第四十一話 魔法院
「魔法院って、どんなところなんだ?」
エリーセと一緒に歩きながら、ユシアは街を歩いている小人のピッコロを観察しながら言った。
「ユシア、他人をじろじろ見るのはやめなさい。失礼でしょ」
ユシアは人間の子供とピッコロの違いを必死に見極めようとしていた。
耳が少し尖っているのと、瞳が大きい以外は、ほとんどと言っていいほど変わりがないからだ。
ピッコロは成人でも、外見年齢は人間で言うと七歳ほどだ。
エリーセに注意されたものの、今まで出会ったことのない珍しい種族にユシアは興味津々の様子だった。
「ーー魔法院はね、その名のとおり、魔法の研究を行っている場所なの。新たな魔法の発見もあるし、魔力や〈デュナミス〉の解明もしているのよ。日々の研究のおかげで、魔法文明は発展していったのーーだから、昔の鍛冶職人たちは怒ったでしょうね」
「なんで魔法の発展が鍛冶職人と関係があるんだ?」
何気なく質問したユシアだったが、その質問にエリーセは大きな溜め息をついた。
「戦いで魔法が使われるようになったせいで、鎧や盾が必要なくなったからよ。魔法の威力の前にはそんなもの無力に等しいからね。ただ、動きづらいだけで、戦いにくいしーーそんな経緯で、今では鎧や盾は使わなくなったの」
「エリーセは物知りなんだな」
ユシアが嫌味なく言うと、彼女は口をぽかんと開け、急に笑いはじめた。
「なにがおかしいんだよ」
「ーー別に」
そうこうしているうちに、魔法院の前に着いた。
魔法院は周囲を城壁に囲まれ、その中には城が建てられていた。
まだ、早朝のためか、門は開いておらず、院内に入ることはできなさそうだった。
「ここが魔法院か。立派な城だな。ここで魔法の研究をしているのか」
「そうよ。今は中に入れないけどね。研究が進めば、いずれはどんな病気でも治る時代がやってくるでしょうねーー不治の病がなくなる日がね」
エリーセの言葉にユシアは反応したーー真っ先に彼の脳裏に過ったのは、妹のリセスの顔だった。
魔法の研究が進むことで、不治の病がなくなるーーそれは、〈灰病〉にも言えることなのかと、ユシアは考えた。
「エリーセ。今の魔法って、どのくらいの病気なら治るんだ?」
「どのくらいって......まぁ、普通の風邪くらいなら治るんじゃない? 回復魔法を病気に使うって、あまり聞かないけどねーーでも、どうしてそんなこと聞くの?」
エリーセの質問に対して、ユシアは妹のことを話すか一瞬躊躇ったが、少しでも〈灰病〉を治す手掛かりが掴めれば、と思い事情を話すことにした。
「実は妹が病気なんだ。どうしても治らない病気でーー今のところ、その病気を治すことができるのは、〈エリクサー〉と呼ばれる万能薬だけなんだ。でも、どうすれば〈エリクサー〉が手に入るのか、おれにはわからないーーだから、魔法の力でなんとかならないかと思ったんだ」
魔法の効果をそこまで期待しているわけではなかったが、なにか情報を得たい一心だった。
「〈エリクサー〉でしか治らない病気ってーーまさか、ユシアの妹は〈灰病〉なの?」
どきり、とユシアの心臓が跳ねた。
「〈灰病〉のことを知っているのか、エリーセは」
「まぁ、ちょっとね......それで、妹は自分が〈灰病〉だって知ってるの?」
「いや、知らない。リセスのことだから、病気のことを知ったら、自分で命を断つ可能性もあるから言ってない。おれだって妹の病名を知ったのは、家を出て、〈赤銅の剣〉に入ったあとなんだ。〈灰病〉は世間一般に知られてるような病気じゃないからな」
「死んだあとで異形の怪物、〈灰人〉になるのよねーーそうならないために、火葬する。そうすれば、〈灰人〉になるのを防ぐことができる。もしかしたら、魔法院の院長なら、治す方法を知っているかもしれないわ」
「本当か!」
今まで暗闇に染まっていたユシアの心に、少しだけ希望の光が射しこんできた。
ユシアは思わず、声高に歓喜の声を上げた。
「焦らないで。とにかく、話を聞いてからよ。まだ早朝だから、あとで城に呼んであげる」
エリーセの言葉にユシアは軽い違和感を覚えた。
「城に呼ぶって......魔法院の院長をか? エリーセ、お前いったい何者だ?」
魔法院の院長を務めるほどの人物を呼び出すことができると言うことは、彼女がそれだけ地位の高い人物だと言う証拠でもある。
少なくとも、エリーセは自分が考えているよりもずっと高貴な身分なのかもしれないとユシアは思った。
彼女は多少、乱暴な言葉使いをするが、どこか気品がある雰囲気をユシアは感じ取っていた。
「そ、それはまぁ、どうでもいいじゃない。さ、次に行くわよ、ユシア」
エリーセが突然焦り出すと、通りの奥から胴衣を着た、二人の兵士がなにやら叫びながらユシアたちのほうに走ってくる。
「なんだ、あいつら」
近づいてくる二人の兵士はものすごい形相をしていた。
「エリーセ様! お戻りになって下さい!」
兵士は大声で怒鳴った。
どうやら、二人の兵士はエリーセのことを探しにきたようだった。
城を出る際、門番の兵士に話をつけたはずなのにな、とユシアは不思議に思った。
「エリーセ様。門番に無理を言って勝手に街に出て行かれては困ります。あなたになにかあっては、我々の命では到底責任を取れません」
二人の兵士は呼吸を大きく乱しながら、なんとか言葉を発した。
「うるっさいわね。一人で出てきたわけじゃないわよ。ちゃんと護衛もいるんですからね」
エリーセはそう言うと、ユシアを兵士二人の前に押し出した。
暇そうにしていたから声をかけたと言ったくせにーーと、言おうとしたのをユシアは我慢した。
「護衛? まさか、この頼りにならなさそうな子供のことじゃないでしょうね?」
二人の兵士はユシアを小馬鹿にしたように、疑いの眼差しで見た。
「なんだと? おれだって〈赤銅の剣〉だ。こいつの護衛くらいできる」
ユシアはむっとして言い返すと、二人の兵士を睨みつけた。
この数ヵ月間、実戦を経験したユシアは、それなりに自信を持っていた。
いくら十五歳と言っても、頼りにならないと言われるのは心外だった。
「無礼な奴め。この方を誰だと思ってる! グレイモール王国国王、アーサー・グレイモール閣下のご息女、エリーセ・グレイモール様であらせられるぞ!」
「ーーえ?」
ユシアは目玉が飛び出しそうになった。
ゆっくりエリーセのほうを向くと、彼女は意地悪そうに笑っていた。




