Issue#01 I I I Don't Want to Set the World on Fire CHAPTER 01 08
寺の本堂の外観は、どう贔屓目に見たところで清潔とは言いがたい。目に映るかぎり、建材の奥深くにまで沁み込んでしまった経年の痕跡――染み、カビ、灼け、ささくれ、剥がれ――は、今さら取り繕える類のものではない。見る者の胸に、「古び」という言葉の本義をしみじみと思い出させるだけだ。
だが一転して、前庭の景色はどうだろうか。これは、掛け値なしに壮観だ。
山門から本堂へと至る長い石畳の参道には、1000年の古味が惜しみなく降り積もり、
全体をしめやかに包んでいる。それは、いわば無機質の発酵であり、参道の両脇を守護するのは、均整の取れた背高の石灯籠群、敷き詰められた砂利の上に描かれた山波模様は、
呼び出しの直前まで、はちるが丁寧に手がけていたものだ。
寺の左手には幾峰も姿を連ねた杉山があり、右手には広葉樹の木立が借景となって、石の空間に一定の柔らかさを注ぐ。
その理路整然たる構図は、禅の祖師・達磨が得た冷徹な悟性を、できる限り忠実なかたちで地上へと写し取ったかのようでもあり、未修の者にさえ、極東的禅定世界のあらましを直観的に伝える力がある。
もしこの作庭が、そうした世界観の顕現を意図してなされたものであるならば、そのこころみは、
ものの見事に果たされていると言っていいだろう。
大山林の一角を間借りして建てられたこの古刹において、前庭とはまさに、そういった風趣の極まる場所だ。
みすぼらしいがゆえに、色使いや構えに気取ったところがなく、ある意味では地に足のついた素朴な雰囲気があるお堂の前――その場には今、白走市中の地域猫たちが一堂に会し、さながら初詣の賑わいをみせていた。
*
やたらと丈が低い群衆の中にあって、吉濱家の人々の姿はひときわ目を引く。
猫たちの間を縫うように立ち、ある者は伸びを、ある者は屈伸を、それぞれ気ままに準備体操などして、
代わり映えのしないこの画面に、ささやかながらも華やぎを添えていた。
い草円座の緻密な編み目を想わせて住所不定のネコたちは円形に並んでいる。その中心点がどこに置かれているかを見ればわかるように、彼らの目当ては基本、はちるであり、ネコたちが、ジャンプしながら投げかけてくる鳴き声のひとつひとつに、しゃがんでいる獣人の少女はいちいち親身になってうなずいてやっている。
このはちるは、活動性が非常にたかい黒の革服になっている。ブラジャーとホットパンツを素地として、肩のプロテクターとか、パンク風のベルトが数ヶ所をきつく締めあげる拘束衣めいた袖とか、長くて厚手の腰みのとか、素地として挙げた2品以外のあらゆる意匠が右側にだけ存在する、ノムリッシュなヒロイックさに満ちあふれた服だ。
さなは、かつてのジャージ姿を脱ぎ捨て、まるで異なる装いになっていた。頭上には、うさ耳をあしらったフードが優雅に立ち上がり、首元からはそのフードと一体となった道袍を着る。
それはあきらかに特注のデザインで、きめ細やかな生地の長い前垂れは2股に分かれ、まるで水辺に漂うクラゲのような、柔らかな印象を全体に与えている。
金糸でされた細部の縫い取りもまたみずみずしく、しなやかなスパッツやオーバーニーソックスは、しっかりと彼女の足の根を支え、動きやすさとともにその妖しさを深めている。
「『クライマーやオールラウンダーは作られるもの、スプリンターは生まれてくるもの』というロードレースの格言を知っておるか?わしは神頼みで強くなったわけではない、努力したのよ。
ゆえに当オールラウンダー流魔術の門下生たるお前たちにもわしは日々の努力を求める」
まったく稽古前におこなわれる訓示の調子で全員の前を右に左に彷徨しながら、
そういったことをつらつらと尊が口にしていると、
「それ前も聞いた」
姉妹随一の不心得者、アシュリーが口を開く。
「年寄りのする話というのはな、何度でもありがく聞くもんじゃ」
「違う、そんな昔の話じゃなくて昨日だ。昨日聞いた」
「……嘘じゃろ!?」
たちまち茫然自失する尊に炎髪灼眼の少女はせせら笑いの一瞥を加え、向かってくる風さえそのまま着こなすかのような洒脱な歩みで前に出る。
*
テストの1番手を買って出た彼女は、洋物ビール缶の柄がボディコンドレスのよう全体にプリントされた
スカジャンを制服の上に羽織っている。
おせちとおなじくアシュリーも、召集の前後で服装には何も変わりがないということだ。
つまり、彼女が言う「着替え」とは、52枚すべてが並べられたトランプの札が端からめくり返されていくかのように、肉体をまったく別の形態へと原子単位で変容させていくことにほかならない。
実年齢マイナス10歳の饅頭顔、四六時中への字に結ばれたえらく小ぶりの口、 取り返しのつかないほど長く、無造作に乱れた赤髪、ツンケンしたひし形の眉――つまり、総髪・無精ひげの野武士と無垢な幼児の断片を集めてひとりの人間としたこの小娘は、ポケットに手を突っ込んだまま母からの合図を待つ。
世に不満抱くところ多いゴロツキのようなその目は、どんなキャンバスよりもずっと広いはずなのに、ただ褪せた青の1色ばかりでぞんざいに塗りつぶされる空のことを一途に見つめ続けている。
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本家:ページ中にキャラのコンセプトアートなどあり
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