いけにえ
「う、うそっ……」
誰かがちいさく呟いたその言葉は、俺たち全員の心情を見事に表現していた。
ラザニアが、負けた。
鼻血を垂らして、目をぐるぐる回して。
74もあったラザニアのHPが、たった一撃で、軒並み吹っ飛ばされた。
何より――あの、部屋のド真ん中に鎮座する、あの氷塊。
ロクに溜めもしないで、あんなもんのすごいモンを出せるだなんて……。
な、なんじゃ、そりゃあっ!?
常識外れにも程があるぜ!
「ふむむ。致命的な大ダメージからの、奇跡の超パワー復活……なんて展開も、このザマじゃ、ありえなさそうねえ」
「きゅう~……」
一方の女の子は、いたって平然とした表情だ。
カエルみたいにひっくり返ったラザニアを、面白そうに爪先でつついている。
な、なんてこった。
かわいい顔して、ヤバすぎるぜ――あまりの恐ろしさに、膝が震えてくる。
あんなに強いのかよ、本物のモンスターってのは!?
「……あ……あなたはっ」
「あら?」
みんなが恐怖に打ち震える中、力強い声が響き渡った。
いや、力強いってよりは、怯えを必死に押し殺してるみたいな感じだ――
その主は、言うまでもない――聖女様だ!
汗の滲む頬を拭い、彼女は更に言葉を連ねた。
「あなたは、いったい何者なのですか!? その桁違いの魔法力……ま、まさか、邪神っ!?」
「あはは、まっさかあ。私如きザコと邪神さまを比べちゃ、バチが当たるってものよ」
「ざ、ザコっ!?」
ケラケラと笑う女の子――嘘をついているふうではない。
し、信じらんねえ。
こんだけ強くてもなお、邪神にゃ遠く及ばないってのかよ!?
やがて、彼女は冷たい笑みを浮かべ――
「――ああ、そういえば」
冷たげな青色な髪を、ふわりと掻き上げた。
巻き上がったサファイア色の軌跡が揺れて――
ラザニアを倒した氷塊が、ぱりんと音を立てて砕け散った。
粉々になった氷クズは淡い銀色に染まり、さらさらぱちぱち宙を舞う。
「ちゃんとした自己紹介が、まだだったわね」
こ、これって、ステータス測定の時と雰囲気が似てないか?
舞い踊るとりどりの光の粒が、宙に描き出したのは――
◇ロゼット / 宵越しの血吸い姫
・レベル:37
・HP :52
・MP :178
・力 :19
・素早さ:58
・精神 :78
・武器 :ロウソクの杖
・防具 :冬空模様のドレス
・攻撃力:43
・守備力:50
・魔法 :冷気の術(上級)
疾風の術(上級)
麻痺の呪い(中級)
魅了の呪い(上級)
HP吸収(中級)
MP吸収(上級)
……は、はああああああっ?
れ、れべる、さんじゅうなな?
待って、待って待って、分かんない、意味分かんないよ!
人間の凄腕戦士のレベルが7で――
それよりも更に強いラザニアが、レベル11で――
んで、あの子が、レベル……37!?
な、なんだよそれっ、反則だ!
どう考えたってインチキだよ、インチキっ!
想定外に次ぐ想定外、イレギュラーの連続。
そして次々に上がる悲鳴……。
あまりにもたくさんのことが、いっぺんに巻き起こってしまったせいで、流石にみんなヘトヘトの状態だったけれど……。
それでも、それでもなお手加減ナシですっ飛んでくる理不尽に、絶望の声を上げることは忘れられなかったのだ。
「それじゃあ、まあ。改めまして」
――ニタリ。
青白い彼女の肌を切り裂くみたいに、真っ赤な口が現れて――
鋭くとがった牙が、いかにも残酷っぽく輝いた。
「我らがモンスターの偉大なる主――邪神さまに使える魔王がひとり。“宵闇の血吸い姫”、ロゼットです。以後、お見知りおきを」
!?
あはっ、あはははは……。
な、なーんかバカみたいに強いと思ったら、ま、魔王、魔王かあ。
うふふふふ。
そりゃ、ラザニアも勝てないワケだ。
なーんかもう、おっかしくなってきたなあ。
もう笑うしかねえや、いひひひひっ。
「ひいい、せ、聖女様っ! こ、これから、一体どうすれば――」
「うろたえないで、じいやっ。……悔しいけど、ここは一旦引くしかありません。ラザニアも、今回はたまたまヤツの攻撃に敗れてしまいましたが、諦めなければ、きっとまたチャンスは訪れるはずです!」
何やら聖女様が仰られている。
まあ、もう、どうだっていいさ。
ぜーんぶお終いだよ、お終い。
「そ、そうですなっ! 我らが人間の希望の象徴たるラザニア殿と聖女様を、ここで失う訳には参りませぬっ!」
「ですが、この場にいる全員を逃がすには、どうしたって時間が足りない……! 誰かが囮役をしなければ――ヤツの興味を惹くに値する、誰かが!」
「や、ヤツの興味を、ですか? しかし、そんな者が居るワケ――あっ」
んあ?
なんか、みんなの視線が俺の方に向かってきてるような。
「さあて。お喋りは終わったかしら、皆様方?」
「ええ。ですが、一つ――あなたに言っておかねばならないことがあります」
「へえ……?」
女の子――ロゼットが、わずかに目を細めた。
聖女様は、大きく息を吸い込み――
「――そこにいる、ボサッとしたツラのチビ助!! 実はそいつも勇者ですんで、私たちを襲う前にまず、そっちを攻撃した方がいいですよっ!?」
すさまじい大声と共に――俺の方を、突き刺すみたいに指差した。
…………え?




