8 使用人→伯爵令嬢
お風呂から出てくると、汐音と見知らぬ侍女さん(×2)がいた。
見知らぬ侍女さん(×2)が元気に言った。
「美咲です!」
「優子です!」
三人とも、目がキラキラしてる。
汐音が、手に持っていた薄桃色のドレスを掲げた。
「まずは、これですね~」
まずは!?
ドレスはレースが何枚も重ねられ、胸元がガバッと開いた、大胆なドレスだった。
「え、ちょっとこれは……」
ドレッサーの前で尻込みするわたしに、三人は口々に
「これくらい普通です!」
「お似合いです!」
「これでガンガン攻めてください!」
と言った。
なにを攻めるの?
ちょっと~!
「アクセサリーはこれです!」
美咲がネックレスを、優子がブレスレットとイヤリングをしてくれた。
「流華様のアメジストのような瞳に合わせて、すべてアメジストのものを持ってきました」
汐音が説明してくれる。
確かに合っているかも。……っていいのかな? わたしにこんなの着けちゃって。
「続いては髪を結いましょう!」
三人が一斉に櫛を持った。わたしのプラチナブロンドに手を伸ばす。
はは……もう任せよう。
気づいたら、髪が綺麗になっていた。
横の髪は残して上半分を纏め、ドレスの色に近い紅色の薔薇の髪飾りが挿してある。
下半分はそのまま梳いただけのようで、いつも通りゆったりと波打っていた。
なんだろう…ちょっと令嬢って感じがする。
「ありがとう、汐音、美咲、優子。これで心置きなくパーティーに行けるわね!」
羽根ペンももらえるし。
わたしが鏡越しに三人に笑いかけると、彼女たちは意味深に笑った。
「いえいえ、まだでございますよ~」
「え」
美咲がクリームを取り出した。
そのまま、わたしの顔に腕に塗りたくり始める。
「ちょっと、なにしてるの~」
「クリームを塗って流華様のお肌をきめ細かく、つやつやにしております!」
美咲がニコニコ笑顔で答えた。
優子が化粧道具を取り出した。
「さて、行きますよ」
言うなり、アイシャドーや頬紅や口紅などを塗り始めた。だけど、わりと軽めだ。
「まだまだですー」
汐音がわたしの手を取ってマニキュアを塗り始めた。ドレスとアクセサリーに合わせているのか、薄桃色と紫色のラメ入りのマニキュアだ。
そんなこんなで、〝伯爵令嬢・流華=シャネリア〟が完成した。
清楚ながらも華やかな、自分で言うのもなんだけどそこそこな美人さんだ。普段の普通の子とは大違いだ。普通の子だから調子には乗れないけど。
「それでは、いってらっしゃいませー」
三人に見送られて、わたしは部屋を出、学者棟を出、パーティー会場である正殿へ向かった。母と妹ともそこで会う予定だ。
入口で名前だけ告げて中に入ると、すぐそこの柱のところに久しぶりに見る顔を見つけた。
「お母様! 梨菜!」
わたしが言うと、二人は少しきょろきょろしてからようやくわたしを見つけた。
「えっと…お姉ちゃん?」
梨菜がわたしを見て首をひねった。
「あら…流華?」
お母様が不思議そうにわたしを見た。
そして、二人で同時に言う。
「そんなに綺麗だったかしら?」
「失礼なーっ!」
わたしは憤慨した。
約束の羽根ペンをもらってるんるん気分のわたしとお母様と梨菜はパーティー会場で知り合い(らしいがわたしは会ったことない)に挨拶をして回った。途中でお母様がわたしに言う。
「にしても、その化粧すごいわね。あの流華が美人に見える」
「ほんと。お姉ちゃん、ちゃんとすればモテるよ」
褒めているのだろうか。でも少しも嬉しくない。馬鹿にされてる気がしてならない。
そんな感じで大方挨拶も終え、あとは自由にしていていいと言われた。
お母様は個人的な友達とおしゃべりを、梨菜は皇太子様――――祐樹様の追っかけに行くらしい。そういえば王族も来てるんだったな。
することがなくなったわたしは、正殿の料理人が腕によりをかけて作ったであろう料理に手を伸ばした。このパーティーは立食パーティーなので、料理を取った後は壁際で気配を消していることにした。大体知らないひとばかりだからね、居たたまれないじゃない?
料理はすごく美味しかった。食べたこともないような素晴らしさ。どれを食べても涙が出るくらい美味しい。これはデザートの方も期待ものだな。
そんなことを考えながらデザートが置いてあるテーブルに向かったとき、肩を掴まれた。
「……っ?」
思わず振り返ると、そこには三人の男の人がいた。
「ど、」
どなたでしょう? と訊く前に、わたしの肩を掴んだ銀髪の男の人がにっこりと微笑みかけてきた。
「君、可愛いね。初めて見る顔だなぁ? どこの家の子?」
きらきらしい笑顔に目が眩みそうになる。これは明らかに作り物だ。うえっ。
「シャネリア伯爵家の流華=シャネリアと申します」
とりあえずこちらも百点スマイルを浮かべて社交辞令として名乗る。ドレスの裾をつまんで会釈した。これぞ、あのときお母様に教えてもらったテク!
すると、銀髪の横にいた漆黒の髪の男の人が首を傾げた。
「ああ、シャネリア家の社交苦手だっていう長女さん? どうして急に社交界に出てみる気になったんだい?」
わたしはこんな風に思われているんですね。
っていうかこいつ本人の前でいくらなんでも失礼でしょ!
今度は百二十点スマイルを浮かべ、わたしは言う。はやくどっか行けという気持ちを存分に込めて。
「いえ、もう15歳にもなりましたので、将来のためにも苦手だとは言っていられなくなりまして。それでは、失礼しま――――」
「いやいや、どうせなんだしちょっと話そうよ。夜桜でも見ながら庭園の方に行かない?」
銀髪が強引にわたしの手を取った。
「いえ、わたしなんか。遠慮しておきますわ」
「遠慮していいのか? こいつ、カリディアン公爵家の跡継ぎだぞ」
そのとき、急にずっと黙っていた強面の男の人が言った。
て……カ、カリディアン? カリディアンの跡継ぎ? あの、優秀だけど女たらしで有名な?
「い、いえいえいえいえ! そんな! でしたらもっとご遠慮させていただきますわっ!」
怖い怖い! こんな人と関わったらなにを言われるかなにをされるか分かんない! 早く逃げたい! でも銀髪改め女たらしの手が離れない! 誰か~、助けて~!
わたしの心の声は届かない。
知り合いに助けてもらいたいところだけど、ここにわたしの知り合いはほとんどいない。お母様と、梨菜と、と……祐樹様は知り合いに入れてもいいのだろうか? どっちにしても二、三人! 人がいっぱいいるこの会場でたったそれだけ。わあ、マジでどうしよう! た~す~け~て~!
「あの、本当に結構ですから、離してくださいませんか?」
「それは嫌だな。こんなに可愛い子を捕まえられるチャンスなんだしね」
銀髪をさらっとかきあげる女たらし。
辺りを見回して、わたしは人々の視線がさりげなくこちらに集まっているのを感じた。
うわ、超恥ずかしい。離せ。いいから離せ。
「あ、お姉ちゃー…ん? あれま、ちょっと待ってて」
微かに追っかけ梨菜の声が聞こえた。ああ妹よ、助けてくれ。
「なんだ? はやく行こうよ」
銀髪がにこにこと言う。こっちに向けられてる視線に羨望が混じっていることにさらに混乱してくる。なんでー?
そのときだった。
梨菜が来るよりも早く、その人はわたしを救ってくれた。
「なにしてる、修。流華が嫌がってるじゃないか」
はっとした。
騒がしかった会場が静まり返る。
綺麗な低い声。
「祐樹様!」
弾かれたように顔を上げると、そこにはあの素敵なお顔があった。
わたしの手を掴んでいた銀髪の手から力が抜ける。
「大丈夫だった、流華? 僕の友人が迷惑かけてごめんね」
わたしに優しくそう言い、続いて祐樹様は銀髪に向き直った。
「今、流華は嫌がってたよな?」
「……お前、この子と知り合いだったのか」
「今、流華は嫌がってたよな?」
「……ああ」
有無を言わせぬ祐樹様の声に銀髪は俯いた。
銀髪がわたしの方を向く。思わずびくりとしたわたしの手を祐樹様がさりげなく握った。
「怖がらせてしまって済まなかった」
銀髪が頭を下げた。そのまま一向に顔を上げないのでわたしの方が狼狽えてくる。
「え、あ、えっと、その、も、もういいですから」
銀髪が顔を上げた。
「本当に、悪かった」
そのまま、銀髪と黒髪と強面の三人でわたしから離れていく。
一拍置いて、会場がまた騒がしさを取り戻す。
「大丈夫だったか?」
祐樹様がわたしの手を握ったまま、もう一度聞いてきた。
「は、はい」
がくがくうなずくと、祐樹様は安心したように笑った。
それから、わたしに向かって少しトーンを下げて問うてきた。
「そうだ、一緒に庭園で夜桜でも見ない?」
「え?」
「嫌ならいいんだけど」
ちょっと寂しそうになる顔にきゅんと来てしまうのは乙女心に違いない。
「えっと、わたしでよろしければ」
「やった」
祐樹様はわたしの手を引いて外に向かって歩き出した。




