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20  勝手に修羅場〈サマーパーティー中編〉

 一応家族みんなでぞろぞろと、貴族さんたちに挨拶をして回る。堅苦しいのは嫌いなんだけどなぁ、とこっそり欠伸をしたら、お母様にはばれていたみたいで頭をバシンとはたかれた。地味に何気に痛いんですが? という思いを視線に込めて睨んだんだけど、お母様はどこ吹く風でスルーしやがった…。チッ!

 

 一通り回り終わったところで、わたしはそそくさと逃げ出した。もうこれ以上付き合ってられないわ!

 ということで、実はわたしと同じ気持ちだったらしい梨菜と一緒に会場をふらふらすることにした。

 真っ白なテーブルクロスのかかったテーブルに所狭しと並べられた、美食の乗ったお皿の数々。ヤバい、涎が。女の子なのに。しかも今日は丁寧にお化粧もしてもらったのに。

 梨菜と一緒に美味しい料理をちまちまと口に運びながらおしゃべりをする。

「これ美味しいねー!」

「お姉ちゃんは王宮にいるのに、こんな感じの美味しさのものは食べてないの?」

「ただの学者と王族で扱いが違うのは当たり前よー。でも学者棟のでも十分美味しすぎるけどね」

「へー」

 うん、美味しい美味しい。余は満足じゃ、って気分だ。

 わたしがほくほくしていると、梨菜が不意にわたしの方を見つめてきた。

「――ねぇお姉ちゃん、」

「?」

 梨菜は言うのを躊躇っているようだった。言葉を切ってから、なかなか次の言葉が出てこない。いつもペラペラとよくしゃべる梨菜が。わたしは美味しい料理を口に運びながら、のんびりと梨菜の言葉が出てくるのを待った。

「――さっき言ってたさ、お姉ちゃんにサマーパーティーに出るように言ってきた人って、あのアルフェリータ侯爵家の次女さんでしょ?」

「っえ、えぇ。そうだけど……」

 わたしの言葉が詰まりがちになったのも仕方がないと思ってほしい。

 わたしは、桜子さんの名前は一言も出していない。大学の友人ならたくさんいるし(主に男性だけど)。

「梨菜、桜子さんのこと知ってたの?」

「知ってるも何も…」

 梨菜は嫌悪感を隠そうともせず、顔を歪めた。

「この間、アルフェリータ家主催の夜会に行ってきたの。そこであの、桜子…」


「あたしに何か御用かしら?」


 突然割り込んできた声と、流れる銀髪。梨菜がわたしにしか見えないように顔を顰めたのが分かった。

 わたしが呆気にとられていると、桜子さんは悪戯にわたしの頬をちょいちょいつついた。

「ちょっと、何か言いなよぅ」

「…さ、桜子、さん…?」

 わたしは呆然とその名を呼んだ。

「い、いいいいいつの間に!」

「いつの間にじゃないわよ、あたしが来てるのは分かってたでしょうに」

 不満げにほっぺたを膨らませる桜子さん。そういうどうでもいい仕草にも色気が漂うあたりさすがだ。

 と、わたしの手を梨菜が掴んだ。そして、ものすごく敵意の籠もった目で少し高い位置にある桜子さんを睨む。

「あらら、そっちの可愛い女の子はあたしに恨みがあるようね?」

 桜子さんがからかうように梨菜を見る。梨菜のほっぺたがぷくぅと膨らんだ。

 わたしは慌てて、

「ちょ、ちょっと梨菜っ。止めて? ね、一回睨むの止めて?」

 でも、ますます梨菜の目は険しくなっていく。それを余裕の微笑みで受け止める桜子さん。

 ……ヤバい、この辺りだけ空気が冷たい。今夏だよ? すごい暑いんだよ? でも、何か、寒気が…。

 先に旗を翻したのは梨菜だった。「チッ」と小さく舌打ちすると、わたしの腕を掴んでどしどしと歩いていく。相変わらず包容力のある笑みを浮かべたままの桜子さんに「いいわよ、しばらく可愛い妹さんのお相手をしてきなさい」と言われながら、わたしは梨菜に引っ張られるまま連れて行かれた。


 梨菜が足を止めたのは、花々と草が生い茂る庭園の奥だった。

 それまでどしどしと無言で歩き続けていた梨菜は唐突に立ち止まり、ぼんやりとくうを見つめていた。

 わたしはあわあわしながらも、近くのベンチに並んで座った。

 梨菜が何も言わないので、わたしも一緒になって空を眺める。

 サマーパーティーのためにみことのりでも出されたのか、今夜は王都の明かりは少なかった。そのお蔭で、星が良く見える。

 宝石箱をひっくり返したように空に散らばる無数の星。手を伸ばしたら掴めそうで、でも絶対に掴めないそれらは、儚く瞬いていた。そして、一際輝く丸みを帯びた月が、優しく地上を照らしていた。

 

 それは、夢のように、一夜ひとよの夢のように。


「――お、姉ちゃん」

 夢に見惚れていたからだろうか。

 一瞬、梨菜の声に反応できなかった。遅れて顔を向けると、らしくない、真面目な表情をしていた。

「さっき、言いかけたことなんだけど」

「うん」

「あの、桜子=アルフェリータってね、今話題の令嬢なの」

「そうなんだ」

「そうなの。…でもね、良い意味での話題じゃなくって、その…」

「うん?」

「あんまり良くない噂があってね…」

「ど、んな?」

「――人を裏切ること、してるんだって」

「………え?」

 思わずわたしは訊き返した。梨菜は気まずそうにしながらも、わたしが促すと続きを話し始めた。

「ヤバい人と繋がってるらしいの。その…なんて言うかね、密輸だとか反逆とか、そういうのじゃないんだけど……」

 梨菜はまた言葉を切った。言いよどむように。逡巡して。

「いわゆる、ゴーストライター、とか」

「……」

「人の研究結果とかレポートとかを盗む、とか」

「……」

「この前の夜会でね、言われたの」

「……」

「『貴女のお姉さんの論文とか、レポートとか、すごく素晴らしいわよね。あたしも似たようなのやってたんだけど、いっそのこと使っちゃおうかしら?』」

「……」

「……」

「……そ、う、なん、だ」

 久々に発した声は掠れていた。

 嘘だと思う。でも、それを真っ向から否定できないのが悔しい。

 ――桜子さんなら、やりそう。できそう。

 心のどこかでそう思ってしまう、わたし自身が、憎い。

「だから、その…気をつけてねって、それだけ」

 それだけ。それだけのことを言うのに、梨菜がどれほどの勇気を要したことか。わたしが桜子さんを慕っていたから、気を使ってくれたのかもしれない。

 だったら。

「ありがとう。気をつける。でも、決定的な何かが出てくるまでは、わたしの信頼できる友人だから」

 そう言うしか、ない。

 決定的な何かが出てこないことを、祈るけど。


 微妙な空気になってしまったので、わたしは「またあとでね」と告げてその場を離れた。さっきはなし崩しになってしまったけど、ちゃんと桜子さんに挨拶しとかないと。

 そう思って、早歩きで屋内の会場に戻ろうとしたとき。

 目の前に、数人分の人影が出てきた。

 艶やかな黒髪と、滑らかな白い肌が綺麗な、赤い瞳の美女を筆頭に、彼女を守るように立つ取り巻きたち。

 …嫌な予感しかしない。

「こんばんわ。わたくしを、ご存知かしら?」

 残念ながら。社交嫌いのわたしでも知っていました。

「勿論でございます。麗羅レイラ=クラヴィエ様」

 わたしは深々と頭を下げた。

 こういうときは、下手に出るに限る!

 …あぁ、厄介な。


 麗羅=クラヴィエ。クラヴィエ公爵家の長女。

 にして、皇太子妃の最有力候補。

 クラヴィエ公爵が、現在の王の従弟にあたるとかなんとか。(わたしが知っている限りでは。もっと強い繋がりもある…かも。)

 何が言いたいのかと言うと、出来る限り関わりたくない相手だということだっ!

 それなのに…、わたし、何かしたっけ? もしお気に障ることをしていましたら、今すぐ頭を下げてへこへこ謝りますが。いや、麗羅さんと直接お話しするのはこれが初めてだ。ほんとに何したんだろう…。


「ちょっと、貴方! 聞いていらっしゃるの?」

 麗羅様の声にハッとするわたし。危ない危ない…今何を仰ってました?

「調子に乗るなと言っているのですわよ? 分かっていらっしゃる?」

「へ…ちょ、調子ですか?」

 はっ! 思わず素が出てしまった!

「ハッ、とぼけるおつもり?」

 沸き上がる高笑い、嘲笑されるわたし。なんか、すごい惨めな気分。

「つまり貴方は余裕だと仰っているわけね」

 どうしよう、マジで話が掴めない。

「えっと、あの…本当に、何のことでしょうか…?」

 わたしが控えめ~に訊くと、麗羅様の眉間に皺が寄った。怖い。怖い!

 麗羅様取り巻きズもどす黒いオーラを発している。

「わたくしを差し置いて、祐樹に少し優しくされたからってのぼせあがらないで! 自分がどういう身分でどういう立場か分かっているの!?」

 ………はいぃ?

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