416
──魔女の存在が公開されてから。
世界の至るところでこんな会話が為されていた。
「エリカさんって魔女なんですか?」
「そおよ~。いつまでも若いのが自慢なの~」
「うわァ、羨ましいです! 最近肌に張りがなくなった気がしてまして……」
「じゃあこれあげるわ~。長年の研究の末できた化粧水よ~」
「! いいんですか!?」
「いいのよ~。作れば無限にできるしね~」
「ありがとうございます!」
「……もしかしてコスモスって……」
「ん? 自分なら魔女でありますよ?」
「……いや、まだなにも訊いてないんだけど」
「ありゃ? じゃあ今のなしで」
「無理だし。はァ、身構えてた私が馬鹿みたいじゃない」
「モニカは馬鹿じゃないであります。馬鹿に計算は務まらないでありますからな」
「そおゆう意味じゃないんだけど……もう、コスモスは相変わらず天然ね」
「いやァ、照れるであります」
「褒めてないし」
「──…あんたが魔女だって噂があるんだが……本当か?」
「…………本当。怖い?」
「はっ。こちとら鷲獅子の棲む山から1番近い街で暮らしてるんだ。今さら怖いもなにもねェよ」
「…………そう」
「にしても本当、見た目は人間と変わらねェんだな。すげェ美人ってこと以外は」
「…………褒めても手作りお菓子しか出ない」
「出るのかよ。ありがとな──うまっ。なんだこれ? うまっ」
「…………気に入ったのならもっとある」
「マジか! いや、これマジで美味いな。この街の名物にしたいくらいだ。魔女の手作り、ってな」
「…………考えておく」
「ダリアちゃんダリアちゃんダリアちゃん! 魔女だって本当!?」
「バレちゃあしょうがないね! これがあたしの本当の姿だよん」
「わっ! ちっちゃくなった! てゆうか可愛くなった!」
「これだと威厳が出なくて嘗められるからねん。人前では魔法で大きくなってるの♪」
「凄い凄い凄い! 初めて魔法見た!」
「にはは! 素直でいい子なキミには特別サービス! 見た目が派手な魔法を使ってあげよう!」
「本当!? やったー!」
「よっ。あんたが魔女だとわかってから来るのは初めてだな」
「なっ!? なんでわかりましたの!?」
「旦那さんが教えてくれたぜ?」
「あの男……!」
「あとその喋り方が素じゃないってのも聞いた」
「なんでなんでもかんでも喋ってしまうん!?」
「お、それが素なんだな。そっちのほうが親しみが持てるぜ?」
「……いや、ほんま敵わんわァ。まさかバレるとはよう思わんかったわ」
「……わ、わりィ。なんて言ったんだ?」
「きゃー! 本物の魔女に会えるなんて感激ですゥ♡」
「そおかい? 結構以前からこの街には来ていたんだけどね」
「あ、握手してもらっていいですか?」
「いいとも。といっても、ぼくなんて魔女の中では若輩者だからありがたみもないかもしれないけどね」
「そんなことありません! 私、もう一生手を洗いません!」
「うん、それは嬉しいけど洗おうか。握手なんていつでもしてあげるから」
「本当ですか!? 約束ですよ!?」
「ああ。それとタイミングさえよければもう一人の魔女にも会えるよ。ぼくの彼女なんだ」
「おや? 今日は彼女さんと一緒じゃないのかい?」
「! か、彼女って! ……そお見えるのー?」
「街中で女同士で手ェ繋いで歩けばそお見えるのも無理ないさね」
「あうー、まー彼女なんだけど」
「やっぱりね。魔女ってのはそっちの気があるのかい?」
「んなことないよー。リリィさまとカンナさまとアイリスとルピナスとワタシとメリアくらいだよー」
「……魔女が何人いるかは知らないけど、充分多いさね」
「おねーちゃんってまじょなの?」
「そおだよ。よく知ってるね」
「ママがね、あそこにはえらいまじょがすんでるからじゃましちゃダメだよ、っておしえてくれたの」
「あはは、ボクは別に偉くないし。もっと偉い魔女はいっぱいいるし」
「そーなの? でもまじょはおーさまのためにおしごとしてるからえらいって、ママがゆってたよ」
「そっかァ。ママのゆうことをちゃんとわかってるんだね。偉い偉い」
「むふー。マリえらい?」
「超偉いし。偉いからご褒美にお菓子をあげよう。ママと一緒に食べるといいし」
「わ! ありがとーおねーちゃん♪」
「あの……カンナさまが魔女だと聞いたのですが……」
「はい、その通りでございます。わたくしめは魔女でございますよ」
「ほ、本当ですか!? あの! 是非お願いしたいことがありまして!」
「?」
「この仔犬なんですけど、親がいないらしくてうちで保護したんです。でも全然ごはんを食べてくれなくて」
「ふむ。もしかして牛乳を与えてしまいましたか?」
「! ダメだったのですか!?」
「あまりオススメはできません。仔犬の消化能力では牛乳に含まれる栄養素を分解できず、吐いてしまったり下痢になってしまったりするのでございます」
「……ああ、僕はなんてことを……!」
「悲観するには早すぎます。ここにわたくしめが独自に調合した仔犬用のミルクがございますので、水で溶かして飲ませましょう」
「! ありがとうございます! ……でもなぜそんなものを持ち歩いているのですか?」
「動物好きでございますので♪」
「あ、桜さんいいところに! ちょっと手伝ってください!」
「なんじゃなんじゃ渚沙! なんじゃこの騒ぎは!?」
「なんかこの店が『魔女御用達』だとバレちゃったんです! おかげで目の回るような忙しさですよ!」
「おお、概ね好意的に受け止められてるようじゃな」
「それはもう。この国は特に魔女が出てくる物語が多いらしいですからね。魔女のファンも多いです」
「うむ、妾の祖国じゃから力を入れたのじゃが……なんにしても重畳じゃの」
「──あ、はい! ただいまお伺いします! ──桜さん。おしゃべりはこの辺にして手伝ってください!」
「す、すまん、手伝うのじゃ。厨房に入ればよいか?」
「はい! このままだとお姉ちゃんが倒れちゃうので、助けてあげてください!」
「あいわかった。任せておけ。汐浬! 妾が来たぞ!」
魔女の存在は思いの外すんなりと受け入れられた。物語を通して作った下地や、幻獣といった前例もあるのでそこまで忌避感も生まれなかったのだ。言葉が通じるだけ凶暴な幻獣より余程接しやすい。
最初こそ、未知のものを恐れる風潮はあったが、彼らも魔女の出てくる物語を呼んで考えを改めたようだ。サクラの思惑通り、ポジティブキャンペーンは大成功である。
そうした下地ができるのと、オブシディアン一家にある食材の備蓄が切れるのは、ほぼ同時期だった。
暦は既に5の月に突入している。覚悟を決めるには充分な時間があった。
前々から話していたように、今日はアルテリアの街へ買い物に行く。ウィーアが料理長を務めるカフェがある、思い出の街だ。
「…………よし」
ラピスは覚悟を決めて部屋を出る。
どんな顔をして会えばいいのかは未だにわからないし、合わせる顔があるのかもわからない。それでもラピスは、あの街の人たちに会いたいと思う。
だから会いに行く。
迷いもある。葛藤もある。躊躇いもある。
それでも、会いたい気持ちのほうが何倍も大きかった。
「──…行こうか。リリィ。セラ」
「ええ」
「はい」




