【やり直し軍師SS-596】遠乗り(3)
先行するフレイン様は、予定のルートから大きく外れた方向へと進む。
しばらくして見えてきたのは、平野にポンと現れた小山。周囲に人影はない。よく見れば、山の上の方に建物が見えた。砦のようだ。
そこでようやく、フレイン様が愛馬の速度を緩める。
「ここからは少し道が悪い。ゆっくり進もう」
振り向いたフレイン様に、
「……あの、こちらは砦なのですか?」
と聞けば、フレイン様は軽く頷く。
「といっても、ほぼ使われていない。守りやすい地形ゆえに、遠い昔に無計画に砦を作ったらしい。近隣に重要な施設もなければ、街や村もない。使い勝手が悪く、かといって取り壊す程でもない。妙な輩が利用しないように、わずかばかりの兵が入っているだけの場所だな」
「はあ、そうなのですか」
軍のことは正直よくわからない。それより、どうしてこんな場所に来たのだろうか。
「……昔はここの管理も、第10騎士団の役割だった」
「そうなのですね」
「第一騎士団に無理やり押し付けられてな。とはいえ、重要でない場所に人手は割けなかったから、この場所に詰めるのは新人の持ち回りと決まっていた」
「では、フレイン様も?」
「ああ。新入りの頃は、この砦でよく夜を明かしたものだ。寝具が古くてカビ臭いのに閉口した。みんなそれを嫌がって、持ち込んだ毛布で床で寝ていた」
そう言って懐かしそうに砦を見つめるフレイン様。フレイン様にもそんな時代があったのだなぁと思いながら、私はその横顔を見る。
「あ、もちろん今は、ちゃんとした寝具が設置されているがな」
「そ、そうなのですか?」
もしかして、本日はここに一泊するのだろうか?
「さ、それよりもこっちだ」
フレイン様は砦には向かわずに、麓の雑木林に伸びる細道へ。確かにここは慎重に進んだ方がよさそうだ。
先をゆくフレイン様は、飛び出した小枝を手折り、道を作ってくれる。そうして進んだ先には……。
「うわあ!」
私が思わず歓声を上げると、野生動物か何かが、ガサガサと慌てて逃げる音が聞こえた。でも今はそれどころではない。
眼前に広がるのは滝と泉だ。
砦のあった場所の裏手が断崖になっており、その中腹から滝が流れていた。水量は多くないけれど、滝が作った泉と相まって、いい感じの風景を生み出している。
「素敵なところですね!」
「この滝は、雨が多く降った後しか現れない。さながら幻の滝だな。ゆえにこの場所を知っているのは、俺やリュゼルなど限られた人間だけだ」
「幻の滝……」
「滝ができた時は、ここで水音を聞きながら過ごすのが好きだった。今もたまに思い出しては、こうしてやってくる」
「そんな秘密の場所を教えてくれたのですね」
「ああ、トゥリアナには見て欲しいと思った」
「嬉しいです!」
私たちは一度馬を降りて、泉のほとりで小休止。私が持ってきた焼き菓子を広げる横で、フレイン様が湯を沸かしてお茶を淹れてくれる。
「これはうまいな。どこの店のものだ?」
焼き菓子を摘んだフレイン様が、少し驚いた声を上げた。確かに軽い歯触りと優しい甘さがとても美味しい。
「ルファ様のおすすめです。なんでも、リヴォーテ様のお墨付きだとか」
リヴォーテ様とは、ルファ様との会話の中でたまに出てくるお人だ。面識はないけれど、どうも食べ物に関して精通しておられるらしい。
「ああ、リヴォーテの。それは納得だな」
そう口にしてから、焼き菓子をもう一つ手にしたフレイン様は、その手をふと止めて、私を見つめてくる。
「あの、どうされましたか?」
このように真っ直ぐに見つめられると、どうにも照れる。ここまでの道中で髪の毛が乱れていないか、私は慌てて手櫛で整えた。
「その……なんだ、一つ相談があるのだが……」
妙に改まったフレイン様。一体どうしたというのだろう。その態度に感化され、私も居住まいを正すと、
「そろそろ俺のことは、フレインと呼んではくれないか? 様、はどうにも他人行儀な気がして、な。……恋人なのだから」
そう言って、頬を掻いたフレイン様。私は全然違和感なく呼んでいたけれど、確かに言われてみれば、そう感じられるのかも知れない。
恋人なのだから。
その通りだ。そして、改めて言われると、むしろ呼び捨てにしづらい気すらする。
けど、フレイン様がそう呼んで欲しいなら。
「分かりました……その……フレ、イン」
なんだろう。少しだけ気恥ずかしい。
「できれば敬語もやめて欲しいのだがな」
「すみません、それは無理です! ……その、しばらくは……」
貴族社会の言葉遣いなども教わっている最中だし、もしも今後、大切な場でフレイン様に恥をかかせるわけにもいかないから。
でもいつか。
「そうだな。そのあたりは徐々に、だな」
そう言って笑ったフレイン様は、私の口にそっと焼き菓子を押し込んだ。




