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第17話

 おじいちゃんが出ていった部屋の中には、雨の音がよりいっそう強くひびきわたっていました。六月とは思えないほどの寒さに、心細さもごちゃまぜになって、清子はテーブルの上にうずくまっていました。


 ――ひとりぼっちって、こんなにさびしいものだったんだ――


 この部屋にはいつも、おじいちゃんと、そしてミーヤがいてくれました。だれかといっしょにいたからこそ、この部屋はあんなに温かかったんだと、清子は今さらながら思い知りました。


「清子、今まで悪い子にならないようにって、うそをつかない良い子でいるようにって、それだけを考えて生きてきたよ。でも、ひとみちゃんからは化け物っていわれるし、おじいちゃんも止められなかった。良い子って、なんなんだろう。清子の生きかたは、間違ってたのかな」


 うわごとのようにぶつぶつとつぶやきながら、清子はテーブルの上をはって進んでいきました。やがて、テーブルのふちにたどりつくと、清子は下をのぞきこみました。人間のときは怖いなんて少しも感じませんでしたが、人形の大きさになった今では、テーブルから床までの高さが、とてつもなく恐ろしく感じます。


 ――怖い、怖いよ、おじいちゃん。でも、おじいちゃんがこのままいなくなるほうが、清子にとっては怖いよ――


 意を決して、清子はテーブルから飛び降りました。一瞬からだが浮きあがるような感覚のあと、すぐに全身に激しい痛みが襲いました。ガラガラガランッと耳をつんざくような音とともに、清子は床にたたきつけられたのです。


「うぐっ! 痛い……! ミーヤも、床に落としちゃったときは、こんな風に痛かったのかな」


 からだの痛みが強すぎて、清子はなかなか起きあがることができませんでした。木になったからだの、芯のほうまでしびれて、今にもくだけてしまいそうです。ですが、清子はグッと痛みをたえて、よろよろとからだを起こしました。少しずつですが、このからだにも慣れてきたようで、清子はぐらつきながらもなんとか立ちあがることができました。けれどもすぐに、その場にぐらりと倒れてしまったのです。再びガラガラッと甲高い音が部屋にひびきました。


「イタタ、やっぱりうまく立てないよ。でも、人形のからだがこんなに痛みを感じるなんて。ミーヤ、ごめんね。清子、小さいころいつも、ミーヤのこと落っことしちゃってたから」


 気のからだの奥のほうから、じんわりとぬくもりが広がっていきました。からだが温かくなるにつれて、心にも少しずつ元気がわいてきます。


「今からじゃ間に合わないかもしれない。それに、清子が行ってもどうにもならないけど、でも、それでもおじいちゃん一人に行かせるなんてできないよ。それじゃあ、清子は本当に悪い子になっちゃう」


 悪い子という言葉を口にして、清子の胸がしめつけられるように苦しくなりました。


「悪い子……。でも、さっきおじいちゃんは、うそをつかない清子を、良い子の清子を、お人形さんみたいっていったわ。それに、悪い子でも、誰かを守れる人のほうが、よっぽど人間らしいって。清子は、お人形さんだったのかな。お父さんとお母さんが、清子じゃなくて人形に、お前は清子だっていったときから、清子はお人形さんになっちゃったのかな」


 じりじりとからだを起こしながら、清子は部屋のドアをにらみつけました。おじいちゃんのあとを追うには、あのドアを開けなくてはなりません。大仕事ですが、このままおじいちゃんと会えなくなるのは絶対にいやです。清子が一歩を踏み出したそのときでした。


「そうよ、清子ちゃんはお人形さんなの。それも、悪いお人形さん。あなたのお父さんとお母さんがお人形さんになったのも、あなたがいじめられるのも、全部あなたが悪い子だからよ」


 ドアががちゃりと開かれ、そこから美也子(みやこ)と、なぜか百花(ももか)がやってきました。


「どうして姫川さんが……? あっ、その目の色、まさか!」


 清子は百花の顔を見あげました。百花のひとみは、美也子と同じ血のように不吉な赤色でした。急いで美也子を見あげると、くすくすっとほほえんでいます。


「あら、気がついたのね。そうよ、わたしに心を支配された人は、みんなわたしと同じ目の色になるのよ」


 美也子の言葉に、清子はハッとからだを起こしました。


 ――じゃあ、まさかひとみちゃんも――


 恐ろしい事実に気がつき、清子は木のからだをふるわせます。その間に美也子のからだが黒く染まり、影の清子が現れたのです。


「簡単だったぜ。昼休みにこのいじめっ子のところに行って、ちょっとお願いしたのさ」


 影の清子は、ハハハとほえるような笑い声をあげ、百花の肩を親しげにたたきます。百花は意地の悪い笑顔でうなずきました。


「姫川さん……」


 影の清子が再び美也子のすがたに戻り、歌うような口調で続けました。


「そう、お願いしたのよ。そうしたらすぐにわたしのお友達になってくれたわ。いじめっ子だった過去を改心して、わたしに協力してくれるって」

「うそつき! うそをついて、無理やり姫川さんを手下にしたんでしょ!」


 くやしそうな清子のさけびを聞いて、美也子が満足そうに笑いました。


「あら、ばれてるのなら仕方がないわね。じゃあいいわ、教えてあげる。そうよ、このいじめっ子に『あなたはわたしの手下だ』って、うそをついたの。本当に簡単だったわ。たったそれだけのことで、他人を支配できるなんて。ミーヤを支配するときは、ずいぶんと時間がかかってしまったけど」


 ふふふと笑って、くるくるとその場で踊りだす美也子を、清子は見あげることしかできませんでした。


「それともう一つ、みやげがあるぜ」


 またもからだが黒く染まり、美也子のすがたが影の清子に変化します。影の清子はうしろからなにかをつかみ、放り投げました。


「ああっ、そんな!」


 清子の悲痛な叫びが、部屋中にこだましました。


いつもお読みくださいましてありがとうございます。

本日はこのあと夕方ごろにもう1話投稿予定です。

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