主観的な視点と現実逃避めいた光景
「スキルよろー」
今日の俺の一日は珍しくこんなキーワードから始まる。これは、一般的なフィールドモンスターを狩る臨時パーティが結成された合図だ。
いい加減このゲーム(ダイダロス)でやる事もなくなってきた昨今、気分転換に軽くフィールド狩りでも行こう、という友人たちの粋な計らいである。
>ケーニッヒ:前衛、Lv91、[片手剣][盾][重装備][武器防御]
>[シールドバッシュ][ヒール][ハイスラッシュ][サーチ]
>ノエル:回復、Lv91、[両手鈍器][重装備][祈り][回復力強化]
>[ヒール][ヒールウィンド][スタンスマッシュ][フルスウィング]
>メーリス:魔法、Lv92、[両手杖][布装備][魔力強化][高速詠唱]
>[ファイアボルト][インフェルノ][ウインドストライク][エーテルストライク]
>アトラ:弓手、Lv89、[長弓][軽装備][矢作成][採取熟練]
>[エイミングショット][クアドラショット][コンセントレイト][ステラ]
友人2名が見慣れた文字列を共有チャットに投下し、続いて見知らぬ2名が見慣れぬ文字列を投下する。
疑似ロール制とはいえ、選択するスキルによって個性が強く現れるこのゲームにおいて、臨時パーティを結成する際にそれぞれの持つ能力を把握するためのテンプレートだ。
この「ダイダロス」というゲームは、俺が大学を出た頃に正式サービスを開始したVRMMOだ。
「この世界で生きていこう」というキャッチコピーに偽りなく、当時どころか今でも常識を数段外した、現実と見間違うほどに写実的なグラフィックを誇り、
サービス開始時点で15万人の登録があった中、3ヶ月の時点で世界地図の半分も判明しなかったほどの桁外れのボリュームで話題となった、異世界を模したVRMMOだ。
「できること、できないこと、協力すること」というもう一つのキャッチコピーが表しているのは、その独自の育成システムだ。
プレイヤーはキャラクターに2種類のスキルを4つずつ設定する。このスキルはやたらと成長が遅い上、変更に多大なコストがかかり、さらには一度変更すればスキルレベルは0に戻るという仕様で、容易には変更ができなくなっている。
この2種類4つずつのスキルに、基本的な身体能力を表す基礎スキル、さらに魂の強さを表すキャラクターレベル。
これらによって個性的なキャラメイキングを実現するハイブリッドな育成システムになっている。
スキル構成によって擬似的な"ロール"を持ち、協力して強大な敵に立ち向かったり、モンスターの大規模侵攻を食い止めたり、
生産スキルを高めた職人たちが巨大な建造物を建築したり、戦うシェフたちがドラゴンなどを解体してとびきりのごちそうを用意したりする。そういうゲームだ。
漢字表記のスキルが「パッシブスキル」、キャラクターの持つ四つの技術。
カタカナ表記のスキルが「アクティブスキル」、キャラクターの持つ四つの手段。
これと全キャラクターが共通して持つ、[筋力]や[回避]、[料理]や[鍛冶]などの「基礎スキル」を合わせた3つのスキルに、一般的なRPGにあるキャラクターレベルをあわせた四つの要素でキャラクターが作られている。
レベルによるステータスに、三種類のスキルによるステータス補正が加わり、最終的なステータスとなるのだ。
例えば、パッシブスキル「片手剣」は筋力、器用さ、素早さに補正が加わり、アクティブスキル[サーチ]は最大MPとMP自然回復に、基礎スキル[筋力]はそのまま筋力に補正が加わるといった形だ。
チャット欄に流れる文字列をいつものように分析する。盾役のケーニッヒとヒーラーであるノエルはいつも組んでいる友人なので、分析するのは後衛2名だ。
わかった風な言い方をすれば、彼らはそれぞれ「攻撃魔法染めの火力メイジ」に「エイミングとクアドラのハイブリッドアーチャー」である。
どちらも複数の攻撃系アクティブスキルを持ち、防御系アクティブスキルを持っていない。当然、ステータスへの補正も攻撃一辺倒である。随分と前のめりなキャラメイクだと言えよう。
ちなみにケーニッヒは、盾役としての基本的なパッシブ構成に加え、
ヘイト稼ぎと足止めの[シールドバッシュ]に自己回復とHP補正用の[ヒール]、
同じくヘイト稼ぎとダメージを重視した[ハイスラッシュ]、
釣り役との情報共有に用いる[サーチ]と手堅い構成。
白銀色の全身鎧に同じく白銀色の大型盾、武器はロングソードを扱う。
ノエルは両手鈍器で殴るのが好きなんだ。
[両手鈍器]が回復力に大きい補正があるからついでにヒーラーもやっている。
[スタンスマッシュ]で動きを止めて大振りの[フルスウィング]を叩き込むコンボは、仕掛けるタイミングを上手く見計らえば高い効果を得られるのだ。
「たぶん回復しないでほっといてもケーちゃんは死なないとおもう」という
フワッフワな動機で仕掛けるから、俺はいつも内心ヒヤヒヤとしている。
彼女は[重装備]の中では軽量のラメラーアーマーを着用し、オリハルコン製の特注のウォーメイスを装備している。
この二人は夫婦で、ケーニッヒは大学時代からの友人で、仕事の同僚でもある。
さて、俺も同様に文字列をチャットに投下する。
>シュン:遊撃Lv99[片手剣][軽装備][武器防御][高速詠唱]
>[クイックヒール][サンダーストライク][ピッキング][サーチ]
遊撃とは所謂シーフとかローグといった役割だ。[サーチ]で獲物を探し、[機械弓][投擲]などの遠距離攻撃手段や[ダートトラップ]などで獲物の釣り出しを行い、
盾役に引き渡したのち、[短剣][ハイドアタック]などで物理攻撃のサポートに回る。ダンジョンではトラップを[サーチ]し、宝箱を[ピッキング]で解錠する。
おかしな話だが、鳴子や落石罠を解除するのもピッキングスキルで担当する。
ともかく、これが一般的な遊撃の役割だ。
チャットの文字を見ているのだろう、虚空に焦点を合わせたままピクリとも動かない後衛2名。
VRMMOならではの不思議な石像と化した2名をしばらく眺めてもいいが、話が進まないのでこちらから話しかけることにする。
「どうした?何一つおかしいところがない完璧な遊撃のスキル構成だろう?」
俺も含め誰もそんなことは思っていないことはわかっているので、これはただのツッコミ待ちである。
「えー……クイヒとサンストが平然と同居してる上に杖も魔力も祈りもとってないように見えますけど……」
「あー、スキル組み換え中か?」
メイジの方が疑問を口にし、アーチャーの方が俺に確認を取る。
確かに一般的な遊撃の構成ではない。ちょっと解説が必要だろう。
「クイヒはスキルレベル99で基礎回復397、高速詠唱99で連打すればHPSは十分出る。ちょっとしたヒーラーの代役をやるんだ」
消費MPを犠牲に、発動までの速度およびクールタイムを重視した魔法である
[クイックヒール]。ステータス補正が素早さに乗るレアスキルの1つだ。
一般的なヒーラーの[回復力強化]つき[高速詠唱][ヒール]による回復力は1秒間に1回、800~1200程度。
[クイックヒール]と[高速詠唱]の両方のスキルレベルが99あれば、ヒールの約2倍の頻度で400程度回復することができる。
ただし、消費MPは3倍で頻度も2倍の計6倍。
「サンストは99でレンジ24の基礎威力895でスタン3、魔法威力系フル装備で220%の1969が1秒で飛ぶから、釣り出しと間に合わせの魔法火力には十分だよ」
雷系魔法はスキルレベルによる魔力依存の威力倍率の上昇が低いかわりに、詠唱時間およびクールタイムが短くなる特性がある。
基礎威力は通常どおり上がるため、上級魔法である[サンダーストライク]は高い威力と速射性を併せ持つ優秀な魔法なのだ。
これは、魔法威力を高める[杖][魔力強化]を搭載したメイジの初級単体魔法と同等以上の威力、そして初級魔法とは比べ物にならないほどの速射性となる。
ちなみに、一発あたり初級単体魔法の8倍ほどの消費MPを誇る。
「簡単に言うけど、アクティブのスキルレベル99って、10万回ぐらい使わないと
達成できないって聞いたことあるんですけど…」
「40万だな。惰性でやってりゃ上がる。」
ダイダロスでの4時間が現実での1時間。一日だいたい8時間を4倍の32時間を一年で11680時間。サービス開始から5年強もやってればこんなものだ。
俺の人生は睡眠と仕事とこのゲームで出来ている。
そんな俺の人生観をVR越しに垣間見たのだろう、何か諦めたような様子で弓の方がスキルレベルから話題を切り替えた。
「で、魔法型の遊撃なのに杖と魔力強化を切って、剣と武器防御を取ってるのは何のために?」
「俺たち3人の時は、俺は盾役も兼業するからな。[杖]の[武器防御]は耐久の減りが早すぎるから[片手剣]を選択してる。その時のフォーメーションは俺が盾役で二人が近接物理火力、ヘイト稼ぎはサンスト連打。」
2人は今度は虚空ではなく俺の目を見て固まる。
盾役となるキャラクターは[重装備][盾]などが必須となるのだが、それを俺は
[武器防御]だけでやると言ってのけたわけだ。
話の結論として、俺はシーフがメイジとヒーラーと盾役を兼業すると言っているのだ。疑似ロール制MMOであるこのゲームでは正気の沙汰ではない。
そこにケーニッヒが、俺の言動を裏付けるような言葉をかける。
「ウソだと思うだろ?こいつ、エルン宮殿の黒スケルトンの攻撃、
2体同時に相手して全部パリィ取るからな」
「まじかよ……」
驚くような事じゃない。エルダースケルトンが繰り出す十数パターン程度の剣筋、やってりゃ覚える。
俺のような廃人というのは、キャラクター育成でやることが無くなったら、プレイヤースキルを極限まで高める方向に進むものだ。
「廃プレイのなせる技、ってとこかな。そろそろ行こうぜ」
話題の中心が自分なのは嬉しいのだが、こういうのは慣れていなくて何やら恥ずかしい気分になる。
「廃プレイというかこいつは、週2でやってるパーティ狩りの数時間より、ソロ活動の時間のほうが数百倍長い生粋のド廃人だぞ」
このあたりで話を切り上げて転移門へ向かいたいと考えていたが、ケーニッヒが余計に掘り下げる。
「この変態構成でソロ主体で8スキルマしてる正真正銘の変態。」
ノエルも乗る。8スキルマとはパッシブ、アクティブの計8スキルを完全に鍛え上げたことを指す、限られた真なる廃人に送られる称号である。
ああ、後衛ふたりの目から光が消えた気がする。VRMMOのアバターにそんな機能はなかったはずなので、気の所為だろうけれど。
この話を終わらせるなら、もう開き直るぐらいしかないんじゃないだろうか。
「ド廃人の変態で悪かったよ。なんせ俺の人生は……」
睡眠と仕事とこのゲームで出来ている。
そう言い切って、さあ行こうぜと今度こそ話を終わらせるつもりだったが、少し言い方を変えなければならないだろう。
睡眠と仕事とこのゲームで出来ていた。
20世紀めいた和室の分厚いテレビで、アパートの俺の自室に馬鹿デカいトラックが突っ込む光景を見させられながら、回想から現実に意識を戻した。