9 →伯爵令嬢
祐樹様に手を引かれながら、わたしたちは庭園の方に出た。
正殿と庭園の境目にあるテーブルの、後ろに立っていた初老の男性に、祐樹様が声をかける。
「カクテルを一つ。それから…流華はなにがいい?」
急に振られて慌てながら、わたしもノンアルコールのカクテルを頼む。
「そういえば、流華って未成年だったね。大学卒業してるからそう思えないけど」
カクテルが出てくるのを待つ間に、祐樹様がそんなことを言った。
そうですねと相槌を打つ。男性が持ってきたカクテルを手に、わたしたちはライトアップされた庭園に入って行った。
大きな桜の木の下には人がたくさんいた。満開の桜に思わず見惚れるわたしの手を引っ張り、祐樹様は人気の少ないほうへ歩いていく。
昼間綺麗に整えたり並べたりした花たちが、夜になって人口の明かりに照らされ、昼間と全く違う顔を見せていた。
わたしたちは近くにあったベンチに座った。
人影はまばらで、さっきまでの喧騒が嘘のようだった。
「やっと二人きりになれたな」
祐樹様の言葉に、思わずドキリとする。
「あれから図書館塔に来ないからどうしたのかなって思ってたんだけど」
「…行きたかったんですけど、実験室とか研究室とかに連日籠もるハメになっちゃってたんです。新人なので」
「まあ、そうだよな」
祐樹様がグラスを揺らして、今は暗くて何色かわからない液体と、そこに浮かぶなにかの花びらも揺れた。
「今日の流華、綺麗だな」
つぶやいたその声は妙に甘く艶やかだった。
「祐樹様も………カッコイイです」
聞こえないようにすごく小さな声で言った。それを耳ざとく聞きつけたのか、それともたまたまか祐樹様がこちらを向いて、顔を近づけてきた。
思わず体を後ろに引くと、祐樹様はなにが可笑しいのかケタケタ笑った。
「いやー、流華って面白いよな」
なにがでしょうか。ちょっと心外。
「祐樹様も面白いですよね。冗談が妙にリアルですもん」
わたしが意地で返すと、祐樹様は心の底からきょとんとした顔をした。
「……例えば?」
本当にわかっていないのか? マジで?
「タラシっぽい甘ーい台詞を惜しげもなく撒き散らしてるじゃないですか」
わたしがそう言うと、祐樹様は何とも言えない微妙な表情になった。わたし、なんか変なこと言った? ホントのことじゃないの。
祐樹様がカクテルのグラスを大きく傾けて自棄にでもなっているかのように呷った。
酔いますよ。
「そんな風に思われてたのか………?」
なにが?
わたしも祐樹様もカクテルを飲み終えたら、案外祐樹様はあっさりわたしを解放した。ふう、疲れた。意外と気ぃ張るんだよなー、皇太子様相手だもん。
グラスを返して、わたしはまた一人、パーティー会場を歩き始めた。なぜか、通りかかるとき令嬢たちの視線が怖い。痛い。わたし、なんかした?
そして、さっき食べ損ねたデザートのテーブルの方に行くと、梨菜がいた。
「あ、お姉ちゃーん!」
桜の花びらが載ったロールケーキにフォークを突き刺しながら梨菜が言った。わたしは小さくて可愛いチーズケーキとベリータルトをお皿に取り、梨菜と壁際に行った。
すると早速、梨菜に詰め寄られた。
「ねえ、さっきのどういうこと?」
「え、さっきのってなに?」
わたしが真面目にそう返すと、梨菜は呆れたように溜息をついた。
「修様から祐樹様に助けてもらってたってことよ! しかもそのあと二人で庭園の方にデートしに行ったでしょう? どういう関係なのって訊いてるの!」
「……」
あれまぁ。誤解というのは恐ろしい。
「別に、一回図書館塔で会って、ちょっと話しただけよ? 梨菜が心配してるような関係にはなってないけど?」
わたしがそう言うと、梨菜は畳み掛けるように詰め寄ってきた。
「それだけ? そんなわけないでしょ! 祐樹様、追っかけたちにも愛想良いようで、実際一対一でお話ししようとすると相手が誰であれやんわり、だけど絶対お断りするような、女に対しては頑なな人なのよ! その祐樹様が、自分から女の人に関わったうえ二人っきりでちょっと、なんて有り得ないのよ!」
うわぁ、耳が痛いっ!
「なんかの勘違いでしょう?」
「そんなことないわ! 引き籠もりのお姉ちゃんのくせにっ!」
そう叫ぶと、梨菜は顔を真っ赤にしてほっぺたを膨らませた。だいたいなんだ、姉に向かって引き籠もりとは。事実かもしれないけど。
「ちょっとちょっと、ほんとに梨菜が思ってるような感じには全然なってないよ? だって、会うのも今日で二回目だよ? そんな、なにも無いってば」
「…………本当?」
「本当ふぉ」
チーズケーキを頬張りながらだったので〝よ〟が言えなかった。にしてもこのチーズケーキ美味しいなあ。濃厚でしっとりしててふかふかで、とろけちゃ~う。
梨菜は怒りすぎたのか少し涙目になりながらうなずいた。
「わかった。お姉ちゃんを信じる。ほんとになんでもないんだね」
「最初からそう言ってるじゃない」
わたしはベリータルトの上に載ってるラズベリーとブラックベリーとブルーベリーを交互に口に放り込みながら大きくうなずいた。
〈おまけ・祐樹side〉
パーティー会場で流華を見つけた。
生憎、追っかけたちが邪魔でなかなか探せなかったんだけど、後ろ姿を見てすぐに分かった。
声を掛けようとして、修が流華の手を掴んでいることに気づいた。
どうも、流華は嫌がっているらしい。だろうな、あの女たらしと悪名高い修だもんな。
僕が声を掛けると、修は驚いたように流華の手を放した。余程強く掴まれていたのか、白い手首がうっすらと赤くなっていた。なんてことしてるんだ。
修は僕に言われて流華に謝り、友達とともに逃げるように去って行った。あとで何か言われるだろうけど、今はこっちが先だ。
「そうだ、一緒に庭園で夜桜でも見ない?」
なるべく自然に、誘ったつもりだ。
今日の流華はすごく綺麗だ。
プラチナブロンドの髪がふわりと波打っている。
アメジストのアクセサリーが流華の瞳とよく似合っている。
薄桃色のドレスも流華の白い肌を際立たせている。しかも、あれだ。この間はふんわりしたワンピースだったから気づかなかったけど、大きな胸が強調されている。目のやり場に少し困る。
カクテルを持って庭園に出る。
流華と二人でいることに少し胸が高鳴った…んだけど。
「タラシっぽい甘ーい台詞を惜しげもなく撒き散らしてるじゃないですか」
と言われて凹んだ。
しかも、ちっとも悪気の無さそうな瞳で。
「そんな風に思われてたのか………?」
つぶやきながら、今後はそういう言葉は控えようと胸に誓った。
おまけを書いてみたけれど、なんだか意味がなかったような気がしてる作者です…。




