【やり直し軍師SS-584】遠路訓練(14)
集落に響いた間抜けな音。
一瞬の沈黙の後、ゼクシア達から目を離すことなく、「何事だ!」とログガットが問う。
しかしそれに応えられる者はいない。どころか、ゼクシア達もやや当惑している雰囲気が感じ取れた。
ゼクシア達の仕掛けたものではないとすれば……即座に浮かぶ小娘の顔。
―――あいつか!―――
しかし余計なことをしてくれた。最悪、人質の場所が相手に伝わる。
まて、焦るな。流石に今の音程度で、建物の特定は無理か。いや違う、あの頭の回る娘が音を出したのだ、なんの見込みもなく行動すまい。
くそっ。これ以上迷っている暇はないな。
ログガットは腹を決め、6名のうちの一人を指差す。先ほど、別の二人がその身を守るような動きを僅かに見せた人物に。
ログガットの合図で、部下が動いた。
森の中に潜んでいた弓兵が立ち上がり、その矢を目標に向けたその瞬間!
「セルジュ! 伏せろ!」
鋭い声を上げたのは、狙った人物とは別。声と同時に、目標は仲間の手によって無理やり馬から突き落とされる!
直後、空を切る矢。
しくじったか! あれはハズレだ!
ログガットは歯軋りをして、すぐに気持ちを切り替えた。判断を間違えたのなら、この戦場はここまで。速やかに撤退。次の機会に備えるのみ。
ここで“あと少し”に拘泥する者は生き残れない。
「撤収する!」
ログガットの命令に対して、反応は両極端。命令を速やかに理解し、逃げ出す者と、目の前の餌を諦めきれずに剣を抜く者。
ログガットは後者を躊躇なく見捨て、走り出す。
「待て! 逃げるな!」
先ほど伏せろと命じた声がログガットの背中を追う。なるほど、あれがゼクシアだな。その声、間違いなく覚えた。
次があるかはわからない。が、どこかでまたゼクシアを狙う機会が訪れるような予感がする。
根拠なき確信が腹から湧き上がるのを覚えながら、ログガットは全力でその声を振り払った。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
ロピアの吹いた横笛の音が鳴り止むよりも早く、
「なんの音だ! 何をしている!」
との怒号が扉越しに響く。その剣幕にロピア以外の三人が肩を窄めて小さく悲鳴を上げた。
「……大丈夫。落ち着いて、さっき伝えた通りに」
横笛を口から離したロピアは、三人を落ち着かせながら率先して扉の前に立つ。
目と鼻の先から、かんぬきを動かす音が聞こえ、ゆっくり扉が開き始めた。
―――落ち着け、私。落ち着け―――
ロピアとてこんな経験は初めてだ。他の人よりも多少、異質な人たちと交流があり、少しだけ普通じゃない知識があるだけなのだから。
知っていると実行するのは違う。頭では理解していたはずだけど、実際にそうなってみると、緊張感が桁違い。
でも大丈夫。少しだけ、少しだけ時間を稼げば、きっと助けが来てくれる。
ネルフィアさんはゼクシアの方に行くだろうから、サザビーさんが私達を探して奔走してくれているはずだ。
ぎい、と軋んだ音を鳴らしながら、扉が完全に開く。
ロピアはあえてそのまま、見張りの行手を遮るように仁王立ち。
入ってすぐの足元にはピンと張った糸がある。これに足を引っ掛ければ、上から椅子が落ちてくる仕掛け。
「何をした!」
完全に開いた扉の先から、こちらを睨むようにする見張り。少なくとも視界にいるのは一人だけだ。こいつさえなんとかできれば。
「何もしてないけど?」
軽く肩をすくめる仕草を見せるロピアに、苛立ちを隠さない見張り。
「嘘をつくな! ……まさかお前ら、俺たちが手を出せないとでも思っているのか? 別に、一人二人殺してもいいんだぜ?」
ロピアの背後からまた小さな悲鳴が上がる。
「……だから何もしてないってば。怪しいと思うなら、自分で調べてみればいいじゃない」
ひかないロピアに舌打ちをした見張りが、ようやく部屋の中に足を踏み出した。
きた! あともう半歩!
そしてついに、見張りが糸を踏む。
だが。
仕掛けた椅子は落ちてこない。うまく作動しなかったのだ。
ロピアの視線に気づいたのか、見張りが怪訝な顔で天井を見上げ、仕掛けに気づくと「ほお、強気の理由はこれか。浅知恵だな」と、その拳で椅子を叩きおとす。
大きな音が鳴り、背後から今度は大きな悲鳴。
「それで? 次は何かな?」
余裕を見せる見張りに、ロピアは小さく唇を噛んで、武器として用意していた椅子の足をギュッと握った。




