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瑠璃と百合と姫と魔女  作者: 山原くいな
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仕事を過去最速(15秒)で終わらせたリリィは、「ご一緒に食事でも」と誘ってくるウザい王族の招待を足蹴にして、絨毯に飛び乗った。

逸る気持ちが抑えきれない。この絨毯はこんなにも遅かったかと、何度も自問した。


2時間と少しの道のりを経て、我が家へと到着。絨毯を縮小させて懐にしまうと、仄かに、食欲をそそるいい匂いがしていることに気がついた。


知らず知らずのうちに笑みがこぼれる。誰かに──それも可愛い女の子に作ってもらう食事がこんなにも楽しみだとは知らなかった。


軽い足取りで玄関まで移動して扉を開く。仄かに薫っていた香りがより強く感じられた。


「あ、リリィさん。おかえり♪」


お玉片手に、満面の笑みでラピスは言う。リリィの心に温かいものが満ちた。


『おかえり』

そう言われたのは何千年振りだろうか? 少なくともリリィには、ここ1000年で言われた記憶はなかった。


「……?」

「あ。えっと……ただいま?」

「うん。おかえり♪」


なので咄嗟には『ただいま』という台詞が出てこなかった。

しかしただいまと言うと、ラピスは輝くような笑顔で迎えてくれる。これからは欠かさず言おうと決めた。


ラピスは一旦火を止め、リリィからバッグを受け取る。新婚みたいなやり取りにリリィは嬉しくなり、ラピスは頬を染めた。


バッグを定位置に置いて、リリィの隣に舞い戻る。料理の続きを始めると思っていたリリィは首をかしげる。


「ラピスちゃん?」

「えっと……ごめんリリィさん。ちょっと大胆なことするね」


ラピスは深呼吸して「よし」と覚悟を決めると、えいやとリリィに抱きついた。


「!!!?」


リリィは混乱する。

なぜ唐突にこんな幸せが舞い込んできたのか。日頃の行いがよかったのか。ラピスを救ったことが評価されたのか。

そんな様々なことを一瞬のうちに考え、一瞬で破棄する。今はともかく、この幸せを堪能しなければ。


リリィは全神経をラピスとの接触面に集中させる。

やり場のない両手をわきわきとさせるが、すぐに「(行けるかもしれない……!)」と思い、ラピスの背中に手を回した。

が、その直前でラピスは離れてしまう。自分から抱きついたくせに、彼女の顔は真っ赤になっていた。


「ふゥ。──ありがとね」

「…………いいえ……」


リリィは深く沈んだ声で返す。一世一代のチャンスを逃した気分だった。

……いや、まだ行けるかもしれない。バランスを崩した振りをして、ラピスのほうへ倒れれば──


「あ、晩ごはんもうすぐできるから、もうちょっと待っててね」


ラピスはとてとてとキッチンに戻ってしまう。リリィの望みは完全に潰えた。


「(……寝るとき、寝惚けた振りして抱きしめちゃおうかしら……)」


半ば以上本気で考えるリリィ。

こんなお預け状態なのだから、ちょっとくらい役得があってもいいよね? という理論だ。……まァ、いざそのときがくれば、日和ってなにもできないのだが。


気落ちしたまま待つこと数分。香ばしい香りを放つ炒め物と、ホカホカと湯気の出るスープと、程よい焼き色がついたパンをトレーに乗せて、ラピスがやって来た。


「お待たせ」


そう言ってサーブする姿は実に堂に入っている。慣れてる感が凄かった。


「ラピスちゃん、高貴な生まれかと思ってたけど、実は本業メイドだったりするのかしら?」

「さあ?」


ラピスはどうでもよさげに相槌を打つ。記憶などなくても、家事をするのに支障はないのだ。


その反応にリリィは苦笑を返す。

そりゃラピスがいつまでもうちにいてくれれば嬉しいが、ずっとこのままというわけにもいかない。いずれは親御さんの許に返すつもりだった。


「そんなんどおでもいいから、早く食べよ。冷めちゃうよ」

「どおでもいいて……。まァいいわ。冷めないうちに食べましょう」

「うん。いただきます」


ラピスが聞き慣れない台詞を口に出したが、リリィは気にせず食事を始める。まずはスープから。

色は濃い黄色。いっそオレンジに近いくらい。塩味よりは甘味を思わせる香りを放っている。どろどろと粘りけがあり、完全な液体というわけではなかった。


なにが言いたいかというと、スープとは塩が効いたものだと思っているリリィは、完全に萎縮していた。


「………………」

「? リリィさん?」


ラピスにも疑問に思われてしまっている。

だいじょうぶだ。食べられないものが入っているわけがない。不味くても笑顔で食べきろう。お腹を壊したら魔法で治そう。


そんな失礼極まりない考えとともに、リリィはスープを頬張った。


「!」


するとどうだろう。予想とは裏腹に、程よい甘味が口の中に広がるではないか。

一口、また一口と、リリィのスプーンは止まらなくなった。


「美味しい! 美味しいわ!」

「口に合ったみたいでよかったよ。カボチャのスープだよ、それ。調味料が少ないから、素材の味と牛乳と、わずかな塩だけで仕上げたの」

「甘いスープって美味しいのね!」

「あはは。それは偏見だよ、リリィさん。世の中には甘いスープも辛いスープも、酸っぱいスープもあるよ。好き好きあるだろうけど、全部料理として完成してるんだよ」

「スープおかわり!」

「はいはい。ちょっと待ってね」


空になった皿を受け取って、ラピスはキッチンへ行っておかわりをそそぐ。

食事を中断させてしまったことは申し訳ないが、今のリリィは食欲が勝っている。スープを待つ間に、炒め物にフォークを伸ばした。


「! これも美味しいわ!」

「肉と野菜を炒めただけだよ」


ラピスは笑いながらリリィの前にスープを置く。リリィは目でありがとうと伝えた。


「調味料が塩しかなかったけど、キャベツと玉ねぎがあったのはラッキーだね。どっちも火を通せば甘味が出るから、塩だけで充分勝負できるし」

「もぐもぐ」

「……でもこの味なら断然お米だよね。パンにはあんまり合わないかも」

「ごくん。……おこめ?」

「あ、んーん。なんでもない」


ラピスは首を横に振る。

なんでもなくないことは明白なので、リリィはとりあえず“おこめ”というワードを脳裏に焼きつけ、食事を再開した。


調味料も食材もロクにない中で、これだけの料理を作るラピスは天才かもしれない。

一通り食べ終わったリリィは気がつけば──


「ねェラピスちゃん。あたしと結婚してずっとここで暮らさない?」


と切り出していた。

掃除も洗濯も料理もできて、気遣いができて優しくて、おまけに可愛い。絵に描いたような完璧な美少女だ。まさにリリィの好みドストライクである。

殆ど本気のプロポーズだったのだが、冗談めかして言ったのは彼女に残った最後の矜持だろう。


それを受けたラピスは──


「──…え……? ………………」


とフリーズしてしまった。

本当に、心の底から嬉しかったのだが、リリィのトーンは冗談のそれ。ここで真面目に返す程、ラピスは馬鹿ではない。

けれど同時に、冗談で返せる程器用でもなかった。


なので結果的に彼女にできたのは、赤面してうつむくことだけ。肯定も否定もしない、曖昧な態度だった。

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