を、滝壺へ叩き出すこと。
その先は——考える暇はない。
(マルク! とにかく今は飛べぇ!)
「だが——ガンツが……」
盾となったガンツの心配をするが、彼にはマリラがついている。
外へ飛ぶ体力さえ戻れば、万に一つの可能性ぐらいは作れるはずだと俺は考えた。
しかし、その手がガンツに触れようとしたその瞬間。
——それは起きた。
『キャァァァ‼︎』
(——え?)
何かに弾き飛ばされ、少女の体が宙を舞う。
(マリラ……?)
地に伏したその表情は、はっきりと苦悶に歪んでいた。
あり得ない。
実体を持たないはずの彼女が——明らかな“消耗”を強いられている。
(うそだろ……)
その光景に、俺は息を呑む。
俺とマリラは、この時——すでに通り過ぎたはずの“死”の気配に、再び触れていた。
エギルだけの自分たちに死は訪れない、それは転生者の驕り。
一度死を超えた彼らにも、ちゃんと死は存在します。
お次は金曜日!
いよいよピンチです……




