八 埋もれた実力
リーヴィンに戻ったのは、翌々日の夕方だった。
シェリルは、その日のうちに、ベルナルトの執務室を訪ねた。
「お帰りなさい」ベルナルトは、シェリルの顔を見て、まず、そう言った。「無事で、良かったです」
「ご心配をおかけしました」
「いえ――北西の空が赤くなったのを見て、終わったのだとは思っていましたが」ベルナルトは、少し、苦笑した。「派手でしたね」
「必要な処理でした」シェリルは、椅子に座りながら言った。「ご報告したいことが、いくつかあります」
「聞かせてください」ベルナルトは姿勢を正した。
シェリルは、ノートを開き、順を追って報告した。
廃洋館の構造、二班に分かれての調査、魔獣との遭遇と自身の負傷、ソレッグという亡霊とゾンビ群との戦闘、そして決着まで。
ベルナルトは、途中で何度か、メモを取った。
「調査隊の犠牲者は、計四名を確認しました」シェリルは言った。「魔法師団と騎士団の遺体が二名、それと――首のない、騎士団の遺体が二名。いずれも、かなり前に亡くなっていると思われます」
「……そうですか」ベルナルトは、静かに言った。「回収は」
「館を焼却しましたので、現状では困難です。ただ、場所は正確に把握しています。今後の対応は、騎士団側と協議いただければ」
「わかりました」
「それと――今回の四人についても、報告しておきたいことがあります」シェリルは言った。
「アノリスは館に入って最初の攻撃――鉢植えの植物の不意打ちに冷静に対応しました。実戦経験が無ければそれだけで危なかったと思います。またゾンビの攻撃で深手を負いましたが、瘴気を受けながらも戦線を離れませんでした。トーリーさんの援護がなければ、被害はもっと大きかったと思います。冷静な判断と、確実な射撃でした」
「トーリーが、ですか」ベルナルトは、少し、意外そうな顔をした。
「小隊長候補というのは、聞いていましたが――納得しました。皆を引っ張る、というよりは皆が付いていきたいと思うような。野営の手際の良さも見事でした」シェリルはそう評した。
「そして、ラフィスです」シェリルは、少し、言葉を選んだ。「私は、その瞬間を、直接は見ていません。六号室のゾンビ群を相手にしていたので。ただ、エルナさんから話を聞きました」
「何があったのですか」
「ソレッグの肩――彼は亡霊化して、人の身長の三倍はあったと思います。それに飛び乗り、鎧の継ぎ目を狙って、二度、剣を振るった。一度目で機動力を削ぎ、解呪の隙を作り、二度目で、とどめを刺した」シェリルは言った。「あの巨躯を相手に、跳躍から着地まで、一切の無駄がなかったと、エルナさんは言っていました」
「……それは」ベルナルトは、少し、目を見開いた。
「純粋に、強いのだと思います。これは必要に応じて、騎士団にも報告が必要かと思います」シェリルは、静かに言った。「今回、その強さが遺憾なく発揮されました」
「館の性質については、これを」
シェリルは、二冊のノートを、机の上に置いた。三十六年前と、三十七年前の記録だ。
「かいつまんで言えば――ここは、暴走制御の研究に取り憑かれた、ギロッグ公爵という人物の研究所でした。ソレッグは、その研究の過程で炎の魔法を暴走させ、周辺の集落を、住人ごと焼いてしまった。六号室のゾンビ群は、その犠牲になった人々です」
ベルナルトは、しばらく、黙った。
「館から聞こえていた声は、そのゾンビ群の呻きと、悔い続けるソレッグの声が、重なったもの。二桁では収まらない数でしたから、市街地まで届いたことも、説明がつきます」
「……そうか」ベルナルトは、額に手を当てた。「では、あれは――三十年以上、そこに」
「ソレッグが消えると同時に、ゾンビ群も動きを止めました。施錠されていた部屋が開いたのも、彼が鍵を握っていたからでしょう」
シェリルは淡々と言った。
ベルナルトは続けた。
「焼却したのは」
「二つ理由があります。焼かれた住人たちへの供養と――もう一つは、実際的な話です。館には、魔法実験の残滓が壁や床に染み込んでいました。放置すれば、また何かが生まれる。そう判断しました」
「納得しました」ベルナルトは、頷いた。「報告書には、焼却処理済みと記載します」
シェリルは、ノートのページを、もう一度、めくった。
「次に、カデア樹海についてです」
「カデア樹海?」ベルナルトが、眉を上げた。
「三十六年前の記録に、カデア樹海での実験の記述がありました」シェリルは、該当箇所を、ベルナルトに見せた。「魔獣召喚物質が、予定量を大幅に超えて放出されています。これが、カデア樹海が現在の状態になった原因と思われます」
「……それは、つまり」
「事故ではありません」シェリルは、言った。「三十七年前の記録に、ギロッグ公爵が用意していた物質の量が、生態観察の規模に対して、尋常ではなかった、という記述があります。初めから、大規模な散布を意図していた可能性が高い」
ベルナルトは、しばらく、二つのノートを、交互に見ていた。
「意図的に――カデア樹海を、あの状態にした」
「断定はできませんが、状況的にはその可能性が高い」シェリルは言った。「このノートを王宮に報告する必要があるかどうかは、ベルナルトさんの判断に委ねます。ただ、記録として残しておく価値はあると思います」
「……これは、扱いに注意が必要な話ですね」ベルナルトは、ゆっくりと言った。「ギロッグ公爵は、貴族ですか」
「ノートには、公爵と書かれていました。エレシアの貴族かどうかは不明です。研究所の場所からすると、エレシア北西部に何らかの関係がある可能性はあります。また北はもう少しで海です。ウルメシアも南に張り出している。立地として不可解なところもあります故、何とも言えないところです」
「調べてみます」ベルナルトは、メモに書き留めた。「ありがとうございます。これは、重要な情報です」
「最後に――」シェリルは、一度、間を置いた。「今回の調査に同行したエルナ・シルヴィスさんについて」
「エルナさん?」
「公式では中級クラス五ですね」シェリルは言った。「ですが、実際の術式の構成と展開を見た限り、クラス五の実力ではありません」
「……どの程度だと、見ていますか」
「中級クラス八相当はあります、おそらく上級試験も考えていると思います。感覚の話になりますが――私の術式感知は、それなりに精度があります」
ベルナルトは、少し、驚いた表情をした。「そんなに」
「複数の術式を同時に展開しながら、干渉させていない。防御術式と解呪術式を、並行して維持できている。今回の戦闘で、それを何度か確認しました」シェリルは続けた。「それだけの術者が、クラス五のまま、回復部隊に埋もれている」
「等級評価が追いついていない、ということですか」
「そうです。ただ――それ以上に、気になったことがあります」シェリルは、ベルナルトを見た。「エルナさんが回復部隊で前線を張れる唯一の術者、というのは事実ですか」
「……そのように、聞いています」
「だとすれば師団全体として、回復術者の前線運用を軽視しすぎていると思います」シェリルは、言葉をはっきりと区切った。「攻撃術者の等級評価は、威力と速度という形で、数値に表れやすい。ですが回復術者の実力はそういう形では表れない。だから、見過ごされている」
「……おっしゃる通りだと思います」
「今書いている魔法算術の中級編で、術式の設計と効率の話をしようとしています」シェリルは続けた。「その中で、回復術者の運用についても、触れることができます。ただ、等級評価の基準そのものについては――師団側で、何らかの対応を検討していただけないでしょうか」
ベルナルトは、しばらく、考えていた。
「率直な意見ありがとうございます。シェリルさんのエルナについての評価、検討に値すると思います。回復術者全体の評価基準については――正直、これまで、あまり議論されてこなかった分野なので、時間がかかるかもしれませんが」
「急ぎではありません。ただ、今のままでは、エルナさんのような術者が、また、見過ごされる可能性がある。それだけは、伝えておきたかった」
そこまで言ってシェリルは、ノートを閉じた。
「以上が、今回の報告です」
「ありがとうございます」ベルナルトは、机の上に積まれた資料を見ながら言った。「館から持ち帰ったノートは、預かっていいですか」
「どうぞ。ただ、カデア樹海の件については、慎重に扱ってください」
「もちろんです」
シェリルは、立ち上がった。
「それと――」ベルナルトが、シェリルを呼び止めた。「傷は大丈夫ですか。首から胸にかけて、負傷されたと聞きましたが」
「エルナさんに治療していただきました。問題ありません」
「そうですか」ベルナルトは、少し、安堵したような顔をした。「……本当に、無事で良かったです」
「事実、無事ですので」
「……一つ、申し上げておきたいことがあります」
シェリルは、扉に手をかけたまま、振り返った。
「何でしょう」
「エルナさんの件も、カデア樹海の件も――私は、王宮にも師団にも所属していない身です」シェリルは言った。「出過ぎた話をしました。失礼しました」
ベルナルトは、少しの間、シェリルを見ていた。
それから、首を振った。
「いいえ」ベルナルトは言った。「あなたが言ってくださらなければ、私は気づかないままでした。エルナさんのことも、カデア樹海のことも」
「それでも、立場としては部外者なので」
「シェリルさん」ベルナルトは、穏やかに遮った。「あなたが王宮に所属していないことは、知っています。ただ――今日、あなたが話してくださったことは、どれも、師団が本来、把握しておくべきことでした。立場の話より、中身の話をしてくださったことに、感謝しています」
シェリルは、少し黙った。
「……ありがとうございます」
「こちらこそ」ベルナルトは言った。「また、何かあれば、遠慮なく」
シェリルは、小さく頷いて、扉を閉めた。




