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瑠璃と百合と姫と魔女  作者: 山原くいな
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ラピスはちょうど1年前のことを振り返る。そういえばあのときはまだ空飛ぶ絨毯に乗っていて、リリィに両手両脚で抱きついて恐怖心を紛らわしていたな、と。


それが今では恐怖を感じることがない乗り物があり、更には移動時間も短縮されている。人間贅沢を憶えると、なかなか生活水準を戻せないものだ。

ラピスもその例に洩れず、絨毯には二度と乗らないと誓っている。飛行機万歳だ。


わずか40分のフライトの末、アルテリアの街に辿り着いた。

魔女の存在が知れ渡ったことだし、街から見える位置に着陸させてもよかったのだが、少し歩いて気分を落ち着かせたいというラピスの案が採用されたのだ。


いつもと(・・・・)同じように、手を繋いで歩く。ここに来るのは4ヶ月振りになろうかというのに、まるで昨日も来たかのような感覚にとらわれる。それ程までに、この街に愛着があったのだろう。


きっかり5分歩くと門が見えてくる。門番はがっしりした体型の、30代半ばの男性。ロッゾだ。

彼はあくびを噛み殺して立っていた。が、ラピスたちの姿を捉えるや否や、その眠そうにしていた目を大きく見開いた。


「リリィさん! ラピス嬢! セラ嬢!」


門を離れ、ロッゾはラピスたちに駆け寄る。門番としてあるまじき失態だが、ここにそれを咎める者はいなかった。


「や。久しぶりね、ロッゾくん」

「久しぶり、ロッゾさん」

「ご無沙汰してますわ、ロッゾさま」


リリィは素だろうが、ラピスとセラは努めて平常心を保った。この街に来る度に顔を合わせていた門番の男性。その顔を見ると、帰ってきたという実感が強くなってきたのだ。


「──…っ……言いたいことは色々あるが、街を離れるなら挨拶くらいしていけ! 馬鹿野郎共が!」

「あう、ごめんなさい……」

「すみませんでしたわ……」

「おう。──おい、リリィさんはなんもねェのか?」

「え? あたしも? ──あ、ごめん睨まないで。悪かったわよ」

「よし、じゃあこれでチャラだ。また頻繁に来れるんだろ? 魔女だって隠さなくてよくなったから」


やはりロッゾは──否、この街の人たちは察しているようだ。

リリィの正体が魔女だとわかっても、こうして態度を変えないでくれる。当たり前だが、長く生きているリリィも初めての経験だった。


3人は微苦笑を浮かべて答える。


「ええ、またお世話になるわ」

「知り合いも多いし、愛着もあるしね」

「それに行きつけのカフェもありますから」

「そおか。……で、だな。今度は俺から謝らなくちゃいけねェことがある」


ロッゾの意味深な台詞に、3人は首をかしげる。謝らなくちゃいけないと言っている割りに、浮かんでいるのは不敵な笑みだった。


「悪いとは思うがこれも因果応報だと諦めてくれ。すまねェな」

「え? ちょっと待ってロッゾくん。なにするつも──」


リリィが最後まで言う前にロッゾは門番の待機室に駆け入り、中からそれはもう大きな銅鑼を持って出てきた。

そして「耳ふさぎな」と言うや否や、その銅鑼を何度も何度も叩いた。


騒音と呼ぶにも生易しい爆音が鳴り響く。その音は街の全域まで響き渡ったことだろう。


およそ1分、銅鑼を叩き続けたロッゾは、いい仕事したぜ、みたいな雰囲気で額の汗を拭っていた。


「うるさいし! 超うるさいし!」

「鼓膜が破れますわ! なに考えてますの!」

「…………っ!」


ラピセラは素直に怒っているだけだったが、リリィは気づいた。探知魔法を使うまでもない。今の音は街の住人たちへ、自分たちが来たと伝えるための音だったのだ。


ならばこのあとの展開は想像に難くない。

リリィは苦笑の色をより強めて苦言を呈する。


「……やってくれたわね」

「あっはっは! だから言ったろ? すまんって」

「………」

「ま、おとなしく歓待を受けるんだな。むしろこの程度で赦してもらえるなんてラッキーだぜ?」

「………。…………わかったわよ」


リリィは渋々頷く。彼女の態度を見て、ラピセラもこのあとの展開をおぼろげに察した。


形式としてロッゾに杖を預けて、軽く挨拶をしてから中に入る。

──するとそこには。


「あ、来たぞリリィさんだ!」

「ラピスちゃんもいるわ!」

「セラちゃんこっち向いてェええ!」

「魔法を使って見せてくれよ!」

「馬鹿! 杖がなきゃ使えねェんだよ!」

「箒に乗ってるって本当!?」

「空飛べるの!?」

「歳を取らないって本当!?」

「リリィちゃん本当は何歳?」


──そこには、見渡す限りの人、人、人。誰一人として悪感情を抱いている人物はいなかった。


正直に言えば、ラピスもリリィもセラも、悪感情を向けられる覚悟はしていた。

人は自分と違うものを嫌悪する。それは揺るぎようのない事実だからだ。


しかし蓋を開けてみればどうだろう? 嫌悪感どころか、奇異の視線すらない。まるでアイドルだ。

嫌悪感を向けられるよりは遥かにいいが、こうまで好感情一色だと疑問もある。リリィは終始戸惑っていた。


「……あはは。まいったね、これは」

「はい。……予想外ですわ」

「……リリィのおかげだね」


ラピスのその呟きにリリィは反応して疑問符を浮かべる。自分のおかげとはどういうことだろう?

声に出さずとも伝わり、ラピスは答える。


「リリィが下地を作ってくれたからだよ、こんなに受け入れられてるのは。リリィが、この街の皆に好かれてるから、こんなに歓迎されるんだよ」

「……でもあたし、魔女なのに──」

「関係ないんだよ。リリィが魔女だろうと普通の女の子だろうと。『リリィ』ってゆう個人を好きになってもらえたんだから」


はからずも、リリィは泣いてしまいそうになった。歳上の矜持でなんとか堪えているが、もう限界も近いかもしれない。

というか街の皆が悪い。こんなに歓迎ムードを全面に押し出して。感動させようという魂胆が丸見えだ。ラピスの前で泣いてしまったらどうするつもりだ。


そんな詮なきことを延々と考えてリリィは涙を堪える。

だが、そうは問屋が卸さない。リリィが泣きそうになっていることは明白。

こういうときは我慢せずに、吐き出してしまったほうがすっきりするのだ。


アイコンタクトで通じあったラピセラは、左右からリリィに抱きつく。

それを見た街の人たちから、ワッと歓声が上がった。


……もう無理だ、とリリィは悟る。

彼女はぼろぼろと滂沱の涙を流して泣く。


ラピスが初めて見る彼女の涙は、どんな言葉を使っても言い表せない程に綺麗だった。

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