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昼。アイリスはまだ帰ってこない。
話手鏡で連絡してみたところ、開いている店は首尾よく見つかったが、いい品が置いてなかったとのこと。帰りはもう少し遅くなるらしい。
仕方ないので先に昼ごはんを食べてしまおうという流れになって、今はラピスとホルンがキッチンに並んで立っている。
ホルン的には、今日が誕生日であるラピスを働かせるなど言語道断なのだが、本人たっての希望なのだ。『ホルンと一緒に料理を作りたい』と。
上目遣いに「……ダメかな?」と訊かれれば、例えホルンでなくとも陥落する他ない。というわけで、銀髪の姉と緋髪の妹はメイド服に身を包み、仲よく調理に勤しんでいた。
その光景を、セラはソファーに腰かけてうっとりと眺める。
その隣に、自然な動作でリリィが座った。
「セラ。いつになく嬉しそうね」
「はい♡ 新年早々眼福ですわ♡」
「? ホルンちゃんがうちに来たときはよく見る光景じゃない?」
「違いますわ。よく見てくださいまし」
「?」
言われた通り、よく見る。頭の天辺から足の先まで。
ラピスに変化があれば気づかないはずがないので、違うというならホルンのほうだろう。そうあたりをつけて、ジロジロとホルンを見る。
「あ」
「気づきましたか?」
「ええ。確かにあれは可愛いわね♪」
リリィは目尻を下げる。いつもとの相違点は、ホルンが着ているミニスカメイド服にあった。
このうちに来た当初、ホルンは普段着だった。アイリスも同様だ。
風呂上がりは寝間着を着ていた。そして今はメイド服に着替えている。
そのメイド服も、寝間着と同じく持参したものだと思ったが、それは違った。あれはラピスのメイド服だ。
ホルンのものかどうかの判断はリリィにはできないが、ラピスのものかどうかならわかる。
更によく見てみれば、ホルンの頬にうっすらと朱が差している。姉に包まれているような感覚なのだろう。
作業の合間に袖口の匂いをくんくんと嗅いでは、にへら、と相好を崩している。シスコンの面目躍如だ。
「……料理はだいじょうぶなのかしら?」
「ホルンはプロですわよ? 問題ありませんわ」
端から見れば非常に危なっかしい調理風景だったが、そこはプロとその弟子。恙なく料理を完成させた。
メニューはカレー。ご飯も炊いたしうどんも茹でたしパンも揚げた。たくさん食べるリリィが飽きないようにという配慮だ。
ついでにサラダも添えて、トレーに乗せてテーブルまで運ぶ。ラピスはうどん、セラはご飯、ホルンはパン。リリィはまずはご飯。
食前の挨拶をして、和やかに食事が始まった。
食べながら色々なことを話す。今年の抱負、新しい街のこと、新作料理のレパートリー、話題は多岐に渡った。
次休みが重なったら、5人で旅行に行こうとも話し合う。その頃にはリリィはご飯、うどん、パンと一周して、再びご飯を食べていた。
アイリスの休みはいつなのだろうと疑問を持って、連想してアイリスはどこまで出かけたのだろうと気になり出した。
「遅いわよね、アイリス。どこまで行ったのかしら?」
「……ありがたいですけど、申し訳ないですわね」
「うん。本当に、気持ちだけで充分なんだけどね」
「ウチのお嫁さんはできる女を自称してますからね。寝起きはぽんこつで可愛いんスけど」
「なにそれ? 詳しく」
ホルンが洩らした情報にラピスが食いつく。そこからホルンによる、アイリスの暴露話が始まった。
早起きを苦にしないラピスとホルンはあははと笑い、朝がそこまで得意ではないリリィとセラは苦笑いした。
「──…まいったな。見つからないぞ」
ラピスたちの家から遠く離れた地にて、アイリスは独り言ちていた。
探せば開いている店は意外と見つかるもので、もう何件かはしごしている。しかしプレゼントに向いているものがあるかと訊かれれば答えはノー。アイリスは肩を落として次の店を探す。
このままでは埒が明かないと、彼女は思い切って足を伸ばすことにする。多少遠いが、賑やかなあの街ならいいものも置いてあるだろう、と。
飛行機を飛ばすこと3時間。途中でホルンから連絡があったが、現状を正直に伝えて謝っておいた。まァ、あの姉たちがいれば寂しくはないだろう。
独り思索に耽っていると街が見えてきた。高度を落として、近くに着陸させる。
少し歩いて中に入ってみると、そこはお祭り騒ぎだった。
新年を祝うイベントが盛大に開かれており、そこかしこから「乾杯!」という威勢のいい声が聞こえてくる。
賑やかなのが好きならありかもしれないな、と、静かなのが好きなアイリスは思った。
そそくさと裏通りを行く。大体の見当をつけて店を探していると、思いの外早く見つかった。
中を覗いてみると、目に飛び込んでくるピンク。そして黄色や赤などキラキラした装飾。ファンシーショップと呼ばれる店だ。
自分には似合わないな、と自嘲しながら足を踏み入れる。目的は自分の欲しいものではなく、銀髪の姉妹へ贈る誕生日プレゼントだからだ。
適当に店内を物色していると、ぬいぐるみのコーナーに行き当たった。なかなかにクオリティが高い。それに珍しい種類も置いてある。
見ているうちに、これはいいアイディアなんじゃないかと思ってきた。
あの二人は動物が好きだという話だし、枕元にでも置けば女子力が高く見える。更に毎年贈ることを考えれば、シリーズ化できるぬいぐるみはベターだろう。
そこまで考えが至ると、もうこれしかないんじゃないかという思いが強くなってくる。
アイリスは中でも珍しいぬいぐるみ──漆雷獣と深海竜のぬいぐるみを手に取り、会計を済ませた。
ぬいぐるみを2つ抱き、ホクホク笑顔で店を出る。
早く帰ってホルンに癒されよう。これからの予定を勝手に決めて、足早に街の外を目指す。
「──おろ? もしやアイリスか?」
「ん?」
急に名前を呼ばれたので振り向く。……誰もいない。
「ここじゃここじゃ。そなたは無駄に背が高いのう」
少し目線を落とすと、そこには桜色の髪を膝裏まで伸ばした少女。
少女──魔法で髪の色を変えたサクラは、ぬいぐるみを抱えたアイリスを見て、こてんと首をかしげた。
「……そなた、趣味が変わったのか? 随分と可愛らしいのう」




