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翌朝。9の月の9日。
いつもの時間に目覚めたラピスは、リリィたちを起こさないように布団から出る。両隣にはリリィと、なぜかセラ。サクラの姿は既になかった。
顔を洗いに行くと、そこでサクラに会った。
「おはよう。ラピス」
「おはよう。桜さん。早いね」
「かかっ。歳を取ると朝が早くなるんじゃ」
「……その理屈でいくと、リリィが寝坊助なの変だよね」
「変じゃよ?」
益体もない話をして顔を洗う。
ラピスの肌が水をはじく様を見て、サクラが「……若いの」と呟いた。ラピスは内心、おまえが言うなと思った。
荷物を置いてある部屋に戻って、寝間着から着替える。昨日サクラから貰った、和メイド服だ。色は若草色。服に合わせて足袋を履く。
それを着てサクラに披露すると──
「おお! 可愛えのう。妾の見立ては間違っておらんかった」
と褒めてくれた。
ラピスは嬉しそうにはにかむ。好きな人たちに見せたとき、どんな反応をするかを想像して、更にはにかんだ。
その格好で朝ごはんを作る。昨日、殆どの食材を使いきってしまったので、久々にパンケーキだ。これなら然して材料を必要としない。
甘い匂いに導かれ、リリィとセラも起きてくる。眠そうな声でまずサクラに挨拶。続いてラピスにおはようと言おうとして、おは──で止まった。
「? どおしたの? 二人とも」
ラピス、自分の服装を忘れる。料理をしていると、ついつい熱中してしまう彼女だった。
パンケーキを焼き終えて、それを全てテーブルに運ぶ。リリィとサクラの分は大盛だ。
配膳も終わったので自分の席に座る。──と、次の瞬間、畳に押し倒された。
「ひぁっ」
ラピスの眼前には輝く金。固定されたのか、顔も動かせない。そして、唇と口腔内に、心地好い温かさを感じた。
ラピスは、リリィに押し倒されて舌を入れてキスをされていた。
ぷはっ、とリリィが唇を離す。彼女は艶然と微笑むだけだが、ラピスの顔は真っ赤に染まっていた。
「リ、リリィ! 恥ずかしいから人前では──」
起き上がりながら言ったラピスの台詞は、そこで止まった。後ろからセラが、再度横たえたからだ。ぽすんと、ラピスはセラの膝枕に収まる。
「──…セラ……」
逆さまに映る妹を見て、半ば無意識に名前を呼ぶ。
名前を呼ばれたことが嬉しかったのか、セラは笑顔でラピスにキスをした。
上下逆さまのキス。
突然のことにラピスは動けず、セラの舌の侵入を許してしまう。
自分の体温、セラの体温、そして未だに残っているリリィの体温が混ざりあって、ラピスは倒錯した気分になる。
意識が曖昧になったところで、セラの唇が離れた。
セラは唇を舐めて、天使のように笑う。
「おはようのキスですわ♡ あと姉さま。そのお召し物、とても似合ってますわ。可愛いです♡」
「あ、セラずるい! それあたしがゆおうとしてたのに! ──可愛いわよ、ラピス♡ 世界一可愛いわ♡」
「……あ、うん。……ありがと……」
ぼんやりとした頭でお礼を言って、ゆっくりと起き上がる。まだ口に熱が残っていた。
意識せずに、左手が口に伸びる。
その仕種を見て、サクラはひきつった笑みを浮かべる。
「……のう。よもや、毎朝こんなことをしておるのか?」
「いえ。今日はラピスがいつも以上に可愛いので特別です」
「普段は普通のキスだけですわ」
「…………毎朝こんなんだったら、わたしの心臓がもたないよ……」
ラピスは困ったようにぼやく。嬉しいけれど、毎朝となるとキツい。
なにせ2対1だ。先に音をあげるのは、確定的にラピスだった。
気を取り直して、改めて朝食を再開する。少し冷めてしまっていたが、パンケーキは美味しくいただいた。
なお、食事中にこんな会話があった。
「? リリィとセラ、なんでシロップかけないの?」
「え? ……かけなくても甘いから、だけど」
「今の姉さまを見ながら食べると、不思議と口の中が甘くなりますの♡」
「…………うわァ……」
流石のラピスも引いた。
食後、紅茶を淹れる前に普段着に着替えたのは言うまでもない。そして、リリィとセラのテンションが目に見えて下がったのは、更に言うまでもないだろう。
ティータイム。
ラピスとセラに挟まれながら、リリィは対面のサクラに話を切り出す。
「師匠。あたしたちはそろそろ帰りますけど──」
「「ええー……」」
明らかに不満そうな姉妹の声がハモった。まだ帰りたくない感がありありと出ている。
リリィは苦笑して、それぞれの頭を撫でた。撫でながら、諭すように言う。
「ごめんなさいね。でもなにを隠そうあたし、明日昼から仕事なのよね」
う、と言葉に詰まるラピスとセラ。生活費を稼いでいるのは、実質彼女ひとりなので、それを持ち出されると弱いのだ。
仕方ないか、と諦めたところで、思わぬところから助け船が来た。
「のうリリィ。なんならこの二人、うちで預かってもよいぞ?」
え? と、3人はサクラのほうを向く。
彼女は続ける。
「リリィが仕事を片づけるまで、この子たちにはうちにいてもらって、妾の話し相手でもしてくれると嬉しい。長らく人と喋らないと、声の出し方を忘れるのでな」
「あー、そおですね……」
「リリィ……」
「リリィ義姉さま……」
うるうるとした目でリリィを見つめるラピスとセラ。
数秒ともたずに、リリィは屈服した。
「はァ……わかったわよ。だからその目やめてちょうだい。罪悪感で死にそうになるわ」
「やった♪ ありがとう、リリィ♡」
「ありがとうですわ♪ リリィ義姉さま♡」
お泊まり延長が決定した。
サクラはホクホク顔。ラピスもセラも嬉しそうにしている。
まるでおばあちゃん家に泊まって、帰りたくないと駄々をこねる子供のようだった。というか、そのものだった。
リリィが出立の準備をしなくてはいけないので、ラピスはそれを手伝っていた。できるだけ、一緒にいたいという心の表れだ。お泊まりの延長は自分から言い出したことだが、恋人と離れるのはやっぱり寂しいのだ。
そこでラピスはリリィにお願いした。
「もう1組、門手鏡作って」と。
それで毎日お弁当を届けてあげる、と言われて、リリィは張り切った。サクラから材料をもらい、1時間もせずにそれは完成した。…………愛の為せる業なのか、食欲が為せる業なのか、悩ましいところだ。
全ての準備が整い、玄関前にて。
リリィはラピスとセラを、全力で抱きしめていた。
「……リリィ。ちょっと苦しい」
「……わたくしも、ですわ」
「我慢して」
リリィはにべもない。これから数日会えなくなるので、恋人成分と義妹成分を補充しておかないといけないそうだ。
ラピスもセラもそれはわかっているので、それ以上の文句は言わなかった。
「──…ふゥ……」
やっと満足したのか、リリィが姉妹を解放する。ラピスは少し寂しそうな表情を浮かべた。
「じゃあ、行ってくるわ。師匠。二人をお願いします」
「おう、任された」
師弟は短く挨拶を交わす。多くの言葉はいらないところが、ちょっと格好いいと思った。
リリィはラピスの唇と、セラの頬にキスを落とす。セラもお返しに、リリィの頬に唇を押しつけた。
ラピスもお返しにと唇を重ね──そのまま舌を入れた。
「んんっ!?」
困惑するリリィに構わず、ラピスは舌を絡める。たっぷりと唾液を交換して、ぷはァ、とラピスは離れた。
「行ってらっしゃい。頑張ってね♡」
「──ええ、頑張るわ!」
リリィは満面の笑みを浮かべて、改めて「行ってくるわ」と言うと、飛行機に乗って飛んでいった。
それが見えなくなるまで、彼女たちは手を振って見送っていた。




