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十 謀略の影

 帝都の皇城、奥まった一室。

 四人の男が、卓を囲んでいた。

 牌が、静かに、並んでいる。


 東家に、皇帝アルゴス。その右手――南家に、軍総帥ガルデウス。西家に、内務長官のソル。北家に、諜報統括のコルド。

 皇帝以下三名は「帝都三役」と呼ばれていた。


「カリティスディア王女が、エレシアに入国した」

 自分の番が来て、コルドが、牌を一枚、捨てながら言った。

 表情は、変わらない。情報を伝えることと、牌を切ることが、同じ動作であるかのような、淡々とした口調だった。


「生き残っていたか」ガルデウスが、牌をツモりながら言った。「どこから入った」

「南の関所。三名で動いている。他二名の素性は、まだ、詳細がつかめていない」

 ガルデウスは、ツモった牌を、静かに切った。


 その牌に、ソルの手が伸びた。

「チー」

 ソルは、上家であるガルデウスの捨て牌を晒して、手牌を整えた。そして、一枚切る。

「騎士団に合流しているかどうかも、現時点では不明だ」コルドは、続けた。


「三名、か」アルゴスが、牌をツモった。「王女本人の確認は、取れているのか」

「剣の紋章を確認しています。本物です」

「あの王女は」アルゴスは、手の中の牌を眺めながら言った。「余のことを、殺したくて仕方がないのではないか。もし生きているならば、と思っていたが」

「現時点では、静かです」コルドが言った。「騒ぎを起こす気配はありません」

「そうか」アルゴスは、一枚、切った。「ただ――我が国とエレシアが、敵対する道理もない。王女がどう動こうと、そこは変わらん」

「では、静観で」ガルデウスが言った。

「当面はな」


 しばらく、牌を切る音だけが、続いた。

 牌の音は、静かだった。だがそれぞれの手の中で、何が育っているのかは、互いに見えない。それは、この四人の会談そのものだった。言葉にされた情報の裏で、それぞれが、それぞれの手を、伏せている。


「エーテラリスという名を、お前たちも聞いているな」ガルデウスは、手牌を見ながら言った。

「ああ」ソルが言った。「算術で魔力を定式化するとかいう、エレシアの研究者か」

「本を出したらしい。帝国にはまだ入っていないが――ヴァッサンが、直接会おうとして失敗した相手だ」

 ガルデウスは、牌をツモった。不要な牌を、静かに、切る。

「興味深い理論だと思っている」

「会いたいのか」コルドが、次の牌をツモりながら言った。

「いずれ、な」

「その妹が、月華亭でヴァッサンに暴行を受けかけたという話も、入っている」コルドは、捨て牌を流し見しながら続けた。「エーテラリスの妹――かなり腕が立つ娘らしい。受付嬢をしながら、剣を腰に下げている」


 コルドが、一枚切った。

 その牌に、ガルデウスの手が動いた。

「ポン」

 ガルデウスは、コルドの捨て牌を、素早く晒した。慣れた手つきで手配を整えながら、一枚切る。


「受付嬢」ソルは、牌を切りながら、ガルデウスを横目で見た。「エーテラリスは女か?、そしてその妹といい、ずいぶんと気にしてるじゃないか。女たちにこんなに興味持って――このスケベ爺がよぅ」

「研究者と剣士の話をしている」ガルデウスは、表情を変えずに言った。「お前とは、見ているものが違う」

「同じだろ、どうせ」

 ガルデウスは、答えなかった。


「それより」アルゴスが、牌をツモりながら言った。「東のアルヴェとの小競り合いは、まだ続いているのか」

「続いています」コルドが答えた。「カルノア銀山の利権を巡って、国境付近での衝突が散発的に」

「あいつらは、まだ資源が欲しいのか」アルゴスは、呆れたような声で言った。手の中から一枚――六索を、卓に置く。「鉱物資源が豊かな国というのも、考えものだな。持っているから、奪われる」

「銀山の利権は、帝国としても手放せない案件です」ソルが言った。「こちらも引くわけには」

「わかっている」アルゴスは言った。「ソル、お前が現地の調整に当たれ。ガルデウス、兵の配置を見直せ。コルド――アルヴェの内部で、使える者を探せ」

「御意」

「承知」

「承知しました」

 三人が、それぞれ、答えた。


 その間も、アルゴスは静かに、牌をツモっていた。

 ツモった牌を一瞥し、手の内から別の一枚を卓に置く。同時に、

「リーチ」

 一同が、一瞬アルゴスを見た。

 皇帝は、ずっと鳴かずに手を育てていた。とはいっても捨て牌に並ぶのは字牌と筒子の上の方――八や九――、速そうな手では無かった。

 場が、少し緊張した。


 ソルの番が来た。

 ソルは手牌から、危険牌を抜いていく。

 ――陛下の捨て牌に、六索がある。

 ソルは、手の中の三索を見た。六索が切れているならそのスジの三索は、比較的通りやすい。麻雀の定石だった。それに、あの捨て牌からは端の牌が高くなる手には見えない。

「アルヴェの奴らめ、スジは通してもらわんと」

 ソルは、三索を切った。

「ロン、そんなものは通らん」

 アルゴスが牌を倒した。


 卓の上に、アルゴスの手が、開かれた。

 一索、二索――ペンチャンの、三索待ち。

 そして、開かれた手牌の全てに、一と九が絡んでいた。数の並びが、三つの色、揃っている。

「リーチ、一発、純チャン、三色、裏一乗って二万四千だ」

 まさかこのような高い手が育っていたとは……ソルはしてやられたという表情で、皇帝に点棒を出した。

「安全だと思った瞬間が、一番、危ない」アルゴスは、静かに言った。「麻雀も、国政も、そこは同じだ」


 ――


 軍総帥府の執務室に、コルドが入ってきたのは、夜も更けた頃だった。

 ガルデウスは、机の上に広げた書類から、顔を上げた。

「こんな時間に」

「急ぎの案件です」コルドは、いつもと変わらぬ表情で、一枚の文書を、机の上に置いた。「アルヴェの動きが、想定より速い」

 ガルデウスは、文書を手に取った。

「カルノア銀山の利権交渉を、アルヴェが一方的に打ち切った」コルドは続けた。「交渉の席ではなく、帝国の国境駐留軍に対して、直接、通告を出した形です」

「交渉の打ち切りを、軍に対して」ガルデウスは、文書を見ながら言った。「外交ではなく、軍事的な圧力として出してきた、ということか」

「そう解釈するのが、自然かと」

 ガルデウスは、文書を、机に置いた。

「背後にダルガンがいる」

「はい」コルドは言った。「ダルガン連合が、アルヴェとの共同声明を出す準備を進めているという情報が、入っています。まだ、正式な発表はありませんが――動きは確かです」


「ダルガンが表に出てくるか」

「出てくる前に、アルヴェが帝国を揺さぶっておきたい、ということでしょう。共同声明が出れば、帝国としても、簡単には動けなくなる」

 ガルデウスは、窓の外を見た。

 帝都の夜は、静かだった。だが、その静けさが、今は、別の意味を持って見えた。

「アルヴェが、ここまで動いてきた理由は」

「カルノア銀山の採掘量が、ここ数年で急増しています」コルドは言った。「帝国側の採掘が、アルヴェの想定を上回った。焦りが出てきた、ということかと」

「資源が欲しいのは、どちらも同じか」ガルデウスは言った。「ソルに伝えろ。国境付近の駐留軍の配置を、見直す必要がある」

「承知しました」


「コルド」ガルデウスは、コルドを見た。「この情報は、どこから取った」

「アルヴェの内部です」コルドは、淡々と答えた。「それ以上は、申し上げられません」

 ガルデウスは、それ以上、聞かなかった。

 コルドが、執務室を出ていった。


 ガルデウスは、再び、窓の外を見た。

 東の空は、まだ、暗かった。

 ――東か。

 エレシアは海峡を挟んで南、アルヴェは東。

 ガルデウスは、積まれた書類の中に手を伸ばした。

 ――攻めてくるのか。それとも、虚勢か。

 アルヴェの背後にダルガン連合がいる、という事実は、帝国にとって無視できない要素だった。

 ダルガン連合の騎馬部隊は屈強だ。もしダルガンが本格的に動けば、帝国の東方は一気に不安定になる。

 だが――アルヴェは、賢い国ではない。今回の動き――交渉の打ち切りを、外交ルートではなく、国境の軍に対して直接通告してくる、という手口はいかにもアルヴェらしかった。

 ――ダルガンの後ろ盾をもとに、圧力をかけてきている。

 だとすれば、これは虚勢の可能性が高い。ダルガンは、帝国との直接衝突を望んでいない。アルヴェもそれを知っている。だから、動けない。

 ただ――虚勢であったとしても、このまま放置すれば、帝国の弱腰を見せることになる。


 ガルデウスは、椅子に深く腰をかけた。

 ――東の問題は、東で片付ける。

 そう思いながら、ふと、別のことが、頭に浮かんだ。

 エーテラリス。エレシアで、魔力消費を定式化する理論を打ち立て、本を出し、師団で講義を行っている研究者――どういう人間なのか。

 そして、十七年前に帝国の侵略によち滅んでいるカリティスディア王国、その王女が生きているんだという。

 ――今すぐにでも復讐にやってきてもおかしくない、が、その割に静かすぎる。



 数刻が、過ぎた。

 執務室の扉が、勢いよく開いた。

「総帥!」

 副官が、息を切らせて入ってきた。

「何事だ」

「急報です」副官は、文書をガルデウスに差し出した。「アルヴェ軍が――カルノア銀山の麓の村、アモクアを襲撃しました!」

 ガルデウスは、文書を受け取った。

「奇襲か」

「はい。小軍勢による夜間の奇襲です。村への被害は――現時点では、詳細が把握できていませんが、駐留していた帝国の小隊が、交戦中とのことです」

 ガルデウスは、文書を読んだ。

 ――早かった。

 交渉打ち切りの通告から、これほど早く動いてくるとは。見え透いた手口だった。外交で揺さぶりをかけながら、その影で軍事的な既成事実を作る。帝国が動揺している隙に、銀山周辺の支配権を既成事実として固めようという狙いだろう。


「卑劣なり」


 ガルデウスは、静かに言った。怒鳴ることも、感情を荒げることもなかった。ただその一言に、明確な意志が込められていた。

「ソルを呼べ。それと、東方方面の軍の状況を、至急まとめよ」

「承知しました!」

 副官が、駆け出していった。

 その姿を見届けた後、ガルデウスは立ち上がった。

 夜明けは、もう近い。


 カリティスディアの王女と、エーテラリスと呼ばれる者が一緒に旅をしていたなどと、帝国の者は知る由もなかった。

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