否定できない現実と信じられない状況
和室は他に言いようもなく、例えようもなく和室であった。
準備してまいります、と席を外したコノハを、俊はおとなしく待つことにした。
警戒は解いていないが、この状況は時間が解決するだろうし、どうやら致命的なことはなさそうだと感じたのだ。
「シュン様、みかんが剥けましたよ。」
「悪いけどいらない、果物は苦手なんだ。」
(春も半ばというのにこたつにみかん。あの分厚いモニターはもしかしてテレビか?)
考え込む俊のもとにコノハがリモコンのようなものを持って帰ってきた。
「ひとまず、こちらの映像をご覧ください。召喚式が観測した、あなたのダイダロスの光景です。」
コノハが手元のリモコンをちょちょいと操作すると、20世紀めいた和室に鎮座する、妙なアンテナのついた分厚いテレビが、
21世紀には馴染みない砂嵐の画面から何かの像に少しずつ切り替わっていった。
「うちの社宅だな」
築40だか50年だかの年季の入った安アパートがテレビに写っている。一階の端にある俊の部屋の玄関も見える。
「2067年の4月12日、18時20分というのは、そちらの暦でよろしいですか?」
「ああ、昨日だな。それも召喚式で?」
そういえば、昨日は何時までダイダロスに接続していたのか思い出せない。
俊はあまり身に覚えがないが、いつのまにか寝落ちしてしまう事は、VRMMOでもあり得た事だった。
「はい。では確認が取れたので再生しますよ。決定的瞬間です。」
テレビに流れた映像は、確かに決定的瞬間だった。
あんなものがあんな速度でぶつかったら、ブロック塀や鉄筋コンクリートなんてこんなに簡単に砕け散るのだ。
ご丁寧にスローでもう一度流された映像に写っている車両には、建材らしき何やらが大量に積まれていた。
スローでもなお霞むほどの速度だ。質量かける速度かける何だっけと計算するまでもない。
「T字路から直線上の1階の部屋、やっぱ死亡フラグだったんだな……」
ワンルームを大幅にオーバーラップしたトラックは、爆発炎上して周囲をパニックに陥れていた。
あれでは二階の住人も、となりの住人も駄目だろう。
さらなる爆発でアパートが倒壊したところで、テレビの映像は砂嵐に戻った。
「まず、あなたの死を信じていただけましたか?」
「すごいな、これを作った人は、CG一本でハリウッドに永住コースだよ。
わざわざ寝てる俺を召喚の間とかいう場所まで運んで、光源や特殊メイクその他を駆使して迫真の演技をして、さらにこんな和室に案内してハイクオリティな衝撃映像を見せる理由がドッキリ以外に思いつかないぐらいだ。」
「では、わたしの話も信じていただけますか??」
信じたと受け取ったのだろう。ドロシーが純真を絵に描いたような瞳で俊を見つめている。
「ドロシーさん、たったいま様々な要素を総合的に評価したところ、どうやらあの映像にあったアパートの住人はだいたい死んでるなって事はわかったが、そっちはなんの根拠も無いだろう」
「えっと……」
「根拠ならございます。「使える」はずですよ、あなたはダイダロスの民として召喚されたのですから。」
使える。おそらくスキルの事を指しているのだろう。
俊はいまVRを通してではなく現実にここにいるのだから、スキルが使えるのなら確かに動かぬ証拠になるだろう。
「なら……試してみるか。ドッキリの看板はどこから出てくるんだろうな。」
俊は彼の記憶にある、彼の自称完璧なスキル構成を思い出す。
>[片手剣][軽装備][武器防御][高速詠唱]
>[クイックヒール][サンダーストライク][ピッキング][サーチ]
まったく信じていないまま、俊は自分のスキルがいま実際に起動したとしてどうなるかを考える。
(パッシブはどれも今は装備がないしそもそもわかり辛い。クイヒは誰も怪我していないし、サンストなんてもし起動したら大惨事だ。サーチはマップウィンドウが開けないから論外。試せるのはこれだけか。)
「よし、じゃあスキル起動[ピッキング]」
俊はこの瞬間のことを少しだけ後悔している。
[サンダーストライク]はまだしも、なぜ何らかの目に見えるエフェクトがあるであろう[クイックヒール]や、
何らかの効果があるかもしれない[サーチ]を試さなかったのかと。
後悔をする直前の俊が、手近な何かに向けて起動した、スキルレベル99の[ピッキング]は、10歳ほどに見えるドロシーの、
首の後ろと腰の後ろで括っているだけのワンピースのような服を見事に解錠したのだ。
「うっそだろお前……」
スキルの起動に対してのリアクションなのか、ドロシーの着痩せに対してのリアクションなのか、俊は語らない。
ともかく、15歳の年頃の少女に対する仕打ちとしては、これ以上ない最悪のものだったことは疑いようのない事実である。
全年齢対象であるダイダロスには性的描写はなかったことが、最後の決め手となった。




