第四十九話 大地を引き裂くもの
突然、大きな揺れとともに壁や床はひびが割れ、裂けたーー剣を止め、崩れた壁から外に目を向けたユシアは、恐ろしい光景を目の当たりにしていた。
王都の地面は盛り上がり、地割れが発生し、建物は崩れ落ちたーー混乱に陥った人々は逃げ惑い、顔は恐怖で引きつっている。
また、逃げ遅れた者たちは、深く暗い大地の奥底へと引きずりこまれてしまった。
「ど、どうなっているんだ......この地響きはいったいーー」
ユシアはその場に立っているのがやっとの状態で、シヴァンと剣を交える余裕はなくなっていた。
謁見の魔の床は徐々に崩れていき、足場もなくなってきた。
地響きは止む様子はなく、むしろ先程よりも大きくなっていった。
「ユシア、おしかったな。もう少しでアルフィノの仇を取れたのになーーそれにしても、こんなに早くくるとはな」
シヴァンが含みを持たせる言い方をした。
「シヴァン、この惨状はお前の仕業か! なにをした!」
「説明するよりも、自分の目で確かめたほうが早いと思うぞ」
シヴァンが街の方向を指差すと、地面の盛り上がりはより大きくなり、それによって建物は雪崩のような状態になった。
大地が裂け、その中からは火柱が噴き出し、それはやがて溶岩に変わり、都市を襲った。
裂けた大地の底から突如、溶岩に覆われた爬虫類の巨大な頭部が顔を出したーー次に、鋭く湾曲した爪を持った手足が地上に出てくると、この地響きの正体が判明した。
それは、全身が固い赤い鱗で覆われており、その上からは溶岩と炎を纏っていたーー長い胴体と、尾を持つ巨大な蜥蜴が姿を現した。
「なんて大きさだ......あれは、まさかーー」
「そのとおりだ、ユシア。お前が思っているとおり、あれこそがグレイモール王国の神獣ーーサラマンダーだ」
シヴァンの言葉に全員が息を飲んだーー誰もが言葉を失っていた。
「あれはなんだ?」
ユシアがサラマンダーの全身を観察すると、所々が黒く、溶岩や炎で覆われていない部分があるのが見えた。
「やはり、思ったとおりだーー灰に侵食されているぞ。それも想像以上に」
シヴァンは自分の読みが当たり、満足そうにサラマンダーを見ている。
「なぜ神獣が突然姿を現したんだーーシヴァン、なにをした!」
ブランドンの怒号が響いた。
「教えてやる、ブランドン。アーサーが死んだことで、サラマンダーは王の命を奪った者を殺しにきたんだ。神獣と王家は遥か昔より深い関わりにあるーーお前たちも知ってのとおり、〈デュナミス〉を抑制する力を王家に与えることによって、国は均衡を保ち、秩序は守られてきた。だが、それを崩す者が現れれば、神獣は自らの手でそいつを殺すのさ」
「神獣を呼び出すために陛下をーー標的はお前だったんだな! 罪のない人たちを巻きこんでなんとも思わないのか! 街を見ろーー王家を滅ぼす? ふざけるな!」
ユシアは我慢の限界を越えていた。
「必要な犠牲だ、ユシア。神獣が人前に姿を現すことは滅多にないーーだが、そのおかげでサラマンダーを殺す機会がやってきたわけだ。神獣を殺せば契約の儀は無効となり、お前たちも任務から解放され、自由になるーーそれになんの不満がある?」
「必要な犠牲だとーーこの世界にそんなものはない! お前になんの権利があるんだ! 任務から解放するだって? 言っておくが、おれは契約に縛られてここにいるわけじゃない! この国はおれの故郷だ。この国で生まれて、この国で育った。ここには家族もいるし、仲間もいる。この世界には守りたくても力がなくて守りたいものを守れない人たちもいるーーでも、おれはこの力を持って生まれた。呪われた力だと言う人もいる......でも、おれはそうは思わない! おれはこの力で帝国からーーいや、全ての敵から愛する人たちを守ってみせる!」
ユシアの身体から赤い障気が発生し、あたりは熱気に満ちた。
鬼気迫るユシアの姿を見た同期のルファたちをはじめ、ブランドンらもその迫力に圧倒されていた。
「......素晴らしい演説だ。だがな、おれがやったことはお前らがやっていることとなにも変わらないーーお前たちが戦った帝国兵も、なんの罪もなかったかもしれないだろう? 〈青籃騎士団〉もそうだ。〈デュナミス〉を持って生まれたと言う理由だけで、無理矢理騎士にされ、戦火の中に放りこまれるーーそれをお前らが無情にも殺した。おれとお前らは同類だーーユシア、お前の持つ力は誰かを守るための力ではなく、世界を変えるための力だ。〈マリグナント〉は使われる側の立場ではなく、使う側の立場にいるべきなんだ。今のお前は力の使い方を間違えている」
「笑わせるな! お前はその力で世界を支配したいだけだろ! そんなものは自由とは言わない!」
「力ある者が頂点に立つのは自然界の摂理だ。王家に生を受けたと言う理由だけで愚かな者が人の上に立つと言うこの世界は間違っている。人は常に平等であるべきだ。強者は上、弱者は下だ! おれとお前は上に立つべき人間なんだ」
「おれはこの力で世界を支配しようとは思わないーーただ、おれは身近な人たちの役に立ちたいだけだ」
「ーーそうか。それがお前の意思なら仕方ないーーでは、守ってみせろ、ユシア」
すると、シヴァンは突然片手を外のサラマンダーに向け、掌から大きな〈火炎球〉を放ったーー巨大な火の球はサラマンダーの燃え盛る頭部に直撃すると、神獣は怒りの矛先を謁見の間へと向けた。
「神獣がくるぞ! ここにはお前の仲間がいる。どうする、ユシア!」
サラマンダーはその場で立ち上がると、大きな口を開けたーー口の中に炎が集中し、巨大な溶岩の塊が放たれた。
「ユシア、お前はロレインを守れ! おれとセナはルファたちを守る!」
ブランドンは即座に指示を出した。
ユシアはすでに後ろを振り向き、負傷したロレインの下へと駆け出していた。
ティアーズはすでにブランドンが指示を出す前から走り出していた。
謁見の間を覆い尽くしてしまうほどの、大きな溶岩の塊がリザードパレスに襲いかかったーー城はその熱によって、一部は燃え、溶けた。
直撃を受ける寸前のところで、ユシアはロレインを抱え、外へと飛び出した。
仲間たちのことも気になったが、今は与えられた任務を果たさなければならないと、自分に言い聞かせた。
なによりも、ルファたちなら、なんとかしてこの窮地から脱するだろうと言う信頼があった。
ユシアはロレインを抱えながら器用に崩れた城を降りて行ったーーその時、溶岩の塊が白く光り、爆発を巻き起こした。
それによって、謁見の間は木端微塵になり、跡形もなくなった。




