第三話
(聖獣を召喚した伯爵様の子なら、そら『普通』に憧れるか)
聖獣とは。過去に何人、何百の人達が聖獣を召喚しようとしたが誰一人として召喚することが出来ず、伝説上の生物として現在まで語り継がれている存在。そんな伝説上の聖獣を召喚したのがディナルド家。一般人であった彼らは聖獣を召喚したことで一夜にして伯爵となった。そのことを情報として知っていたアンリーナは彼が——アルノエルが伯爵でありつつも普通に憧れる理由を悟った。先祖が普通の「一般人」だったという話を聞いていれば一度や二度憧れてもおかしくはない。——しかし。
(俺にはワカンネェな。その感性)
アンリーナには彼が望んでいるであろう普通が分からない。全てアンリーナが「こうなのでは?」と思っただけの考察であり彼自身の口から語られたことではないのだ。
凡人や奴隷とされる無価値な者が価値ある者である貴族と話すことはこの世界では危険でしかない。一回でも機嫌を損ねてしまえばたったそれだけで処刑される。そんな危険を分かっていて貴族と対等と話す人間は馬鹿か無知な者しかいない。だがアンリーナは『召喚儀式が始まるまでは皆対等な人間となる』という規定を利用しここぞとばかりにアルノエルに話しかける。
(使えるものは使わねェとなァ。ディナルド家なんて最高の駒だ)
心の中でほくそ笑むアンリーナはアルノエルに信用して貰おうと積極的に話題を投げ続ける。それにアルノエルは嫌がる様子を見せずそれはもう楽しそうな嬉しそうな表情で答えていく。対等に接されることが嬉しいようだ。
「リーナは沢山のことを知っているね、どうしてそんなに沢山のことを知っているんだい?」
「そうかしら? でも私もそんなに沢山知っているわけじゃないわ。ただ本で読んだ内容をこうして話しているだけだもの」
「そうなんだ。君は読書家なんだね」
「ふふっ。そうね」
(別に読書家じゃねェ。前世からの癖なんだよ、知っている……情報はあるとないとじゃ全く違うからな。…………それにしても)
会話を続けながらアンリーナは周囲に意識を向けた。先程からずっと感じていた何人もの視線。アルノエルが名を口にしてから感じ始めた視線の嵐。アンリーナは自身が思っていた以上にディナルド家が有名であることに気づいてしまう。注目の的となっている本人が気づいているかはアンリーナは分からない。気づいていないかもしれないし、気づいていながら気づかない振りをしている可能性もある。アンリーナはアルノエルが視線に気づいていなけばいいと思った。気づかれてしまえば駒に出来なくなってしまうかもしれない。それどころかこの短時間で得た信用が全て水の泡になってしまうかもしれない。——アンリーナからすればそれは面倒以上の何物でもない。
(うざってェな。じろじろじろじろ見やがって。根性なし共が。ま、分かるけどな。処刑されるリスクを背負ってまで話しかけに行くなんざ正気の行いじゃねェからな。――――しかしまぁ。こいつ本当今まで利用されずに済んだな??? 多分ってか確実に純粋な野郎だよな?? 面剥がれてからすっげェ返事がふわふわしてんだけど? お前一応ディナルド家のモンだろ? 俺が言うのもなんだが、そんな性格で大丈夫なのかよ?)
口に出すことなく周囲の人間とアルノエルに対して思っていることをアンリーナは脳内で垂れ流す。
初対面時に感じた気を貼って真面目な雰囲気を醸し出していたのが、たった数分は会話しただけでほんわかとした雰囲気へと切り替わった。それは表情からも見て分かる通りに、きりっとした表情から優しげな、誰もが心奪われてしまうとろけるような笑顔。その笑顔は前世が男であったアンリーナでさえドキリとさせられてしまう程。
アルノエルの整っている顔立ちから醸し出されるとろけるような笑顔に素直な反応。「利用されていない方がおかしい」と思い込まされる。
(……こんな顔、あいつはしなかったな。ははっ……やべェな……こいつの笑顔見てると心が、乱れる。勘違いしてしまう。前世で男だったから勘違いはしねェけど、女だったら……あーー考えただけで怖ェェ〜〜)
胸の鼓動を感じながらアンリーナは恐怖した。きっと前世も女であったならば自分は今アルノエルに惚れてしまっていた。「アルノエルは自分のことが好きだからそんな表情をするのだ」と思わされていた。――そんな想像をしてしまったからこそアンリーナは恐怖した。人殺しが日常、人を裏切るのが日常だった自分が誰かに恋をする。それは隙になってしまう。
(恋なんて敵に弱点を見せてるようなもんだ)
「リーナ?」
「ッ!?」
前世での過酷な人生を思い出し恐怖してしまっていたアンリーナは気づかなかった。自分の顔色が悪くなっていることに、アルノエルがそのことに気づいたことに。
アンリーナの肩を優しく掴み心配そうな表情でアルノエルは声をかけた。直前まで思考を前世に向けていたアンリーナはアルノエルの声かけに吃驚してしまい肩がビクッと上がった。
「ぇ、何?」
「顔色が悪いけど大丈夫かい? どこか痛い所か苦しい所がある?」
「えっ、あー……ないわ。ごめんなさい、気にしないで? 少し考えごとをしていて……嫌なことを思い出しただけなの」
「そう、なのか――――」
「全員揃っているな!! これより開会式を始める!!」
(うるさ)
嘘と事実を混ぜ混んだ発言をするアンリーナに対し、アルノエルは何か思うことがあるのか、納得出来てないのか心配そうな表情を変えることなく深く問い詰めようとして、会場内に大声が響き渡り口を閉じた。
視線を大声の方へと向けるとそこには高台に乗った男性が魔法陣に向かって言葉を発していた。どうやら魔法陣から声が会場全体に響き渡るようにしているようだ。
(反響魔法か……アァやっぱりアレも俺のとこと似た仕組みになってんな。覚えなくてもいいな)
魔法陣を見てアンリーナはつまらなさそうに目を閉じた。
前世で嫌というほど叩き込まされた様々な魔法。いつ使うのか分からない魔法も教えこまされ、いつ使うんだ? と思いつつ前世で生を終えたが、今になって様々な魔法を覚えた利点がこの世界で芽が開くとは、産まれた当初のアンリーナは思いもつかなかった。
前世で覚えた魔法と今世での魔法はよく似ている。そのことに気づいたのは家族が魔法を使っていたのを目撃した日からだった。洗濯物を乾かす、暖房や冷房、掃除等で使っていた魔法。基礎の応用であることは前世で魔法を学んだアンリーナからすれば簡単に分かってしまう。そこに加え家族が使っていた魔法を一目見ただけでアンリーナは何の応用で、何をすれば日常で使える魔法になるのかという魔法の仕組みを理解してしまった。
一目見ただけで魔法の仕組みを理解してしまう。そんなのはどう考えてもおかしいとアンリーナが思ったと同時にもしや……? とあることが脳裏によぎった
女神に提示された二つのうちの片方にあった転生特典。その転生特典のおかげで自分は魔法を一目見ただけで仕組みを理解できてしまうのでは? と思った。
アンリーナの予想は見事に当たった。――誰かが魔法を使いアンリーナが見てしまえばすぐにその魔法の仕組み、どうやれば自分でも扱えるのか分かってしまったのだ。
男性が使った魔法を解析し終わったアンリーナは目を閉じた状態で「あとで忘れない為にメモでも取るか」と思った。
「この後12時から行われる召喚儀式、そこで貴様らの運命は確定する。『私は貴族だ、貴様らのような凡人じゃない』なんてことが言えるのはここまでだ。この世で大事なのは貴様自身の価値。いくら親が貴族だろうが貴様が無価値であれば貴様はゴミだ」
(辛辣〜〜。そーいえば、これ見方を変えれば下剋上か。ここで強い召喚獣を出せれば一躍人気者、貴族となる。逆に弱い召喚獣を出せば貴族だろうがそれは奴隷となりえる……ふーん……意外と考えてんだなァ)
前方で声高く語る男性の言葉を耳にしながらアンリーナは感嘆の息を吐いた。――その隣で先程のアンリーナの返答に不満そうな顔をして視線を向けるアルノエルに全く気づいていないふりをして。




