issue#04 I I I Tales from Topographic Oceans CHAPTER 05 51
部屋を満たす空気が、少し重たくなったのを感じた。
おせちは、脳内で沸騰する損得勘定を冷却するために、視線をモニターへと逃がす。
そこには、オーシャンマンの姿と、その上空を巡るクワウバン艦隊の灯火が、静謐で、満ち足りた絵図を描いていた。
(……メリットは、計り知れない)
星間戦力による庇護、銀河規模の情報網へのアクセス権。
そして何より、技術の共有だ。 現状の地球科学では夢物語でしかないFTL(超光速)通信、ワープドライブ、完全なゲノム編集、縮退炉や反物質技術……。
地球単独で開発すれば数世紀を要するであろう文明の跳躍が、たった数年の内にもたらされる可能性がある。
(ただ、その見返りに“地球国家を作れ”って話でもある)
その意味は重い。 どこかひとつの勢力が「条約の後ろ盾」を得て代表を名乗れば、
必ず別の勢力が牙を剥く。外宇宙からの圧倒的なテクノロジーと権威を背景に、
「正統な惑星政府」を自称する独裁者が生まれるリスクさえあるのだ。
翻訳機が、淡々とした調子で次の言葉を重ねる。
「もちろん、これは我々の側からの“希望”にすぎません。参加を強制する意図はない。
ただ、今後地球で何かが起きたとき――条約の外にいる場合と、内にいる場合では、どうしても扱いに差が出てしまうのです。先の、ゴチェヌコイの問題のように――」
脅しではない。ただの客観的事実としての告知だ。だからこそおせちには、
その言葉が無視できぬものとして響いた。
「……正直に言えば」
彼女は居住まいを正し、卓に両手を置いた。
「地球の政治は、今でさえ手一杯です。そこに“星間条約機構”なんて爆弾を放り込んだら、それだけで何10年分の混乱が上乗せされてしまうと思います」
総督は、否定も肯定もしなかった。ただ、剥き出しの眼球でおせちを見つめ、
言葉を待つ姿勢を崩さない。
「でも、無関心でいるには、もう遅すぎる気もする」
おせちは、両手の指を組み合わせ、言葉を探るように目線を落とす。
「今回みたいなことが、また別の星で、別の形で起きるかもしれない。
この宇宙に厳然として存在する、とてつもない脅威や可能性の事を黙っておくのは――ちょっと違う気がするんです」




