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リリィと一緒に掃除を終わらせると、既に昼を少し過ぎていた。
「ごめんなさい。あたしが遅いから……」
リリィはそう謝るが、ラピスもセラも全く気にしていない。リリィが頑張っていたことは、この二人が誰よりも知っているからだ。
今からラピスに昼食の準備をさせるのはさすがに忍びないので、今日は外食にすることにした。以前、行きつけのカフェでラーメンとたい焼きをご馳走になる約束をしたのを思い出したのだ。
「じゃあそこでお昼にしましょうか」
「うん。どのくらい美味しくなってるのか、楽しみだよ」
「たい焼きも楽しみですわ」
外出着に着替えて庭先に集合。いつものように飛行機を展開して、それに乗り込んで出発した。
移動中はこれまたいつものようにスキンシップ。今日はリリィが真ん中だ。
ラピス曰く──
「頑張ったからご褒美ね♡」
だそうだ。リリィは泣きそうなくらい嬉しかった。
そのフォーメーションのまま雑談に興じる。
「そおいえばラピスが以前に視たってゆう夢、あれ一部嘘ね」
「400年後の未来のやつですの?」
「そお、それ。あたし、絶対に家事憶えるし」
「確かにね。わたしが視た夢だと、家事できないって開き直ってたからね」
「最低ね」
「辛辣ですわ」
夢のリリィと現実のリリィは、最早別人と考えたほうがよさそうだ。
「ふふ、今のリリィのほうが素敵だよ♡」
「……うわァ、嬉しいけど照れるわね」
リリィは照れ隠しに、姉妹の手をぎゅっと握る。当然のように恋人繋ぎだ。
彼女の心情が手に取るようにわかるので、ラピスもセラもなにも言わず、優しげに微笑むだけに留めた。
街に到着した。
ロッゾに挨拶してカフェへの道を往く。気温が下がって久しいので、コートとマフラーも着用済みだ。
そこでラピスは恋人用の手袋を作ったことを思い出して、それを着用してリリィと手を繋いだ。3人並ぶと歩きづらいので、セラとはまたあとでだ。
しかし──
「──…めちゃくちゃ注目浴びるわね」
「う、うん。ちょっと予想外だった」
ラピスとリリィが結婚したことは周知の事実。なので手を繋いで歩くくらいなら街人もなにも思わないが、専用の手袋を装着してるとなれば話は別だ。
そこまでして手を繋ぎたいのかという呆れと、相変わらず仲いいなという微笑ましさ。それが3対7くらいでブレンドされた視線が突き刺さってくるのだ。
ラピスとリリィは羞恥に頬を染めた。が、それでも手袋は外さなかった。
行きつけのカフェに辿り着く。
手が塞がっている二人に代わり、セラが扉を開けた。目でお礼を伝え、ラピスとリリィは手を繋いだまま店内に入る。
「いらっしゃいませ!」
店員のお姉さんはいつも通り、元気な声で迎え入れてくれた。ラピスとリリィが手を繋いでいてもなにも言わない。慣れたものなのだ。
けれどもここに通いつめているラピスは、店員の声の調子に、わずかな余裕のなさを感じた。
「もしかして忙しい? ……んですか?」
「わかります? 目が回る程忙しいです……」
訊いてみると案の定、人手が足りなくて余裕がないそうだ。店員のお姉さんは力なく笑った。「大変ですね」と、一応労っておく。
勝手知ったる店なので、案内は断っていつも使っている個室に向かった。他の席は混んでいるが、この個室は空いている。ここの料理長が、ラピスたちがいつ来てもいいように常に空けていることを、彼女たちは知らなかった。
「ラーメンとたい焼きでいいんだよね?」
「オッケーですわ」
「あたしもそれで」
通りかかった店員をつかまえて注文を伝える。料理長から話は伝わっているらしく、料金は要らないと言われた。以前約束したことなので、ラピスもごねることなく了承した。
「ラピス。安いほうが好きなんじゃないの?」
「そりゃ好きだけど、バランスが大事なんだよ。ただで貰うのは申し訳ないけど、アドバイスのお礼兼試食、ってゆうなら請けないほうが失礼でしょ?」
「……わたくしにはわかりませんわ」
リリィにもわからないらしく、頻りに首をかしげている。ラピスの価値観の問題なので、理解してもらえなくてもしょうがないと思っていた。
20分程待ってラーメンを持った料理長がやってきた。彼女が来るのは想定内だが、やはりいつもより若干遅い。本当に忙しいようだ。
「お待たせしたな。改良を重ねたラーメンだ」
料理長はサーブすると、身体の前でトレーを構えて直立不動になった。忙しくとも、感想は直接聞きたいようだ。
いただきますと言って食べ始める。まずはスープから一口。
「あ、美味しくなってる」
「本当か!?」
思わず洩れたラピスの感想に、料理長は息せき切って反応した。
ラピスは頷く。以前食べたセラも、本場のラーメンにはまったリリィも美味しそうだ。麺の完成度も高く、特に欠点は見当たらなかった。
「美味しいわ♪ 以前食べたのに勝るとも劣らないわね」
「この短期間でよくもここまで……。凄いですわね」
手放しで絶賛することしばらく、あっという間にラーメンを食べ終えた。
「いやー、美味しかった。満足だね」
そこにたい焼きを持った料理長が再びやってくる。たい焼きも申し分ないできばえで、ラピスたちを唸らせた。
これも美味しいと伝える。料理長は嬉しそうに微笑んだ。
「ところで料理長さん。お店、忙しいんじゃないの? ……ですか?」
「……まァ、忙しいな。年末だからしゃーない」
彼女程の料理人でも、この忙しさには辟易しているようだ。我慢していたため息をはァーっと洩らす。そしてチラッと視線をラピスに向け、言いづらそうにこんなことを頼んできた。
「──…なァラピスちゃん。ここでバイトする気ないか?」




