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その日の夕方。
テーブルの上にはズラリと並び、ドドンと積み重なったいちご大福。全部で200個近くはあるかもしれない。
セラが作った量は全体の1割程度だが、彼女からしてみればこれも大きな進歩だ。セラはやり遂げたような表情を浮かべ、ラピスはやってやったぜ、みたいな表情を浮かべていた。この微妙な違いが伝わってくれると嬉しい。
さておき、これでノルマは達成だ。そう思うと疲れがどっと押し寄せてきて、姉妹はヨロヨロとソファーまで移動してへたりこんでしまった。
「……うあー、疲れましたわ!」
「………………」
セラは叫ぶだけの余裕がまだあるようだ。ラピスは声を出すのも億劫とばかりにぐでーっとしている。料理自体はそうでもなかったのだが、指導に体力を持っていかれたのだ。
動かない姉をふにふにとつついてセラが遊んでいると、玄関の扉が開いてリリィが入ってきた。読書は終わったらしい。
ソファーではしゃぐセラと、動きが見られないラピスを一瞥して、頭の上に疑問符を浮かべる。
「? なにしてんの? てゆうかラピスどしたの?」
「おつかれなんですわ。…………主にわたくしの所為で」
「……ああー……」
セラにも自覚はあったようだ。自白とも言える説明を聞いて、リリィは納得する。
するとラピスの隣の狭いスペースに、無理矢理座った。そしてぎゅうっと彼女を抱きしめる。
「──…おつかれさま、ラピス♪」
「………。…………うん」
本当に元気がない。というか声に張りがない。
セラは急いで冷蔵庫まで冷たい飲み物を取りに行った。その間リリィはラピスの肩を揉む。「んあー♡」という気持ちよさそうな声がラピスから洩れた。
「ふふ、気持ちいい?」
「…………んー」
わかりづらいが、ふにゃふにゃになったラピスの肯定の返事だ。
セラがリンゴジュースを持ってきて、手ずからラピスに飲ませる。ラピスは一切手を動かすことなくそれを飲み干した。
「ありがと」
「いえいえ」
軽くお礼を言う。なお、今も引き続き、リリィは肩を揉んでいる。ラピスを労うことができて、ちょっと嬉しいのだ。
しかし困ったこともある。ラピスがグロッキーの今、そろそろ夕飯の時間なのだ。
彼女に任せるわけにはいかないのでまた外食にしてもいいのだが、外出もそこそこ体力を使う。できることなら、うちで済ませたかった。
「──とは言っても、無理でしょ?」
「「………」」
ラピスの確認に、二人は沈黙を返す。自分が不甲斐なくて申し訳なかった。
「ご飯炊くだけならできますわ」
「お惣菜買ってきましょうか?」
「………」
今度はラピスが沈黙を返す番だった。改めて考えると、この家の家事レベル低すぎだと気づいてしまったのだ。
やれやれとため息をつく。
「しょうがない。外食にしようか」
「いいんですの?」
「うん。疲れてるのはセラも一緒だしね」
着替えてくる、と言い残して、ラピスは部屋に向かう。リリィとセラは顔を見合わせた。
「……1日でも早く、家事を憶えるわよ」
「……はい。姉さまに楽をさせてあげるんですわ」
リリィとセラは約束を交わした。妻を、姉を、楽にしてあげたい一心で。
1つ頷くと、セラも自室に向かう。リリィは着替える必要がないのでリビングで待機だ。
が、セラが階段を上りきったそのタイミングで、ラピスが部屋から出てきた。着替えにしては早すぎる。事実、服装はミニスカメイドのままだった。
「? どおしましたの? 姉さま」
「あ、セラ。手紙が届いてたから先に読もうと思って」
「ホルンからですの!?」
喜色満面にセラは訊く。ラピスは首を横に振った。
「それが意外な人からでね。ベロニカさんから」
「……確かに意外ですわね」
着替えるのはあとにして階下に戻る。リリィにも手紙のことを伝えて、肩を寄せて3人で読むことにした。
封筒を開封する。と──
「? ……?」
「なんですの? これ」
「……読めないわね」
便箋に記されていたのは、どう贔屓目に見ても文字には見えない記号の羅列。いや、記号と呼ぶのもおこがましい。点と線が縦横無尽に走っているようにしか見えなかった。
「手紙に怨みでもあるのかな?」
ラピスの言う通り、そう言われたほうが納得するレベルだ。
「でもベロニカがこんなことするなんて考えづらいわね。暗号かミスのどっちかじゃないかしら?」
「姉さま。別の便はありませんの?」
「見てくるね」
ラピスは自分の部屋にとって返す。なぜか、門手鏡はすべてラピスの部屋にあるのだ。
1分と待たずラピスが戻ってくる。その手には新しい封筒が握られていた。
「あったよー」
「セラの読み、当たりね」
「早速読みましょう」
再度肩を寄せ合って封筒を開く。今度は丁寧で読みやすい字で、しっかりと意味のわかる文章が綴られていた。
『リリィさまのご一家へ。
リリィさま、ラピスさま、セラフィさまに置かれましては、お健やかにお過ごしのことと存じます。
先程、意味のわからない手紙が届いたことかと存じますが、そちらはルピナスの仕業でございます。順を追って説明させていただきます。
1時間程前でしょうか。ルピナスが突然、我が家を訪ねてきたのです。
「ラピスちゃんが困ってる気がする!」という意味のわからない妄言とともに。彼女はずかずかと我が家に入り込み、誰から聞いたのか一直線に、門手鏡を置いてある部屋へと走っていきました。
そしてあろうことか、混乱冷めやらないうちになにかを殴り書きし、門手鏡に突っ込んだのです。
なにを書いたのかはわかりませんが、おそらく読めない字で書かれていたのではないかと推測します。
というわけで、先程のお手紙はお気になさらないでください。ルピナスには、ワタシからキツく言っておきますので。
それはともかく、ルピナスの予感というのも気になります。もし本当にお困りでしたら、お手数ですが返事をくださいませ。お待ちしております。
ベロニカより』
手紙を読み終えて、リリィがボソッと一言。
「ベロニカ、手紙だと語尾伸びないのね」
そりゃそうだろ、と銀髪の姉妹は思った。
「そんなことより、かなり丁寧な手紙だね。めっちゃ堅苦しい」
「よろしければわたくしが返事を書きましょうか? 姉さまもリリィ義姉さまも、どおせ丁寧な手紙なんて書けませんわよね?」
「どおせって……」
「どおせって──」
同じところが引っかかり、なにか言い返そうとしたラピスとリリィだったが、まったくもってその通りなので言葉に詰まった。
こうしてベロニカの手紙──ひいてはルピナスの手紙により、お出かけは一時中断の運びとなった。




