第2話 天の声
1話からのご愛読誠にありがとうございます。
この後も、3話、4話……と様々な展開を用意していますのでどうかお付き合いください。
天の声です。どうぞ。
俺の名は白銀鏡。
小説家……だったが、ひょんなことから命を落とし、自らが書いたファンタジー小説の世界へ転生してしまった。
——俺のこの世界での立ち位置は、ズバリ“天の声”だ。
実体はなく、自由に動かせるのは視覚だけ。
しかも、思考が時々この世界の人間に漏れ聞こえてしまうという、なんとも厄介な存在である。
ちなみに今、目の前にいる二人こそ、この物語の主人公とヒロインだ。
奥にいる、少し鼻毛の出た青年騎士が主人公マルク。
そして手前で笑顔を浮かべる超絶美少女魔法使いが、ヒロインのルミナである。
うむ。
今日もルミナはかわいいなぁ——。
アリヴェル王国は古くから、“女神族”と呼ばれる者たちが、代々女王として国を治めてきた。
やがて、その力を狙ったパルメシア帝国が王国へと侵攻。
当時の女王アリステラは、女神族である娘アリシアの存在を隠し続けていた。
しかし王国は滅び、アリステラは捕らえられ——アリシアもまた、行方知れずとなる。
今なお人々は、英雄の力を有し、女神の血を継ぐアリシアの帰還を待ち望んでいた。
(——まあ、ここにいるルミナこそ、そのアリシアなんだがな)
「ぶはっ……!」
ルミナが突然、水を吹き出した。
「ルミナ⁉︎ 大丈夫かい?」
「ゲホッ……だ、大丈夫……(今のは……一体?)」
やべっ……。
これはルミナが隠している秘密だった。
相変わらず天の声の制御がうまくいかないな。
「アリシア姫……一体どこに」
マルクは何も気づかないまま、小さく呟く。
危ない危ない……マルクを鈍感な設定にしておいて正解だった。
——やがて休憩を終えた二人は、再び山道を歩き始める。
すると——。
「——やめろ! 姉ちゃんに触んな!」
おっ……ここは確か、新キャラの登場シーンだな。
「待て!」
「盗賊ね!」
マルクたちが駆けつけると、数人の盗賊が若い姉弟を取り囲んでいた。
棒切れを握り締め、姉を守ろうと立ちはだかる小さな少年。
彼こそ、新たな登場人物にして重要キャラクター——ルキ。
そして、その後ろにいる女性が姉のラキだ。
——ビュン!
次の瞬間、俺の視界はラキの目の前まで一気にズームする。
(ふむふむ。美人設定にしただけあって、なかなかいい女だな……)
「姉ちゃんから離れろ!」
ブンッ!
ルキが棒切れを薙ぎ払う。
あぶねっ!
……また聞こえてたのか?
実体がないから当たりこそしなかったが、不意に振り回された棒切れに俺は思わず身を引く。
——その間に、マルクたちは盗賊をあっさりと片付けてしまった。
「助かりました! 本当にありがとうございます!」
ラキは深々と頭を下げる。
ここは二人を村へ招くシーン。
物語通りなら、このあと——。
「へへっ! どんなもんだい!」
ルキは倒れた盗賊を見下ろし、得意げに胸を張った。
「こら、ルキ! あなたもお礼を言いなさい!」
(……ん?)
マルクたちはラキに案内され、村へ向かっていく。
何か、おかしいな……。
俺は一人、妙な違和感を覚えていた。
* * *
——森の外れに、隠れるように佇む小さな村。
ラキは皆を古びた家へと招き入れた。
そこでマルクたちは、自分たちの旅の目的が、滅びたアリヴェル王国を復興させることにあると話していた。
「——最近は本当に盗賊が増えていて、困っていたんです」
今なお荒れ続けるこの地の現状に、ラキは小さく肩を落とす。
しかし、そこにはあのルキの姿が見当たらない。
(あ……あいつ)
「ふっ! ふっ!」
窓の外へ目を向けると、ルキは一人、黙々と素振りを続けていた。
「お疲れでしょうから、どうぞゆっくりしていってくださいね」
「ありがとう……ラキさん」
家の中では、何事もなかったかのように会話が続いていく。
やっぱり……おかしい。
ここは本来、ルキがマルクの強さに憧れ、弟子入りを決意する場面のはずだ。
なのに当の本人は、外で一人素振りをしている。
(……まさか)
——俺は、さっきの盗賊との一件を思い返した。
あの時、ルキは俺の声に気を取られ、マルクの戦いをほとんど見ていなかった。
それどころか——あいつ、自分が盗賊を追い払ったと思ってるんじゃないか?
これでは、マルクの強さに憧れ、弟子入りする流れになるはずがない。
……俺のせいで、この物語に小さなズレが生まれてしまった。
ぶっちゃけ、ルキはアリヴェル復興に欠かせない人物だ。
このままマルクに弟子入りしない世界が進めば、アリヴェル復興そのものが実現しないかもしれない。
それはつまり——。
——俺は、生前抱いていた夢を思い出していた。
“第二シリーズ”。
売れたら必ず続きを書く。
そう誓って書き続けていた小説。
だが結局、その夢が叶うことはなかった。
だけど——この世界にいる限り、その続きをこの目で見られるかもしれない。
俺は、ようやく自分の役割を理解した。
“天の声”として、この世界を本来あるべき未来へ導く。
アリヴェル復興を手助けすることこそ、今の俺にできることなのだと。
というわけで——まずはルキを説得だ。
俺は意を決して、素振りを続けるルキのもとへ近づいた。
——おい、ルキ。、
「ふっ! ふっ!」
聞こえてないのか……?
天の声も、本格的に練習しないとな。
聞いてくれ! ルキ!
「ふっ! ふっ!」
そこの男前の少年!
「ふっ! ふっ!」
おっ⁉︎ あんなところにいい女が!
「ふっ! ふっ!」
(耳ぶっ壊れてんのか、このガキ……)
——その瞬間。
「誰がガキだコラぁ‼︎」
うおっ⁉︎
「ルキ! 何を怒鳴っているの?」
突然反応を見せたルキだったが、すぐにラキが家の中から飛び出してきた。
「今、変な声が……」
「何を言ってるのよ、この子は……」
「でも、確かに……」
「……」
呆れ顔を見せるラキの後ろで、ルミナだけは何か引っ掛かったように黙り込んでいる。
——なんでこんな言葉にだけ反応するかな……。
でも、少しずつコツは掴めてきた気がする。
しかし、子供のルキを直接説得するより、ここはルミナに協力してもらった方が早そうだ。
とはいえ、今日は皆も疲れているだろう。
続きは、明日だな。
——皆が寝静まる中、俺は眠ることもなく、静かに夜明けを待った。
* * *
——次の日。
みんな起きたか。
それにしても相変わらず、マルクの寝相は悪すぎるな。
今日は確か、山菜採りを手伝う日だったはず。
その隙を見て、ルミナに相談してみるか。
——山中。
休憩中、マルクが少し席を外し、ルミナが一人になった——チャンスだ。
俺はそっと近づき、意識を集中させる。
(あ……あ……ルミナ)
「えっ……誰⁉︎」
(よし、今度は聞こえた!)
「誰? どこから話しているの?」
辺りを見回し、ルミナは少し慌てている。
「まさか……お母様?」
違う違う。
確かにアリステラなら、こういうこともできそうだから勘違いするよな。
(俺はアリステラじゃない。簡単に言えば……神様みたいなもんだ)
「か、神様……?」
当然だが、まだ半信半疑らしい。
(ルミナとマルクが出会った頃から、ずっと二人を見守っていたんだ)
「ずっと……?」
ルミナの顔が、みるみる赤くなっていく。
「まさか……私が着替える時とか、寝てる時とかも……?」
(あ……いや、その……見守るっていうか、神様的な監視というか……)
「いやあああー‼︎」
ルミナは悲鳴を上げ、その場から駆け出した。
俺の視界も引っ張られ、そのままマルクのもとへ。
「マルクぅ……! 私、ずっと誰かに見られてたの! 寝てる時も、着替えの時も……!」
「何を言ってるんだい、ルミナ?」
……やってしまった。
いきなりのこんなストーカー発言は、生娘である彼女には刺激が強すぎる。
もうこうなってしまった以上、ルミナには頼れない。
となると……頼みの綱は、やっぱりこの男しかいない。
* * *
——その日の夜。
ルミナは布団にくるまり、ガタガタと震えていた。
なんだか悪いことをしたなぁと思う。
一方、マルクは一人、星空の下で考え事をしていた。
今だ、と俺は再び覚悟を決める。
俺は静かに近づき、語りかけた。
(マルク……聞こえるか?)
「……! 誰だ?」
マルクは素早く剣を抜く。
(待て待て! 俺は敵じゃない。剣をしまってくれ)
「……では、一体何者だ?」
(俺はいわゆる“神様”ってやつさ)
「……」
(ひょんなことから、お前たちを見守る立場になってしまってな。そのことをルミナに話したら、怖がらせてしまった)
「ふっ……そういうことだったのか」
(……信じてくれるのか?)
マルクは苦笑しながら剣を収めた。
「あの時、盗賊に攫われたルミナの居場所を“天の声”が教えてくれた」
そんなこともあったな。
あれは、たまたま声が漏れただけだったんだが。
「君が助けてくれたんだろう? だから信じるよ」
……本当に信じやすい性格なんだな。
だけど——ありがとう。
(それより本題だ。俺はこの世界の未来を知っている。このままじゃ——アリヴェルは復興できない)
「どういうことだ?」
(鍵になるのはルキだ、あの子の力無くしては、アリヴェル復興の夢は果たせない——だから、今すぐ彼を弟子として連れていくべきだ)
その言葉に、マルクは静かに俯いた。
「……僕が、あの子を戦わせるのか」
(剣の才能もあるし、必ずお前たちの力になる——信じてくれ)
しばらく沈黙が流れた。
そして——。
「悪いけど……それはできない」
(なぜだ⁉︎ アリヴェルの復興が懸かっているんだぞ)
「彼はまだ子供……姉さんから引き離して、戦場へ連れて行くなんて——僕にはできない」
迷いのない声だった。
「助けてくれることには感謝する。でも僕は——僕のやり方でアリヴェルを復興させるよ」
そう言い残し、マルクは部屋へ戻っていった。
(……マルク)
まともに話を聞いてくれる彼なら、説得できると思ったんだが。
だけど——そうだった。
マルクはいつだって、誰かを守るために剣を振るってきた男だ。
自分の目的のために、子供を戦場へ引き込むような人間じゃない。
俺が一番よく知っていたはず。
今回は……俺の采配ミスだな。
マルクの優しさに苦笑しながらも、俺は再び考え始める。
この世界の“天の声”として——アリヴェル復興へと繋がる、次の一手を。




