第三話 運命の日
街の人々の視線が荷馬車の御者席に座る一人の女に集まっていた。
赤いローブに身を包み、流れるような金色の髪に不気味な赤い瞳。
周囲からの奇異の目には慣れていた。
なんと言っても、生まれた頃からの宿命だったからだ。
荷台に乗っている二人の少女も、自分と同じようなものだろうと女は感じていた。
赤い瞳に翼の刻印ーー特殊な魔力〈デュナミス〉を持って生まれた者は疎まれ、迫害される。
十二歳で〈赤銅の剣〉に入ってから、毎年様々な少年少女たちを彼女は見てきた。
そのほとんどが暗く、沈んだ表情をしており、生きていく希望を捨てて、死を受け入れているようにさえ見えた。
しかし、荷台に乗っている二人の少女は違った。
一人は物静かで冷たい印象を受けるが、心の奥には自分にしかできないことをやってやろうと言う、炎のような情熱を感じた。
もう一人は陽気で明るく、これからの自分の運命を楽しんでいるように見えた。
今年は面白くなりそうだーー荷馬車に揺られながら、女は微笑んだ。
◆
ユシアは家族と一緒に食事することを許されていなかった。
家族の食事が終わったあと、居間で一人きりで食事をするーーそれがユシアの日常だった。
妹のリセスは病弱なため、食事は自室で済ませる。
今日もいつものように母の食事が終わったあと、居間で一人で朝食を食べていた。
大きな木製のテーブルの上にパンと目玉焼きが乗った皿がある。
いつか家族みんなで食事をしてみたいーーユシアは居間にいると、いつもそんなことを考えていた。
「ごちそうさまでした」
食べ終えると、使用人が食器を片付けはじめた。
これもいつもと同じ光景だった。
ただ、今日は少しだけ違うことが起きた。
「ユシア、外に出なさい」
突然、母のリンダが居間に入ってきた。
冷ややかな目をユシアに向け、有無を言わせない口調だった。
普段は朝食を済ませたあとは、剣の稽古をするのだが、今日は母の言うとおりに外に出ることにした。
ユシアが庭に出ると、家の前には一台の荷馬車と赤いローブの女性が目に入った。
荷台には二人の少女が乗っていた。
ユシアは全身の力が抜けるのを感じた。
間違いない、あの人は〈赤銅の剣〉だーー本能的にそう思った。
ユシアは赤いローブの女性が自分を迎えに来たのだと悟った。
今まで覚悟をしてきたはずなのに、いざその時になってみると、怖くて身体が硬直してしまった。
「行きなさい」
後ろからリンダが突き放すように言った。
ユシアにはまだ心の準備ができていなかった。
ウォーロード家から出て行くーーそんな現実と向き合えずにいた。
「あの、妹に......リセスに一言......」
「ダメよ。あなたはもう、この家の人間ではありません。なんなら、兵士に命じて無理矢理追い出してもいいんですよ?」
早く目の前から消えてくれ、と言わんばかりの母の顔を見てユシアはあきらめるしかなかった。
ここで争い合っても、余計にリセスを悲しませるだけだ。
そう自分に言い聞かせた。
「リセス、黙って出て行っちゃってごめんな。元気で」
二階のリセスの部屋の窓を見つめながら呟いた。
ユシアにとってリセスは妹であると同時に、唯一の友達でもあった。
この家から出て行くと言うことは、家族を失うと同時に、友達にも会えなくなるのと同じことだった。
「今までお世話になりました」
ユシアは最後に母の顔を見たが、リンダは無表情で息子に会えなくなるのを少しも寂しがってはいない様子だった。
最後にほんの少しでもいいから、息子として認めてほしかった。
それがユシアの本心だった。
十二年間住んだ家を背に、ユシアは荷馬車のほうへと歩き出した。
「君が三人目だね」
赤いローブの女性がユシアに微笑み話しかけた。
一瞬、ユシアは面食らってしまった。
なぜなら、妹以外の人間が自分に対して友好的に接してくれることなど、今まで経験したことがなかったからだ。
「わたしはロレイン・ライト。ロレインでいいからね。これから、長い付き合いになるだろうから、よろしくね」
ロレインの金色の髪が風になびき、赤い瞳でユシアのことをじっと見つめた。
彼女は背中に赤銅色の剣を背負っていた。
「ユシア・ウォーロードです。よろしくお願いします」
ユシアは自分と同じ赤い瞳をした人間をはじめて見たーー特殊な魔力〈デュナミス〉を持つ証。
妹のリセス以外にはじめて親近感を感じた瞬間だった。
「さっそく、出発しようか。荷台に乗ってくれ。〈赤銅の剣〉の本拠地、〈雀の砦〉に向かう」
挨拶もそこそこにユシアが荷台に乗ると、荷馬車はウォーロード家をあとにした。
荷台にはユシアの他に同じ年齢の二人の少女も乗っていた。
「わたし、デルフィ。デルフィ・ベアトリクスって言うの。よろしくね、ユシア」
陽気にユシアに話しかけてきたのは、猫の獣人フェリスのデルフィだった。
猫の獣人と言っても、人間と大きな違いがあるわけではなく、頭に大きな猫の耳がついている以外は人間と変わらない。
グレイモール王国には少数ではあるものの、獣人が住んでいるので、ユシアが大きく驚くことはなかった。
「今日から仲間だね」
そう言うデルフィは、夕陽のような鉛丹色の髪の少女だった。
妹以外に同年代の人と会話をしたことがなかったユシアは、嬉しいと同時に戸惑いもあった。
「よろしく、デルフィ。えっと、君は?」
ユシアはデルフィの隣に座っている、空色の髪の少女に話しかけた。
「......ルファ・アクアマリン」
素っ気なく名乗ったルファはユシアの赤い瞳をじっと見つめた。
「な、なに?」
ユシアは照れて、視線を逸らした。
「なんでそんなに悲しそうなの?」
「悲しそうって、おれが?」
「うん。すごく悲しそうな目をしてる。家族と離れるのがすごく辛そう」
ユシアの心の中を見透かしたような言い方だった。
父と母から呪いの子と嫌われ、周囲からも冷たい目で見られ、唯一の話し相手だった妹のリセスとも会えなくなった。
〈赤銅の剣〉に入って、帝国と戦い続けるとは言ったものの、それはユシアの本音ではなかった。
やはり、心のどこかでは家族と仲良く暮らしたいーーそんな想いをルファは表情を見ただけで感じ取ったのかもしれない。
「そんなわけないだろ。おれはこの国を帝国から守るんだ。悲しんでる暇なんかない」
それは、ユシアがついた精一杯の嘘だった。




