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空飛ぶ絨毯で2時間。ラピスとセラは無事帰宅した。
「けほけほ! うう、はァ……はァ……」
「姉さま。だいじょうぶですの?」
「……だ、だいじょばない」
「だいじょうぶそうですわね」
……無事、帰宅した。
セラはラピスをソファーに寝かせると、水着に着替えて洗濯の続きに取りかかる。午前中だけでは終わらなかったのだ。
洗濯機を回している間に午前中に干した分を畳む。彼女もなかなか手際がよくなってきた。
少し休んで落ち着いたラピス。彼女も和メイド服に着替えて行動を開始した。
買ってきた食材を保管庫や冷蔵庫に容れていく。しまいながら今日の晩ごはんはなににしようと、頭のなかで献立を組み上げていった。
「セラァ。今日の晩ごはん、クリームシチューとビーフシチューならどっちがいい?」
「んー……ビーフシチューですわね」
「わかった」
晩ごはんが決定した。
シチューなどの煮込み系の料理には必然的に、『待ち』の時間が発生する。
その時間を有効に使って、ラピスはホルンの誕生日のプランを考えるつもりだ。
食材のしまい込みが終わると次は洗濯を手伝う。旅行中に溜まった分があるので結構大変だ。
特に和服。あれは洗うのにも干すのにも畳むのにも気を遣う。
姉妹で協力して洗濯を終わらせると、そろそろ晩ごはんの支度を始める時間になっていた。
「……リリィ遅いね」
「心配しなくても、姉さまの顔が見たくてすぐに帰ってきますわよ」
それもそおだね、と笑って、ラピスは下拵えを始めた。
洗濯物を畳みながらセラは、ラピスの後ろ姿を眺める。とても幸せな時間だった。
ビーフシチューが完成に近づき、いい匂いを放ち始めた頃、ラピスはふと庭のほうを振り返った。
「? 姉さま。どおしました?」
「……リリィが帰ってきた。……のかな?」
「はい?」
そのわずか3秒後、玄関の扉が開け放たれた。
「ただいま。ラピス。セラ」
「おかえり」
「! ……おかえりですわ」
驚いたセラは一瞬、挨拶が遅れた。リリィは怪訝そうな顔つきになる。
「どしたの? セラ」
「いえ。……姉さまの予言が当たったものですから」
「ラピスの予言?」
首をかしげて、リリィはラピスを見る。灰汁を取り除きながらラピスは答える。
「なんかわかんないけど、リリィが帰ってきた、って思った直後に玄関が開けられたんだよ」
「ヘェ。不思議なこともあるものね」
「……不思議の体現者がなんかゆってますわ」
魔女が不思議と言うのもおかしな話だろう。
ともあれ、ラピスがリリィに気づいたことは、愛の深さゆえという結論に落ち着いた。
──だが実際は少し違う。
ラピスはリリィと結婚し、寿命が延びた。より正確に述べるならば、リリィと同じ寿命を得た。
それは命のシェアとも呼べる現象。
つまり現在二人の間には、目には見えないが確かな、深い深い繋がりがあるのだ。
なんとなく、相手の考えていることがわかったり。なんとなく、相手の感情が伝わってきたり。なんとなく、相手の居場所がわかったり。
そんな双子のシンクロニシティにも似た些細な現象。
それでも、これは二人の愛がいかに大きいか示す証左に他ならなかった。
「リリィ。今夜はビーフシチューなんだけど、ご飯とパンどっちがいい?」
「ビーフシチューにご飯? 合うの?」
「またリリィはそおゆうことゆう。ダメだよ、先入観は」
「あ、ごめんなさい。なら両方お願いするわ」
「おっけー」
こうなることは薄々わかっていたので、ラピスはご飯の準備を半ばまで終えていた。
「もうちょいでできるからリリィ、着替えてきなよ」
「…………ええ」
返事に間があったのは水着を着なくてはいけないからだ。セラはもう開き直っているがリリィはまだ抵抗がある。
恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。
とぼとぼと部屋に戻って服を脱ぐ。下着も脱いで、水着を着用した。
更に、事前に約束してしまっているのでニーソックスも身につける。肌色面積は減ったはずなのに恥ずかしさは5割増しだった。
リリィは頼りない足取りで階下に戻る。ビーフシチューは『待ち』の時間に入っているらしく、ソファーでラピスとセラがイチャイチャしていた。
「あ、来たね、リリィ。おいで♡」
ラピスがリリィを手招きする。恥ずかしいが断る選択肢はない。彼女は平静を装ってラピスの隣に座った。
ラピスは両隣を水着の美女美少女に挟まれている。両手を伸ばして腰から抱き寄せると、とても大きな幸福感に包まれた。
「えへへ♡」
ラピスは笑う。それは見ている者の心を豊かにしてくれる笑顔で、リリィもセラも自分が水着姿であることも忘れて見蕩れた。
「──好きだよ♡ 二人とも」
唐突な告白。
それに対する答えなど、考えるまでもなく決まっていた。
「あたしも、二人とも大好きよ♡」
「わたくしも、お二人とも大好きですわ♡」
幸せは循環し、より大きくなってラピスへと還っていく。
彼女は衝動のままに妻と妹を抱き寄せ、それぞれと唇を重ねた。




