issue#04 I I I Tales from Topographic Oceans CHAPTER 01 24
破壊の痕が色濃く残る山頂から、漆黒の影が音もなく滑り降りた。
古びた杖を槍のごとく低く構え、風圧に翻るケープを荒々しくはためかせながら、
シャカゾンビは身を低く屈め、地表すれすれを一直線に滑空する。大地を蹴ることなく、
ただ慣性のみで加速し、その切っ先をスヌープキャットの心臓めがけて突き出した。
だが――その到達を、スヌープキャットの獣の勘が先んじた。
「にゃあッ!」
思考より先に、獣の勘が彼女を動かした。肉球が大地を爆砕した瞬間、白銀の光を纏った身体が、まさしく弾丸と化して射出される。山腹を震わせる轟音を置き去りに、白と黒の影が空中で激突した。
刹那、迎撃に転じたシャカゾンビは、
「はッッッ!!」
咆哮とともに杖を水車のごとく回転させ、流麗な槍術でその猛進を寸分違わず受け流す。
はたして、毛皮の拳は柄を滑ったが、それでも、予測を超えた衝撃が全身を貫いた。
圧を吸い込むようにして後方へ跳躍したシャカゾンビは、片足を軸に滑らかに旋回。
地を撫でたもう一方の足が砂塵を円弧に巻き上げる。旋回の終端、溜め込んだ遠心力を乗せ、
杖を横一文字に振り抜いた。
――かまいたち。
杖の軌跡に呼応し、大気が大きくうねる。その圧力差が、空間ごと切り裂く無数の白い極反りの刃と化し、スヌープキャットへと殺到した。
「……にゃうゥッッ!」
しかし、彼女はひるまなかった。射程距離の限り、何m厚の鋼鉄塊がそこに置かれていようと関係なく断つはずの刃は、彼女の毛皮、その1枚に対してはただ表面をなぞるに留まってしまう。
裂ぱくの気合とともに、彼女は純白の風圧を突き抜け、狩人の執念そのままに、
さらなる加速を決め込む。そして、投げつけるように突き出した爪が、術の起点たる杖へと、
残酷なほど徹底的に叩きつけられた。
――ガァァアンッ!!!!
金属の悲鳴が響き渡る。衝撃がシャカゾンビの胸郭を圧迫し、一瞬、呼吸が止まった。
それでも均衡は崩れない。彼は反射的に体勢を立て直し、
「ぬおぉっ!!」
迫る白銀の連撃を正面からはたき落とす。拳と杖が衝突するたび、力の軸が大地へと沈み込み、
魔術師の背後で岩盤が爆ぜ、土煙が渦を巻いた。
肉球の拳に弾かれた杖の勢いを反転させ、
「はぁッッ!!」
電光石火の一撃、シャカゾンビは石突きでスヌープキャットの側頭を打ち抜く。
こめかみを直撃した鋭い衝撃は、彼女の毛先を逆立せた。見事までのクリーンヒット。
スヌープキャットの口からは、「にゅっ!?」と、獣の呻きが漏れた。
一瞬、体勢が崩れる。
その隙を逃さず、シャカゾンビは杖をバトントワリングのように回転させ、構え直す。
反撃の好機を見逃さぬ彼は、杖の石突きを――まるで大地そのものに差し込む鍵であるかのように――深く突き立てた。
「――目覚めろ、大地の力よ!」
シャカゾンビの号令に呼応し、山肌が凄まじい音を立てて裂けた。地表に無数の亀裂が走り、
その裂け目から、紅蓮の光が脈打つように漏れ出す。隆起するにつれ、おぞましい変貌を遂げていく地層はもはや土や岩とは言いがたい。それは、意思を持った無数の巨腕だった。
1本1本が数両を連結した列車を凌駕するほどの質量を持ち、粗削りの岩肌には紅の光脈が走っている。
それらが競り合うようにして天を衝き、指先を鉤爪の形に歪ませ、山頂はうごめく巨腕の谷へと変貌した。
悪意に満ちた石質の森の中。取り残されたスヌープキャットは、千手観音の腹に乗った人形のごとき在り様だ。
(……肩から先は生えないんだ?)
身体は獣の勘で警戒を続けている。だが、思考の片隅で敵の造形に対し呑気な批評を加えた、
まさに次の瞬間、彼女の視界は岩の闇に閉ざされた。さきがけとなった巨腕が、音をも超える速度で
彼女の輪郭を完全に飲み込んだのだ。
拳が叩きつけられ、手刀が打ち込まれ、平手にされた掌がその肉体を執拗に押し潰す。
ひとつひとつの衝撃が、あたりを揺るがす轟音と、骨の芯まで到達する、
鈍い振動を絶え間なく生み出し続ける。岩と岩がぶつかり合う凄まじい砂煙と破砕音の
渦の中、もはや人間ひとりの姿がどうなったかなど、誰にも窺い知ることはできなかった。
だが、ある瞬間、その攻勢は嘘だったと告げる静寂がふと訪れる。
あれほど狂おしく猛威を振るった巨腕のすべてが、ぴたり、と。何の前触れもなく、
その動きを完全に止めたのだ。




