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2   王宮にて

 図書館で学者団に入ると決めてから一週間ほど経った。その間、わたしは卒論やらなんやらを考えるのに忙しかったけど、学者団の方とも何回かお話した。

 そういえばわたし、大学で古文と物理両方首席卒業予定なんですけど、古文学者か物理学者かどっちになるんでしょう?

 と思っていたら、オルコットさんから兼任してくれと頼まれた。いいですよ、と返事をしたら部屋はふたつ分の広さにしますかと言われて、慌てて断った。わたし、一介の伯爵令嬢ですけど、そんなに気ぃ遣わなくて大丈夫ですよ? 図書館で眠っちゃって気づいたら朝って感じでも平気だし。

 

 家族には王宮直属学者団に入ることにしました、と報告したらみんなわたしが住んでいるアパートまで目の色を変えて飛んできた。

 まず母が、王宮で通じる礼儀とマナーを教えに来た。

「違う、もっと優雅に持って!」

「は、はいいい、お母様!」

 どうやらわたしは、このまま社交界に出たらヤバいようだ。

 続いて妹と兄が、ダンスを教えに来た。

「だから、そうじゃないって言ってるでしょ、お姉ちゃん! ここのステップは、右足から!」

「流華! もっと笑顔になれ!」

「は、はいいい!」

 そういえばわたし、ダンスってしたことなかった。

 最後に父が、女の子として普通は持っているはずのものをどっさり持ってきた。

「こんなに持っていくの? 絶対要らないわ!」

「いいや、これでも普段梨菜リナが使っているものより全然少ないぞ! 全部持っていきなさい!」

「は、はいいい、お父様!」

 なに、妹のくせになんでわたしと違って女の子してるの! 

 ……こうしてみると、わたしがいかに普通ではなかったかということが分かる。ごめんなさい、みんな。


 大学の友人(主に男性)にもこのことを言ったらすごく驚かれた。

「なになになに、玉の輿ってやつ?」

「いや、違うけど。学者だよ? そんな、パーティーとか出るわけじゃないし」

「あれだよねー、流華って綺麗だからさー、つい皇太子様とかに見初められちゃったりして」

「いや、真面目に言うけどわたし平凡だし」

「いいなー、学者団なんて。俺も一緒に行きたいんだけど」

「頼んでみれば? わたしはだけど」

「ってか大丈夫なの? 王宮なんて無駄に贅沢で研究室で寝泊まりしてるような俺らからすれば眩暈がするんじゃないの?」

「それはちょっと心配」


 そうこうしているうちに、卒業式があり、ほどなく王宮に引っ越すことになった。

 これからはお付きの侍女もいるそうで、遠慮したんだけど学者団の皆さんもみんなひとりはいるということで、諦めた。

 その侍女さんが、今日は手伝ってくれるという。こんな朝早くから、悪いなあ。

「こんにちは、侍女の汐音シオンですシャネリア様、これからよろしくお願いいたします」

 そういう彼女はすごい可愛いひとだった!

 ミディアムのブラウンの髪はくるくるしていて、サファイアのような瞳が印象的な、わたしよりちょっと上なお姉さん。これ、侍女でしょうか? 平凡なわたしが霞みますよ!

「えっと、流華=シャネリアです。あの、流華でいいので!」

 とりあえずそれだけ言った。ていうかこれ以上なに言えばいいかわかんない。

「そうですか、わかりました。――――では流華様、準備に取り掛かりましょう。昼過ぎには業者がいらっしゃいますので」

 完璧なスマイルを浮かべてわたしに言った。

 さすが王宮の侍女さんだけあって、動きも素早くて優秀そうだ。

「えっと、汐音さん? わたし、なにをすればいいですか?」

 わたしの家なのに、なにをすればいいか全くわからない。

 汐音さんが首を傾げた。

「流華様は座っていらっしゃっても大丈夫ですよ。あと、敬語と〝さん〟は要りませんので」

「え、ええ? やだ、わたしもなにかするわ。えーっと、汐音?」

「そうですか。でしたら、こっちのものを詰めておいてくださいますか?」

 なんだろう。ずっと侍女がいない生活をしていたからだろうか、自分でなにをしたらいいのかがわからないというのが不思議だ。


 お昼過ぎ、言った通り業者さんがいらっしゃった。

 結局、汐音にあれこれ言われて動き回り、しかし効率が悪かったのか「流華様はもうお休みになってください」と言われたわたし。ちょっと複雑。

 自分が大学生活をしていた部屋から次々と荷物が運び出されて、やがて空っぽになった。

 わたしは部屋にお礼を言って、汐音に促されるまま、アパートを出た。

 そして。

「こ、こんな大きな馬車に乗って……?」

「いいですから、早くお乗りくださいませ」

「うっ、御者のひとがすごい怖そう」

「そんなことはございません。とても優しい方です。仮にも、王宮の使用人をまとめる立場にある素晴らしいお方です」

「汐音、余計なことを言うな。流華様、早くお乗りください」

「すみません」

「うっ、すみません。乗ります」

 わたしは恐る恐る馬車に乗り込んだ。

 馬車の中は広々としていて、椅子のクッションがすごく気持ちよかった。こうなると疑問になってくる。わたし、ただの学者だよね? こんなにおもてなしされていいのかな?


 ゆったりした馬車の揺れに寝そうになったわたしだが、何とか堪えた。

 数十分後、王宮に着いた。

 初めて見る王宮は、思っていたよりずっと豪華だった。さすが。

 わたしは、汐音についていった。

「ここは正殿です。王様たちがいらっしゃるところです。あちらは東の殿で、皇太子様がお住まいになっているところです。わたしたちのようなものが近づくと注意されますので」

 ぐるりと東の殿の横をまわって、広い庭のようなところに出た。

「ここが南の庭園です。正殿や東の殿の後ろにあり、王様たちもときどきやってきます。――――そこにあるのが、図書館塔です」

 わたしは目をやった。

 呆れるほど大きな塔が、正殿と東の殿の間くらいに立っていた。それでも庭としての景観をちっとも崩さないあたり、庭の広さがうかがえる。

「こちらが、学者棟になります」

 汐音が手で指した。

 そこには、正殿や東の殿と比べたらいけないような建物が建っていた。でも、十分立派だ。生石灰の壁がピカピカしている。

「どうぞ」

 わたしは学者棟に足を踏み入れた。


「こちらが、流華様のお部屋になります」

 汐音がそう指し示した部屋の、重厚なドアをわたしは開けた。

 そこは、白と紫を基調とした部屋だった。

 ベッドは天蓋こそついていないものの大きくて、白い机には紫の模様が描かれていた。レースのカーテンには紫の糸でお洒落な模様があしらわれている。

 ――――思っていたより広いし、豪華だ。

「わたし、こんなところに住んでしまっていいんでしょうか」

「もちろんです」

 ちょっと不安になってしまったわたしだった。

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