性格最悪な幽霊
ご覧いただきありがとうございます。
第3話です。なかなか話が進みませんが、まったりとしたペースで話を進めますので、ゆっくりとお付き合いいただければ幸いです
「今日のデート、何着て行くの?」
幽霊の晴香が誠に尋ねた。
「シャツがこれで、このズボンを履いて、このジャケットを羽織ろうかな」
誠が選んだのは、ストライプのシャツにカーキ色のズボンに同じくカーキ色のジャケットだった。
「ダッサ……私と付き合ってた頃もセンスなかったけど、センスの無さが当時よりグレードアップされてるわ」
晴香が空中に浮かんだまま呆れたような顔をした。
「服のセンスは元々良くないから、今更どうにもならないよ」
誠は晴香の言葉を無視して服を着替え始めた。着替えの様子を見詰めていた晴香は、何かを思い出しように誠の目の前に移動した。
「今の私の服装だと、仕事に行く時みたいだから、私も着替えよっと」
晴香はOLが職場で着るような服装である。晴香がサッと手をかざすとTシャツにデニムのショートパンツという姿に変化した。
「へぇ……」
誠は思わず見とれてしまった。その様子を見た晴香はニヤリとしながら浮いたままその場で宙返りをして見せた。
「待てよ、お前もデートに来る気か?」
誠は晴香に確かめた。
「当然、私も行くわよ。何も手出しは出来ないんだから、気にしなくていいわ」
晴香はあっけらかんと言うが、誠は頭を抱えてしまった。
「頼むから家で待っててくれないかな。いくら他人には晴香の姿が見えないとはいえ、僕が気になってしまう」
誠としては、幽霊とはいえ元カノに監視されながらデートなど出来るはずはない。
「嫌よ。元カノとして、今カノが誠にふさわしいかどうか見定める義務があるから」
晴香はにべもなく誠の頼みを拒絶した。
「あっ、そうそう。外では私に話し掛けたりしないでよ。他人には私は見えないんだから、独り言を言ってるように見られるわよ」
「話し掛けないよ。どうせお前は僕にずっと話し掛けて来るだろうけど、相手にしないから」
誠は晴香の性格をよく理解しているから、デート中もずっと邪魔をしてくるのは予測済みだった。
「さて、そろそろ出掛けるかな」
誠は立ち上がって玄関に向かった。晴香は浮かんだまま誠の後ろを付いて行く。
「どこで待ち合わせしてるの?」
玄関を出たところで晴香が話し掛けてきた。
「……」
誠は話し掛けられても、他人に見られる可能性がある場所では返事が出来ない。
「ここは誰もいないから大丈夫よ」
晴香が苦笑いしながら更に話し掛ける。
「……」
それでも誠は黙っている。
「そうだ! スマホを耳に当てて話せばいいじゃない。そうすれば、他人からは通話しているように見えるから」
晴香がアパートを出て表の道を歩く誠の前方にフワフワ浮かびながらドヤ顔で言った。
誠はなるほどと言った表情でうなずきながらスマホをポケットから出し耳に当てた。
「で、何だって?」
誠が晴香に尋ねた。
「どこで待ち合わせしてるの?」
「駅前だよ」
「歩いて10分あれば行けるわね。先に行ってるわ」
晴香は凄い速さで飛んで行く。誠は呆れ顔でそれを見詰めていたが、晴香から解放されて少しホッとしていた。
誠は歩いて駅に向かった。駅に着いたら晴香がどこかに行っててくれたらいいと思ったのだが、駅が見えるあたりに来ると、誠の姿を確認した晴香が空を飛びながら誠に向かって手を振っている。
「ほら、早く早く」
晴香は誠の前まで飛んで来た。
「相手の子はどこ?」
晴香がわざとらしくキョロキョロしながら誠に尋ねた。
誠はスマホを出して耳に当てた。
「まだだよ。僕が先に来るように出たから」
「じゃあ、駅の入口前で待ってましょうか」
誠は駅の入口前に立って樹里が来るのを待っていた。
この駅はそんなに大きな駅ではなく、駅前といってもロータリーがあり、バス停が一つとタクシーが数台待機出来る程度である。
駅周辺もただの住宅地で賑やかな場所もない。駅入口に立つ誠から見える建物で目立つのはマンションくらいである。そのマンションの一階がコンビニになっているのが唯一の商店だ。
「あっ、あの子じゃない?」
晴香が駅に向かって歩いて来る誠と同年代の女性を指差しながら言った。
誠はいちいちスマホを耳に当てるのが面倒なので黙って首を振った。
「じゃあ、今向こうから自転車でこっちに来てるあの子?」
駅前の道を自転車で駅に向かう女性を晴香は指差した。誠は再び首を振った。
「まだかなぁ〜どんな女性なのかしら」
晴香がニヤニヤしながら誠の方を見詰めた。誠はため息を吐くしかなかった。
「あの、三宅さん?」
後ろから突然声を掛けられ誠はビックリして振り向いた。やはり、駅前を眺めていた晴香も驚いた表情で声のする方向を向いた。
「待ってました」
樹里が駅舎の中から歩いて出て来た。
「今村さん、先に来てたんだね」
誠は樹里が先に来ているとは思わなかった。待ち合わせ時刻より10分以上早く着くようにしていたからだ。
「30分前から来てました。私、ギリギリに着こうとするとモタモタして遅れる事が多いから、思いっきり早く着くようにしてるんです」
樹里が恥ずかしそうに微笑みながら言う。誠は自分の隣にいる晴香が気になって横目で晴香を見た。
晴香は驚いたというよりショックを受けたような表情で樹里を見ている。
「誠、こんな若い子だったの?」
晴香は顔に不快感を滲ませた。
「私が死んで好きな女のタイプが年齢の離れた年下になっちゃったの?」
晴香は誠を睨みながら早口で行った。
誠は返事は出来ないが、これは晴香がブチ切れる前兆だと察した。
「三宅さん、どうかしましたか?」
樹里が目をパチクリさせながら言った。誠が冷や汗をかいているのが不審だったのだ。
「いや、何でもないよ。僕が先に来たつもりが、今村さんが僕より先に来てたから驚いただけだよ」
誠はまさか自分に取り憑いた幽霊が嫉妬でキレる寸前だとは言えないので、適当な理由をつけて誤魔化した。
「今日は駅で待ち合わせという事は……」
「死ね! この糞女!」
少し離れた場所を浮遊しながら二人を睨み付けていた晴香が、樹里の言葉を遮るように怒鳴りながら、足を前にして宙を飛んで来てドロップキックのように樹里の頭に突っ込んで来た。
もちろん、樹里は全く気付かないのだが、晴香二人の脇に立つと手が付けられないほど暴れだした。
「私が死んだとたんに若い彼女を作って、いい気なものね。死んだ私の身にもなってほしいわ」
晴香は両手を腰に当てて誠を怒鳴り付けた。誠は聞き流す以外出来ないので、晴香は更に怒鳴り続ける。
「で、何だっけ? この後のスケジュールを考えてたから、よく聞こえなかったよ」
誠は樹里に聞き返した。
「これから電車に乗るのかなぁ〜と思って。この後のスケジュールは三宅さんにお任せしますよ」
樹里が屈託のない笑顔で言う。小柄な童顔なので実年齢より若く見える、長身でキリッとした顔の晴香とは正反対である。しかし、その事が晴香の怒りを更に増す事になる。
「ねぇ、誠。ひょっとして、私と付き合っていた頃から、あなたの好きな女のタイプって変わってないんじゃない?」
樹里と会話する誠の横で鬼神の如く怒りを顔に表した晴香が言った。誠は何のこっちゃという感じでその言葉を聞き流した。もちろん、誠の理想の女性は晴香である。それは今も変わってはいない。しかし、当の晴香は嫉妬のあまり誠の本心など考える事が出来なくなっていた。
「そうか、私が死んだ時には私への愛情なんて冷めてたでしょ? 私が邪魔になったから、事故を装ってしなせたって事ね」
(おいおい、そこまで言うか?)
晴香の言葉に誠は呆れるしかなかった。そして、生きてた頃から変わらないが、何と性格の悪い女なのだと嘆いた。もっとも、晴香の性格が悪くキレやすいのは弱い自分を守るためである。誠は長く付き合ってその事をわかっていたので、そんなところも可愛く見えていたのだった。
「ちょっと、お手洗い行って来ていい?」
誠が樹里に言った。樹里もお手洗いに行きたかったのか、うなずいてから自らも駅の建物の隅にあるトイレに向かって行った。
誠がトイレに行くと当然晴香も付いて来る。用を足したいわけではないので、トイレの洗面所で手を洗いすぐに出た。女性のトイレは男性より時間がかかるから、樹里が戻って来るまで少し時間があるだろう。
誠はスマホを耳に当てて話し始めた。