初め
上手く言えない事。
世の中には口には出せない心の声がある。
その言葉を上手く言うために人は何をするか。
私、高西鈴花は平凡な女子高生だ。
もちろん彼氏などいない典型的な非リアだ。
しかし、鈴花には少しだけ自慢できる事がある。
それは友達が多い事だ。
鈴花ははっきり言ってコミュ症なのだがいつの間にか友達が増えてるという摩訶不思議な現象が良く起こるのだ。
鈴花の周りの友達は変な人間が多い。
確か、鈴花の小学生からの幼馴染(男)は幼い男児が好きなのだ。
彼は登下校時幼い男児が近くを通るとそれは変態のようにジロジロとつま先から頭のてっぺんまで見るのだ。
しかし、彼が何故、幼い男児を愛し始めたのかと言うとそれは女性不信からであった。
鈴花が幼く彼も幼かった時、2人は公園で遊んでいた。
彼は昔はとても可愛らしく、知り合いからはモデルにならないかなど言われていたほどである。
鈴花の母と彼の母が遠くの方でぺちゃくちゃと喋っている間、2人は砂場で山を作っていた。
砂を湿らせ形を作って砂をかけまた形を作る。
鈴花と彼は楽しく砂で遊んでいたのだ。
そして、鈴花が水場の方に水を汲みに行くために砂場を離れたその少しの間に事件は起こった。
彼は鈴花が水を汲んでいるのを尻目に一生懸命山の形を作っていた。
鈴花を見るために顔を上げると目の前には笑顔の女性がいた。
見た目は二十代後半くらいの若い女性だった。
彼はどうして女性が自分を見ているのかわからなかったが見られているのが気まずく鈴花のところに行こうとした。
すると、女性は彼の柔らかい手を掴み、「私と遊ぼう?」と聞いてきた。
彼はそんな女性の甘ったるい声にゾワリとし、嫌だというように手を振りほどこうとした。
しかし、彼が必死に逃げようとしているのを察したのか女性は力を強くした。
彼の柔らかい手には真っ赤に塗られた爪が食い込み、彼は痛がった。
しかし、女性はそんな彼の手を離そうとせず無理矢理引っ張って行こうとした。
恐怖で声が出ない彼は焦っていた。
頭の中が混乱し、このままではダメだと思っていても声が出ない。
女性は彼を引きずるように歩き出した。
その時、丁度水場から帰ってきた鈴花は彼の姿を見、口を開けた。
女性は鈴花のことに気づきもせず歩いていく。
「なにやってるの?」
鈴花は女性に声をかけた。
女性は鈴花の方を振り向き、にこりと笑いながら「息子とお家に帰るの」と嘘を言った。
鈴花はもちろんすぐその事に気づき、「おばさん、しゅうくんのおかあさんじゃないじゃん」と言った。
女性は笑顔を消し、舌打ちをした。
そして彼を抱き上げ走ろうとした。
鈴花はこれはやばいと思い手に持っていたバケツの中の水を女性に思いっきりかけた。
彼と共に女性は水をかぶった。
鈴花は大声で「おかーーさん!!!!!変な人がいるー!!!」と遠くに聞こえるくらい大きな声を出した。
すぐに血相を変えた鈴花の母と彼の母がやってき、彼を抱きしめている女性を見つけた。
女性は急いで走ろうとしたが、後ろから来ていた人とぶつかった。
その拍子に彼は地面に落ちた。
鈴花がすぐに彼の近くに行き手を引く。
女性が彼に手を伸ばそうとするところにぶつかった人がその手を掴む。
女性はハッとし、掴まれた手を振りほどこうとしたが、ぶつかった人は男だったので力が叶わず振りほどけなかった。
そのあとすぐに警察が来て、女性を連れて行く。
女性は濡れた髪を振り乱し鈴花に「許さないからな!!!!!クソ女!!!!!殺してやる!!!!!」と言い警察に連れられていった。
鈴花は青い顔をした彼ににこりと笑い「変な人間がこの世にもいるんだね」と能天気なことを言っていた。
鈴花は母に褒められたり怒られたり謝られたりとなんだか不思議な事があったぐらいにしか思っていなかったが、彼はそのことを忘れていない。
あの、赤い爪に甘い甘い香水。真っ赤な口紅。今も思い出すだけで寒気がすると言っていた。
そこから女性不信になったのだ。
どうして幼い男児が好きなのかは分からないが女性不信になったのは多分あの時だろうと鈴花は思っていた。
他にはまだまだ色々あるが鈴花は思い出すのが面倒くさくなり目を閉じた。
本当はあの時、鈴花も怖かった。
でも、隣にいる彼にそんな弱いところを見せたくなかった。
少し足が震えていたのも頑張って隠した。
家に帰ったら大泣きした。
でも、彼の前では泣かなかった。
鈴花の兄はただ静かによくやったと言いながら鈴花の頭を撫でてくれた。
優しい兄の声を聞いていると眠くなった。
兄の手のぬくもりが暖かくて眠たくて。
パチンといい音が響いた後、鈴花の頭は少し痛くなった。
鈴花は目を開け、自分を叩いた張本人である幼馴染を睨みつけた。
可愛かった幼馴染は今では大きくなり高校では王子なんて名前で呼ばれている。
彼は鈴花の顔を見、鼻で笑うと音を立てながら鈴花の隣に座った。
鈴花は少し怒った顔で睨みつける。
「本当にあんたは暴力男ね‼︎こんな乙女に暴力を振るうなんてお兄ちゃんに言ってやる‼︎」
もちろん鈴花は兄に言いつける気もないし、そこまで痛くもないがとりあえず言っておいたほうが良いだろうと思った。
「お前が乙女なわけあるか。だいたい乙女というのは可愛らしくてだな」
彼は乙女ということについて自分の考えを言おうとしたその良いタイミングで鈴花の兄が帰ってきたのだ。
「お前みたいな可愛げがない奴なんて乙女ではない」
鈴花が反論しようと口を開けたその時、兄がリビングに入ってきたのだ。
ドアの開く音が聞こえた2人はその方向へと目を向けると、よく見慣れたふわふわの髪が見えた。
「あ、お兄ちゃ「あのさ、修。いつまでも鈴花に暴言を言わないでくれる?」」
鈴花の兄は目を細め彼を睨む。
「昔からお前は鈴花に当たるからいつか嫌われるぞ」
そう言うと鈴花の兄は鈴花の手を掴み立たせる。
鈴花は状況がわからないままとりあえず兄に手を引っ張られていた。
向かい側のソファーに鈴花の兄が腰掛け、その上に鈴花を座らせる。
鈴花は兄が大好きだが人前でされるのは少し恥ずかしい。
すぐに兄の上から退こうとしたが兄が鈴花を抱きしめる。
昔から兄は鈴花に優しく溺愛してくれた。
親よりも愛してくれていると鈴花も感じている。
しかし、人前でこういうことをされるのは恥ずかしい。
「お兄ちゃん、人前ではやめてよ」
鈴花は兄の腕の中で身じろぐ。
「じゃあ、人前じゃなければいいってこと?」
それなら良いけどと鈴花が言うと兄は何故か幼馴染の方に顔を向け自慢げにする。
兄に離され、兄の隣に座ると前にいる幼馴染がムッとしたような顔で鈴花を睨む。
鈴花はハッと気付いた。
もしかしてだが、彼は兄を好きなのでは?
そんな憶測が頭に浮かび、次々とその憶測が確証になっていく。
確か、昔、あの女性とぶつかったのは兄だった。
ならば助けてくれた兄が好きになっているなんてことだってありえる。
彼は幼い男児が好きだがもしかすると男全般は好きになれるのでは?
彼は鈴花に何か言いたげに睨む。
鈴花はそうか、彼は兄の隣に座りたいのだなと考えた。
そこから鈴花はすぐに実行に移し、兄の隣から立ち上がり前にいた彼の手を引く。
彼も兄も驚いた様子であったが彼の方は少し嬉しそうな顔をした。
そうして彼を兄の隣に導き座らせる。
彼は嬉しそうな顔を一転させ不思議そうな顔を鈴花に見せる。
鈴花はそんな顔など見えてなく、彼を兄の隣に座らせたすぐ後に彼が座っていた方のソファーに腰掛ける。
そうして前の2人をにこりと見ると2人は何故か不機嫌そうな顔をしていた。
どうしてかわからず鈴花はまあいいやと思った。