第二話 特殊な魔力
「リセスの様子を見に行こう」
ユシアには双子の妹のリセスがいた。
彼女はユシアと違い、呪いを受けて生まれたわけではないが、病弱で部屋から出ることは滅多になかった。
アルフィノとリンダは、リセスが病弱なのもユシアのせいだと咎めることも少なくなかった。
父と母からその言葉を聞くたびに、ユシアは妹に申し訳なくて、心が締めつけられるようだった。
自分の呪いのせいで妹までが病弱な体質で生まれてきてしまった。
そのようなことを考えては自分自身を責めた。
「リセス、入ってもいいか?」
家の二階に位置する、妹の部屋のドアをノックしてから言った。
「ユシア? いいよ、入って」
ドアを開けると、ベッドの上には淡紅色の髪の少女が座っていた。
ユシアを見る目が大きく開き、母譲りの紅碧の瞳で見つめている。
「寝てなくて平気なのか?」
ユシアは部屋に入り、ベッドの横に椅子をつけて腰を下ろした。
「うん、平気だよ。それよりも、父さんへの贈り物の鹿はちゃんと仕留められた?」
リセスは身を乗り出して聞いてきた。
今の今まで、双子の兄が鹿を狩ることができたのか気になって仕方がなかったようだ。
「もちろん。弓で一発で仕留めたぜ」
ユシアは得意気に弓を引く格好をして見せた。
「なにカッコつけてんの。弓は苦手でしょ? 部屋の窓から弓の練習してるのを見てるけど、的をはずしてばっかじゃん」
「う、うるさいな。おれは本番に強いんだよ」
父と母から嫌われていたユシアは、剣も弓も誰かに教わったことはなかった。
二人からは街に出るなと言われていたので、家の庭や近くの森で一人で練習するしかなかった。
ユシアは剣が得意で毎日のように練習していたが、弓は苦手で中々上達せず、あまりやらなくなってしまった。
しかし、父であるアルフィノが戦に行くと聞いて、鹿を贈り物にしようと考え、弓の稽古に励んでいた。
結果、その厚意が裏目に出てしまった。
「それで、父さんの反応は?」
ユシアの心臓の鼓動が高鳴った。
どう答えようか、一瞬悩んだ。
「あ、ああ。喜んでくれたよ」
自身は精一杯笑顔で言ったつもりだったが、リセスから見たユシアの表情はひきつっていた。
「嘘。兄妹で隠しごとはしないって約束したでしょ?」
妹に変な気を使わせたくなくて言ってはみたものの、ユシアの嘘はあっという間にばれてしまった。
「悪かった。鹿は捨てられたよ。父さんと母さんを余計に怒らせたみたいだ」
「捨てるなんて酷い。ごめんね、わたしが聞いたせいで嫌なことを思い出させちゃって」
「おれのせいで、ウォーロード家を継ぐ人間がいなくなっちゃったからな。まぁ、しょうがないよ。リセスだって、病弱なせいで色々と言われてるだろ? おれだってこのくらい我慢できるさ」
実はリセスもユシアほどではないものの、アルフィノとリンダから、身体が弱いことを罵られることがあった。
ユシアにとって、なによりもそのことが一番辛いことだった。
自分のことを言われる分には耐えればいいだけだが、リセスが父と母から嫌みを言われているのが聞こえると、胸が張り裂けるような気持ちになった。
しかし、そこでユシアが止めに入れば、火に油を注ぐだけだったので、なにもできない自分が情けなかった。
「ユシアほど嫌われてないよ」
リセスはきれいな白い歯を見せて、笑顔で言った。
この妹の笑顔にユシアがどれほど救われてきたか。
父と母にどれだけ嫌われようと、リセスと話している時だけは、生きる希望が湧いた。
「ありがとう」
「どうしたの、急に?」
「リセスもわかってると思うけど、近いうちにおれを迎えに使者が来る。〈赤銅の剣〉に入るためのな。おれはこの家を出て行かなきゃならない。そうしたら、リセスとも会えなくなる。だから、こうして会えるうちに今までのお礼を言おうと思ってさ」
「お礼?」
リセスは微笑んだ。
「ああ。リセスは最高の妹だってことだ。おれは〈赤銅の剣〉に入って、この国のために死ぬまで戦い続ける。おれの人生はそう言う運命なんだ」
ユシアは自分の右腕に刻まれた印を見つめながら、悲しそうな顔をしていた。
「たしか、〈デュナミス〉って言うんだよね。その魔力のこと」
赤い瞳と翼の刻印は特殊な魔力を持って生まれた者の証だ。
その魔力のことを〈デュナミス〉と言う。
「そうだ。この力で守って見せる。リセスのこともな」
「なにから守るの?」
「帝国だ。この国を攻撃してくる奴らだ」
グレイモール王国の北に位置する、ドルマルク帝国。
日に日に、グレイモール王国への攻撃が激しくなっている。
「帝国とは父さんたちだって戦っているんでしょ?ユシアも〈赤銅の剣〉にはいったら、そうなるの?」
リセスの表情が先程までと違い、不安げになっている。
「おれの場合は常に最前線で戦うことになるだろうな。〈デュナミス〉を持つ者はみんなそうだ。死んでも代わりはいるからな」
「代わりなんていないよ。血の繋がった兄妹はユシアだけなんだからさ」
リセスにして珍しく、語気が強くなった。
妹の言葉にどうしたらいいのかわからず、ユシアは黙ってしまった。
「なんで帝国は、この国に攻めて来るの?」
落ち着きを取り戻してリセスが聞いた。
「〈アストラル〉って言う資源さ。この星の命の源のことだ。グレイモール王国は火山に〈アストラル〉が集中してるんだ。それが大地を流れて、豊かな自然が生まれる。帝国はその資源が欲しいんだ」
「帝国にも〈アストラル〉はあるんでしょ? 領土は広いんだから。なんで他の国の物まで欲しがるの?」
「実は最近、〈アストラル〉がなくなってきてるって噂なんだ。〈アストラル〉がなくなってくると、この星そのものが死んでしまう。自然がなくなれば、まともに生活もできなくなる。だから、帝国はなんとしてもこの国が欲しいのさ」
世界中のどの国にも共通点があり、それは必ず〈アストラル〉が集中している場所の近辺に人が集まり、国が形成されていくと言うことだった。
しかし、近年ある問題が起きた。
〈アストラル〉が枯渇してきて、困窮している国が増えたのだ。
それが今現在では深刻な問題になっており、各地で〈アストラル〉を巡って争いが起きている。
「自分の国の資源がなくなってきているからって、争いを起こして奪おうとするなんて酷い話だね」
憤慨したようにリセスは言った。
「ああ。だからこそ、誰かがなんとかしないといけないんだ。おれは〈デュナミス〉を持って生まれたけど、これが呪いだなんて思わない。おれはこの力のおかげで、国を守ることができるんだ」
「ユシア、命だけは大切にしてね。絶対に無理はしすぎないで」
リセスはいつにも増して、真剣な眼差しをしていた。
「もちろんだ。死んだらリセスを守ることができなくなっちゃうからな」
ユシアは満面の笑みで返した。
ユシアが人前で感情をさらけ出すのは、妹と二人で話している時だけだった。
周囲の人々は、ユシアを呪われた子供として冷ややかな視線を送り、避けていた。
ユシア自信もそれは感じており、感情を出すことはなくなっていた。
「じゃあ、おれは自分の部屋に戻るから。あんまり、リセスと話していると、呪いがうつるって母さんが怒るからな」
そう言って、ユシアが席を立って部屋を出て行くと、途端にリセスの表情は沈んだ。
その翌日、ウォーロード家に一人の使者がやってきた。