22 真昼の夢
また遅くなってしまいました…!
すみません、短いです。
王宮の南の庭園には、夏特有の熱くて乾いた風が吹いていた。
綺麗に整備された草木が、そよそよと揺れている。
そこは、時の流れさえも忘れられそうな、穏やかな雰囲気に包まれていた。
南の庭園の、図書館塔に程近い大木の木陰にわたしはいた。
大きな幹に体をもたれさせながら座り、書物のページを捲る。読んでいるのは、めちゃくちゃおどろおどろしいミステリーだ。
…だって、恋愛ものとか読める気分じゃないし。読みたくないし。
また人が殺される。両手足と首を切断されて、ばらばらになった死体はあちらこちらに埋められる。
――わたしの心みたいだ。
いけない、何をポエム的なことを考えてるんだろう。考えるのは、この事件のトリックだ。
――ばらばら、ばらばら、ばらばらになった心は、あちらこちらに飛んでいく…。
三日、経っているのに。
今日は、サマーパーティーの日から三日目。
何かが変わった日から、三日経った。
まだ受け入れられずにいる、わたし。
夏季休暇に入って仕事はなくなった。みんなが里帰りしたり、友達と会ったりしてる中、わたしはなぜかここで本のページを捲っている。
「……」
本を閉じた。
ついでに瞳を閉じる。
そうすると、ゆうらりゆうらりと眠気がやってきた。そういえば、あれからあんまり寝ていない気がする。
わたしは、眠気に逆らわずに意識を手放した。
図書館塔に向かっているとき、大木の影にプラチナの輝きを見た気がした。
いや、気のせいだろう。まだ引きずっているのか。三日経っているのに。
彼女が、自分と目を合わせずに逃げるように去って行ったこと。自分の声では、彼女を引き留めることはできなくて。
そんなに彼女に会いたいのか。
まさか。ただの伯爵令嬢に過ぎない彼女に?
そんな自問自答に意味も無くて、嫌気が差す。
そのまま図書館塔に向かおうとして、ふと大木を見た。青々と枝を伸ばし葉をつけている木の隙間から、プラチナの輝きが見える気がする。
幻に決まってる、そう言い聞かせながら大木が作り出す木陰に入り込んだ。
二度目を擦ってから、それが幻でないことをようやく認めた。
木が作り出す、夢のような世界。幹にもたれかかって、彼女が眠っていた。
プラチナブロンドの綺麗な髪が、小さくて美しい顔を隠すように垂れている。光を透かす長い睫毛に、つやつやの唇。ピンクとオレンジでできたワンピースを纏って、天使のように存在していた。
ふと見ると、手元にはどっしりと重厚な書物があった。タイトルを見てみると、『ばらばら』。これは知っている。背筋が震える、ホラーなミステリー。普段彼女は読まないジャンル。天使のような風貌と真逆の奇怪さ。美しい少女が読むにはあまりにも似合わない、アンバランスな書。彼にはそれが意味することが分からなかった。
青みがかかった黒の髪が木漏れ日を受けて淡く輝いている。
「ん……」
そのとき、少女が小さく呻いた。
「××、×、さま……」
自分の名前が呼ばれたことに驚く彼。その意味するところを推測する。
「…かわ、ら、ない、で…」
甘えるような声音。いったい彼女はどんな夢を見ているのか。彼はプラチナブロンドをかきあげ、そっとその顔を覗きこんだ。
すぅ、すぅ、と漏れる息。唇は、もう開かない。
「○○…」
彼も彼女の名前を呼ぶ。睫毛が微かに震えた。そのことに驚き、音を立てずに彼は飛び退いた。
しばらくしてから恐る恐る戻ってくると、もう一度その顔を覗きこむ。
木漏れ日が舞い落ちる夢のような世界に、彼と彼女はふたりきりだった。
「今なら、いいかな…?」
彼は小さくつぶやいた。そして、幹にもたれながら彼女の隣に座り込む。
「何したか、僕には分かんないんだけど…」
彼女の髪を梳く。
「ごめん。謝るから」
眠ったままの彼女の頭に顔を近づける。
「いくらでも、謝るから」
唇を、甘い香りのする髪に寄せた。
「……だから、また話したい」
すぅ、と。
彼は彼女から少しだけ離れて、目を閉じた。
少しだけ。
少しだけ、貴方の傍に居させてください。
夢を見ていた。
内容は覚えていない。でも、なぜだか酷く心が痛くて、あんまり良くない夢だったような気がする。
もう帰ろうかな。
そう考えて立ち上がろうとしたとき、わたしは幹に、誰かがもたれているのに気付いた。しかも、寝てる。
誰だろう? そう考えて顔を覗きこんで、わたしは文字通り飛び上がった。
「ゆっ、ゆゆゆゆゆ……!」
青みがかかった黒の髪が、柔らかく輝いている。
わたしを見てここに来たのだろうか。
だとしたら…う~ん、複雑だ。
祐樹様は何を考えているんだろう。でも、きっとそれはわたしには理解できないことなんだろうな。
今、一番会いたくて会いたくなかった人が一番近くにいる。
三日ぶりに脳みそがよく動いた。
このまま先に勝手に帰っていいのかな。でも、起きるまで待ってて下手に目を合わせたら気まずいし…。
ええいっ、もう!
わたしは本から栞を抜き出した。
ハッと目を覚ますと、隣から人の気配が消えていた。
僕を見て、流華は何を思ったのだろうか。ひょっとしたら、いきなり何の断りもなしに隣にいるなんて! と怒っていないだろうか。ああ、寝るつもりはなかったのに。寝たとしても、もっと早く起きるつもりだったのに。
自分自身にイライラしながら立ち上がったとき、何かがひらりと落ちた。
「…ん?」
拾ってみて、それが紙製の栞だと気づいた。水辺の睡蓮が描かれている。流華が忘れていったのだろうか。
そう思いながらもっと顔を近づけてみて、びっくりした。
睡蓮の下の方に、走り書きしたような文字があった。
『会えて嬉しかったです』




