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「──ヘェ。そんなことがありましたの……」
──時は戻り現在。
右半身をべったりとラピスにくっつけて炬燵に入ったまま、セラは興味深そうに呟いた。
姉のことをまた1つ知れて、セラとホルンはご満悦だ。
しかし今語られたエピソードは、一般人には些か甘すぎた。なにが言いたいかというと、アイリスとサクラは口元を押さえて唸っていた。
「……サクラさま。しょっぱいものなんかないですか? 辛いものでもいいです」
「……煎餅でよいか?」
「……ありがとうございます」
二人でバリバリと煎餅を食べる。程よい塩味が実に心地よかった。
そんな二人を置き去りに、他の4人は盛り上がる。
「いやァ。お二人にも初々しい頃があったんスねェ。聞けてよかったッス」
「……本当に、あの頃は大変だったよ。目が合うだけでドキッとするし、手が触れ合ってもキュンキュンするし。それなのに一緒にお風呂て……わたしの理性、よくもったよね」
「悪かったわよ……。でもラピスだって悪いのよ? 天然で胸とか当ててくるし、寝言で好きって告白してくるし」
「え゛? マジ?」
「大マジよ。あたしこそ、よく理性もったわね」
「ふふ、似た者同士ですわね」
そんな風に話していたら既に夜中。お子さまグループはお眠の時間だ。
…………今しれっと、今日で20歳になったラピスをお子さまグループに入れたが、なんら違和感を感じなかった。……触れないでおこう。
話を戻してそろそろ寝る時間。しかし客間が足りない。こんなに多くの来客を想定していなかったのだ。
「どおする? 師匠、帰りますか?」
「帰らんわ! 最近そなたは師匠にたいするリスペクトが足りておらんぞ!」
「はい! ウチ、ラピスお姉ちゃんの部屋で寝たいッス!」
「いいよ」
「軽いな!」
「わたくしたちは3人で寝ますので、他の部屋は自由にしてもらって構いませんわ」
「あ、でもリリィの部屋はオススメしないよ。綺麗にしてはいるけど危ないから」
危ないとは……? と、3人の来客は思ったが、なんとなく流した。
で、話し合いの結果。
ラピスリリィセラのいつもの3人は寝室で。
ホルンとアイリスはラピスの部屋で。
サクラは客間で寝ることになった。
「ねェホルン」
「なんスか?」
「部屋を使うのはいいけど、わたしの下着とか、勝手に持ってくのはやめてね?」
「………………」
「なにその沈黙。欲しいのゆってくれればあげるから。ね?」
「いいんスか? わかったッス♡」
「もちろん下着以外でね?」
「チィッ!」
「チィッ!?」
こんな会話も仲よしならでは。……なのかなァ? なんか不安になってきた。
しかし残念ながら、これが平常運転だ。
6人はそれぞれと挨拶を交わし、各々の寝室へと散っていった。
ここで個々の部屋を覗いてみよう。
まずは一人部屋をあてがわれたサクラから。
「──…ふむん」
彼女はベッドにその小柄な身体を放り出し、物思いに耽っていた。今日をきっかけに考えさせられた、誕生日についてだ。
魔女には誕生日を祝う習慣がない。なぜか?
それは魔女の長──サクラが自分の誕生日を憶えていないからだ。
すると必然的に彼女の影響を受けた魔女たちも誕生日を祝わなくなる。そうして伝播していき、この風習ができあがったのだ。
「……悪しき風習……かもしれんの」
今日のラピセラを見て、誕生日は祝われるべきだと、サクラは思い直したのだ。10000年以上生きていながら、柔軟な考え方ができるのは彼女の長所だ。
「(よし、決めたぞ。今年からは魔女も誕生日を祝うものとするのじゃ。まず手始めにリリィの誕生日は6月──。……えっと、6月……はて?)」
師匠、弟子の誕生日を忘れる。
「(…………今度こっそりラピスに訊こう)」
サクラは諦めた。
よく言えば豪快、悪く言えば雑な魔女なのである。
次はホルンとアイリスのいるラピスの部屋。
普段はソファーベッドしか置いていないこの部屋だが、リリィが気を利かせて以前使っていたベッドを置いてくれた。マジックバッグさまさまである。
そのベッドに、ホルンとアイリスは並んで寝る。ホルンは幽かにラピスの匂いがすると言い張るのだが、アイリスはなにも感じなかった。
「気のせいじゃないか?」
「いいえ、間違いないッス! てゆうか、ウチがラピスお姉ちゃんのことで間違うと思うッスか?」
「なんだこの無駄な説得力は……。微塵も思わない」
「でしょう?」
ホルンはふふんと笑う。ドヤ顔だ。可愛い。
「でも意外だな」
「なにがッスか?」
「ホルンはてっきり、二人の姉と寝るもんだと思っていたんだ。『誕生日プレゼントの添い寝ッス♡』とかゆって」
「……まァ、できるもんならしたかったッス」
「なんなら今から行ってくればどおだ?」
「それは無理ッス」
「? ……なぜだ?」
「えー……まず大前提として、ウチはお姉ちゃんたちが大好きッス」
「ああ。知ってる」
「んで、お姉ちゃんたちもウチのこと大好きッス」
「ああ。知ってる」
「で、今日はお姉ちゃんたちの誕生日。多少のわがままは許される特別な日ッス」
「だな」
「なのに声がかからなかったとゆうことは、ウチがいると困ることをするから。ッスよ」
「…………あー、なるほど」
「はい。3人きりにしてあげましょう」
アイリスはニヨニヨと笑い、ホルンは天使のように微笑んだ。
最後にラピスリリィセラの3人。いつもの寝室で。
ラピスとセラの二人は、ベッドの上で固く目を瞑っていた。リリィに「いいってゆうまで目ェ瞑ってて」と言い含められたのだ。
理由は聞かなかったが、そう言われては否やはない。銀髪の姉妹は素直に目を瞑った。
手を繋ぎ、例の特技で声を出さずにおしゃべりを楽しむ。なんとなく、声を出すことが憚られる空気だったのだ。
5分程が経ち、結構長いなと思い始めた頃、「──…いいわよ」とリリィの声が聞こえた。
ラピスとセラは同じタイミングで目を開く。そして、目の前の光景に絶句した。
目の前の光景──頭部に猫耳を装着し、丈がうんと短い和メイド服を着ているリリィに。
「…………可愛い♡」
「…………可愛いですわ♡」
「……その……いつかの約束を……今果たすわ」
消え入りそうな声でリリィは言う。恥ずかしさは臨界点に達していた。それでも我慢できているのは、姉妹の誕生日を祝う気持ちが本物だからに他ならない。
「リリィリリィ♡ 語尾と『な』って発音するときは『にゃ』ってゆって♡」
「あとわたくしたちのことは『お嬢さま』と♡ 一度、お嬢さま扱いとかされてみたかったんですの♡」
元王女がなにを言うか。
「な、なにゆってんのよ」
「違う違う。『にゃにゆってんのよ、お嬢さまは』だよ♡」
「………。………。……にゃにゆってんのよ、お嬢さまは」
「はわァ♡」
「はうゥ♡」
恥ずかしさを堪えるいじらしさ、そしてシンプルな可愛らしさにノックアウトされるラピセラ。もう我慢できないと、ベッドを下りて左右からリリィに抱きついた。
「最高だよリリィ♡ 結婚して♡」
「もうしてるじゃにゃい」
「そおだったね♡ はァ♡ こんなに可愛くて綺麗な人がお嫁さんとか……幸せだよォ♡」
「…………あたしも幸せよ♡」
「わたくしだって、お二人に負けないくらい幸せですわ♡」
3人でくんずほぐれつ、そのままベッドに横になる。なんだか無性に体温が高かった。
「……ねェリリィ。……そおゆうつもり、って解釈でいいんだよね?」
「…………ええ♡」
「ふふ、最高の誕生日プレゼントですわ♡」
「や、優しくしてね?」
「ごめん。それは無理♡」
「すみません。無理そうですわ♡」
「……あうぅ……」
濃厚なキスから始まったその行為は、朝方まで続いた。
のちにリリィは語る。
──翌日は昼過ぎまで足腰が立たなかったわ、と。




