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21  残酷に、世界はまわる〈サマーパーティー後編〉

更新遅くなってすみません…。

これで、サマーパーティー編は終わりです。

 麗羅様はわたしを罵る言葉を惜しげもなく撒き散らしていた。

「わたくしは皇太子妃の最有力候補の公爵家令嬢、貴方はたかが伯爵家の娘に過ぎないでしょう? このわたくしがあのスプリングパーティーに来ていることだって知っていたでしょう? それなのに、この国の未来を担い、わたくしの未来の夫となる皇太子になんて、軽々しく近づいていい相手じゃないのよ? それを分かっているのかしら貴方は?」

 あぁ、お嬢様がこんな言葉を使うなんて。

 …と、現実逃避気味のわたしをまた、麗羅様の罵詈雑言が現実に引き戻す。

「どうせ、自分は特別だと思っているんでしょう? 少し優しくされたからって! あんたなんか、祐樹にとってはそこらに掃いて捨てるほどいる令嬢の一人に過ぎないのよ!」

 おおぅ、ついに〝あんた〟呼ばわりになりましたな。

「もうっ、何か言いなさいよ! それとも何? わたしは余裕ですって? ほら、何か言ってごらんなさい!」

 と、言われましても。

 わたしにはこの状況が8割方理解できてないわけでして。

 理解できてる2割は、どうやらわたしが祐樹様のことが大好きで、自分は好かれていると思い込んでいる……と思い込まれているところだ。なぜそうなった。

 実に厄介な。

 わたしが思案していると、苛々とした口調の麗羅様が目と頬の端を引き攣らせながら畳み掛けてくる。

「その、真面目ぶったような間抜けなような顔が苛々するのよ! どうせ祐樹の前では、もっと女性らしい可愛い微笑みでも浮かべているんでしょうけど!」

 気づいてみれば、麗羅様取り巻きズの雰囲気も先程より険悪。だいたいこれ、不利じゃない? 1対何人よ? か弱い女の子相手に、女王様が威厳をふるうなんて、なんて大人げないことを。あ、か弱くない?

「ちょっと! さっきから何も言ってないじゃない! 何か言ってごらんなさいよ! それとも口も開けないの?」

 ……そろそろ、あれですな。

 堪忍袋の緒が切れる、ってやつね。

 いくらわたしが伯爵令嬢で呑気で適当で、麗羅様が美人で公爵令嬢で皇太子妃最有力候補だったとしても、だ。さすがにこれは頂けない。人の神経を逆撫ですることに関しては超一流ですね。

 わたしはゆっくりと口を開いた。

「口なら開けますし、お話もできますが」

「じゃあ何で何も言わないのよ?」

 ヒステリックな声色に、耳を抑えたくなるが我慢。わたしは人の悪い笑みを浮かべた。

「なぜと仰いますか…。ええ、そうですね…貴方の言っていることが、あまりにも頓珍漢トンチンカンで滅茶苦茶で筋が通っていなくて、呆れていたからでございます」

「なっ――」

 麗羅様の頬に、カッと血が上った。あーあ、怒っちゃった。でもしょうがないよねー。

「何よ! あれだけのことをしておいて、自分は悪くないと仰るつもり? いい加減なことをまだ言うのね! なんて奴なの!」

 あっ、ついに〝奴〟呼びになった。どんどんわたしの好感度が下がってるようですねー。あ、元から好感なんて持たれてなかったか。

 わたしは丁寧に説明する。

「ああ…すみません。説明不足でした。わたしは、祐樹様に恋愛的な意味での好感は持っておりません。ですから、麗羅様の言っていることは、何かの間違いだと思うのです。麗羅様は、安心して祐樹様を好きでいたら良いと思うのですが?」

 麗羅様は美しい顔を歪めた。

「そんなわけないっ! だって、だって…祐樹が…っ」

 わたしは驚いた。

 …なぜ、突然泣くんですか。

 顔を覆ってしくしく泣く麗羅様と、慰める取り巻きズ。

 わたし、何か言ったかね。

 すると、麗羅様がしゃがんだ状態からキッとわたしを睨んできた。

「いい加減にしてちょうだいな。本当のことを言ったらどう? その方がまだ納得できる。その、慇懃無礼な仮面をひっぺがしてやりたいわ」

 本当のこと…も何も。

「わたし、先程から本当のことしか言っていませんが…」

「それが嫌なのよっ!」

 突然。

 麗羅様の手が伸びてきた。白くて細い綺麗な指に、豪華に飾られた鋭い爪。それらが、一直線にわたしの頬を狙って――わたしは思わず目をつぶった。

 ――しかし、衝撃は来なかった。

 恐る恐る目を開ける。

 麗羅様の手首が、がっしりとした手で掴まれていた。

「…ゆ、祐樹……」

 麗羅様が、力が抜けたようにへたり込む。

「な、何でここに…?」

 焦ったように言いかけてから、かぶせるように言葉を紡ぐ。

「あ、会いたかったですわ。こんなところにいてごめんなさい」

 麗羅様が、甘さの混じる柔らかな声音と、どことなく妖艶な仕草で、祐樹様の腕をその豊満な胸に包み込む。さっきからは想像もできないほど。

 と、黙ったままの祐樹様に、麗羅様が訝しげに訊く。

「ねぇ、どうしたの? 何か言って下さらないの? わたくしと会えたのに」

 そっと祐樹様の顔を覗きこみ、上目づかいで小首をかしげる麗羅様。

 そのとき、祐樹様が低い声で言った。

「レイ、ラ……」

「何?」

 甘い声で答えた麗羅様に、祐樹様は冷たく言い放った。

「僕より先に、謝る相手がいるだろう」

「え?」

「とぼけるつもりか? お前は人を傷つけようとしたんだぞ。それなのに、そんなことは棚に上げて僕に色目を使うのか」

 今まで聞いたことが無いくらい、祐樹様の声は蔑みに満ちていた。

 あ、う…と麗羅様が唸りながらわたしをちらりと見た。一瞬顔を苦しげに歪めて、それから毅然とした表情に戻る。

「わたくしは、祐樹に言い寄る身の程知らずの女に常識を教えて差し上げただけですわ。そんな奴に、どうしてわたくしが謝らなければなりませんの?」

 あっ、と思った。

 祐樹様の顔が、苦々しく歪んだから。

 今更気づいたって、もう、遅い。

 祐樹様が、侮蔑と、軽蔑と、怒りの籠もった視線を向け、身の竦むような低い声で鋭く言い放った。

「そうか、お前はそんなことも分からないのか。それなら、もう二度とお前とは話したくもないし顔を合わせたくもない」

 麗羅様が、がっくりと項垂れた。ひくり、ひくりとしゃくり上げながら、最後の抵抗を試みている。

「そん、なっ…! わたくしはただ、祐樹のためを思って…っ」

「僕はそんなことを頼んでいない」

 それが、トドメだった。

 さめざめと肩を震わせて泣く麗羅様を、祐樹様は無感動な瞳で見下ろしながら、触れているのも嫌だというように掴まれていた手を引っぺがした。

 わたしは、ここまでの一連のやり取りを、一番近くで見ながら一番遠くで見ているような気がしていた。

 いつも優しかった祐樹様の冷酷さを、美しい令嬢の傲慢さを。わたしの知っている人の、全く違う顔。

 

 ――わたしは、どこか別の世界に来てしまったのかもしれない。


 むしろ、そうであってほしい。

 そうでないと、わたしが壊れてしまいそうで。

 初めて、人が怖いと思った。

 人といて、全身の毛が逆撫でされるような、本能の恐怖。

 広いようで、狭い世界の中で生きてきたわたしが初めて目の当たりにした、ふたつの人の在り方。優しくて冷酷な人と、美しくて傲慢な人。

 キラキラと輝く星空が、今のわたしの唯一、変わらないものだった。

 わたしが知っていると思っていたものは、全て偽りだったのか。


 ――わたしは、どこか別の世界に来てしまったのかもしれない。


 どこかぶっ飛んだことを考えながら、わたしは冷静だった。

 ぺこり、と祐樹様に頭を下げる。

「ありがとうございました、困っていたところ助けていただいて」

 顔を見たくなかった。

 わたしの知っている祐樹様の顔では、なくなっている気がしたから。

 くるりと踵を返す。

 後ろで、麗羅様がわたしを罵倒する言葉を投げかけているのを知っていた。

 祐樹様が、わたしを引き留める言葉をかけてくれているのを知っていた。

 だけど、立ち止まることはしない。

 変わってしまったものを、認めたくないから。

 わたしは、パーティーの喧騒の中に戻っていく。知り合いと挨拶をしたり、お話をしたり、美味しいものを食べたり、誘われるままにダンスをしたり。

 変わらないパーティーの様子。

 変わってしまった、祐樹様の人間像。


 残酷に、世界はまわり続ける。

二人の仲を進展させるはずが、こんなことに…。

どうしてこうなった!

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