第1話 出会い?
気がつくと目の前にあるのは部屋の天井。
だがそれは、全く見たことのない天井だった。
夢か——。
夢にしては随分と鮮明だな。
どこか懐かしさを感じる部屋だが、こんな西洋風の木造建築なんか俺は知らないはずだが……。
わけもわからず天井ばかりを眺めていると、向こうから誰かがやってくる。
「おはよう」
体に衝撃が走った——。
部屋の奥からやってきた、大きな目に輝く銀髪を携えたこの少女を俺は知っていた。
——“ルミナ”だ。
ルミナとはかつて俺が著作した小説、ロードオブキングスのヒロインに当たる人物だ。
俺がなぜ知っていたかって?
アニメ化などを目指している小説家は皆そうだと思うが、小説家は自分が思い描いたキャラクターのイメージが鮮明にできているものだ。
この少女はまさに俺が思い描いた王道ファンタジー小説、ロードオブキングスのヒロイン、ルミナだった。
「あなた、だいぶうなされてたけど……もう大丈夫よ」
ルミナが続けて言う。
俺はさらに理解した。このシーンはまさしく、ヒロインであるルミナが、傷つき行き倒れになった主人公“マルク”を治療し、介抱する一番初めのシーンだ。
なるほど……これが俗に言う“異世界転生”ってやつか。最近の小説ときたらなんでも転生転生と愛想をつかしていたところだがついにはこの俺が転生してしまったか。
そして俺は、俺の作り出した世界の主人公、
“マルク”になってしまったらしい。
……まあ、なんとも悪くない気分だな。
そんなのんきな事を考えながらも俺はふと横を見ると……。
マルクがいた。
(……!?)
——いやいやいや、これはどう言う事だ?
俺はマルクになったのではなくマルクの横で寝ていたと言うのか?
つまり今、怪我をしたマルクと見知らぬおっさんを同じベッドに寝かせ、ルミナが介抱していると言うことになる。
なんて、最悪な絵面なんだ。
そもそも俺はこの世界ではマルクになったと思っていたが実際はどんな姿をしている?
以前のままのおっさんなのか?
俺は慌ててベッドを離れ、近くの鏡を覗き込んだ。
だが、そこには——。
何も写っていない……。
どういうことだ?俺は透明人間というやつになったのか?
しかし、さっきから五体の感覚がまるでないが、移動はできる。
まるでVRのように物語の世界に意識だけが入ったかのような不思議な感覚だ。
そしてマルクとルミナにはやはり俺の姿は見えていないようだ。
今は俺の事はそっちのけで二人でよろしくやっている。
こんなわけもわからない転生など聞いたこともないが、やはり夢なのだろうか。
しかし、自分好みに仕上げたヒロインである
ルミナはやはり……。
(可愛い顔をしているなぁ……)
「……!?……可愛いなんて、やめてよ……」
(……!?)
ルミナはマルクとの会話の途中で、少し照れながら言った。
こんなセリフあったか?
マルクは女の子に面と向かって可愛いなんて言えるほどオープンなキャラじゃなかったはずだが……
「ありがとう……僕はマルク。アリヴェル王国の———……」
今度はマルクが自分の生い立ちを話し始めたぞ。
何やら会話が全く噛み合っていないな。
一体どうなっている……?
(あ……マルクの顔よく見ると、鼻毛が出てる)
「……!?」
マルクはひどく赤面し鼻を隠した。
(……え?)
どういう事だ?
俺の意識はここにあるが俺自身声を発することができない。
さっきの可愛い発言といい鼻毛といい俺の心の声がなぜか二人には聞こえている。
「……あなたアリヴェルの人間なの? 私も——」
やれやれ、まともな会話になっていないのにストーリーだけは進んでいくようだな。
同じ国の出身というだけでここまで意気投合できるのか。
しかしいつまでこの状況が続くのだろう。
——あれから数日……。
俺はこの瞬間まで意識を失うこともなく朝から晩までを繰り返しこの状態で過ごしていた。
地獄のような時間に思えるが、五体がない俺は腹も減らないし眠くもならないのでそれほど苦にはならなかった。
わかった事といえば、俺の移動範囲はマルクを中心に20〜30メートル程だという事と、マルクの寝相が異常に悪いという事だけだった。
色々試してみたが、やはりこれは夢でもなんでもないらしい。
て言うかさっきから何やらマルクが慌てているな。
「ルミナ! 一体どこに……」
……そうか。
ここは確かルミナが盗賊に攫われるシーンだったな。
(確か設定では裏の林で攫われたんだっけか?)
「なんだって!?」
あれ? また俺の声漏れてたのか?
——突然マルクが疾風の如く駆け出した。
(うわっ!)
待て待て待て、マルク早すぎるって。
活動範囲がマルクの近くだけだった俺は、凄い早さで視点が引っ張られる。
まるで水上スキーをしている気分だった。
すると突然……視点がルミナの目の前に変わった。
(……!?)
あれ?
……どう言う事だ?俺の活動範囲はマルクの周辺だけじゃなかったのか?
今現在俺の目の前には数人の盗賊とルミナがいる……。
なるほど……確かに小説でもこのシーンはルミナの視点に変わっていた。
つまり俺は小説でのシーン毎のキャラクターの視点に切り替わると言う事なのか?
まだまだ分からないことがたくさんあるな。
(あ……)
「やめてっ、離して!」
「抵抗すんじゃねえ。高く売る前に、少し楽しませてもらうだけだ」
ここは確か……盗賊によるルミナ陵辱シーンか。
やばいやばいやばい。
このままじゃ俺のルミナがぁ……。
(しかしこのまま眺めていたい自分もいる……だがこのままではルミナの貞操が……でももうちょっとだけ……)
「さっきから誰だ!? うるせーぞ!」
(うお!? 聞こえてたのか)
「出てきやがれ! こら!」
出てこいと言われても俺にはどうしようもない。何度も試したが俺はルミナの体に指一本触れる事はできなかった。
すると……。
ズバッ——!
うわ! びっくりした!
俺の体をすり抜け横切る剣閃。
瞬く間にマルクが駆けつけて、盗賊たちを切り伏せた。
そう、このシーンはルミナが襲われる前にマルクが助けるシーンでルミナがマルクに惚れる瞬間でもある。
「遅くなってすまない。大丈夫か、ルミナ」
「……ありがとう」
優しく抱き寄せるマルクに、ルミナは頬を赤らめる。
……やれやれ、ヒロインも既に主人公にぞっこんだな。
しかし俺も一応は、盗賊を足止めをしたんだが……少しくらい感謝されたいものだな。
マルクはそのままルミナを抱き抱え、彼の顔を見つめるルミナ。
(……)
まあ俺の横槍がなくてもこの二人は結ばれる運命だったのかな。マルクはいつでも誰かの為に戦っていた。
俺がそう設定したと言うのもあるが、マルクはどんな時でもカッコよかった。
こう言う人間が人の心を動かしていくんだろうな。
(……相変わらず鼻毛は出ているがな)
「……!?」
ひどく赤面して鼻を隠すマルクであった。
記念すべき第1話でした。
まだまだびっくり展開を用意してますのでよければ追っていってくださいm(_ _)m