歩行器③
###母 洋子
大奥様の部屋へラスターさんが入る許可は出なかったので大奥様を車椅子で応接室までお連れする。
大奥様の車椅子を押すのはハナノイさん。後ろに私、今日担当の侍女二人が続き、応接室へ入るとラスターさんがサントロさんと談笑していた。
二人は大奥様を見ると立ち上がり挨拶をする。
大奥様も
「今日は楽しみにしていました」
と言っているが、ハナノイさんは一瞬顔をしかめた。すぐにいつも通りの笑顔になったけれど、私もその気持ちはわかる。おそらく私も顔に出てしまったのだろう。ハナノイさんがこちらを見て肩をすくめるので私も同意の意味で頷いた。
そう。昨日、歩行器の話を聞いた大奥様はそれはそれは嫌がった。
「そんな物はいらない」
「今よりも楽になります」
「今でも十分」
「それでも」
「いらない」
「伯爵様からの依頼ですし」
「断れば良い」
「もう、品物も出来ております」
「私の知らない事」
ハナノイさんと私が何を言っても聞き入れてくれない。
「ラスターさんがわざわざ作ってくれたんだし、物もあるのだから使わなくても買取りはしないと。このままだとラスターさんに損害が出てしまうと思う」
ソファに座り本を読んでいた沙彩がこちらを見て言う。
沙彩は学校から帰ると以前は図書館にいたけれどこの頃は本を借りてきて大奥様の部屋にいることが多くなった。
大奥様には了承して頂いたけれど一緒に働いているハナノイさんの迷惑になっていないかと心配していたけれど、ハナノイさんは好意的で、
「サーヤさんがいてくれると大奥様の機嫌が良いんですよ」
とまで言ってくれた。
沙彩は父親が早くに亡くなったため義父と仲が良く、お爺ちゃん子だった。義母とは距離を置いていたけれどそれでもあの年代の人との会話は慣れていると思う。
大奥様も裏表のない沙彩を気に入ってくださっているようでこちらの世界の事、この国の事を本では分からないような事を教えてくださる。
沙彩は時々、そこまで言うの、と言うくらいの事を言うけれど大奥様は怒る事もなく相手をしてくださる。
祖母と孫のような関係になっているよう。
今日、大奥様は沙彩に言われて仕方なく渋々とラスターさんに会うことにした。
「伯爵は少し遅れるそうなので先に大奥様へお見せするように言われています」
サントロさんが大奥様へ挨拶をして、ラスターさんへ指示を出す。
ラスターさんが布で包んである歩行器を大奥様の近くに持ってきて、布をとり、歩行器をだした。私が頼んだ通りに綺麗に仕上がっている。
大奥様はどう使うのかわからないようで困惑しているので、
「私が使ってみます。よろしいでしょうか」
大奥様の了承を得て歩行器を動かしてみる。
使ってみると先日よりも動きが良くなったように思う。
「大奥様、使ってみませんか」
「そうですね。せっかくですから」
大奥様は少し悩んでいたけれど興味が出たのか試してくれるようだ。
「この手摺りは手で持つのではなくて肘を置くようになっています。前にある窪みの所に身体を入れてこのように肘を置きます」
実践してお見せすると、大奥様が車椅子から立ち上がり歩行器を自分の近くに寄せるようにいい、立ち上がり歩行器を手に取る。
大奥様は立てないほどではないけれど足が弱っているので一人で歩いてもらうのにはいつ転ぶか心配があるから歩行器を使ってもらいたい。
「大奥様、高さはいかがでしょうか」
ラスターさんが今日の目的『大奥様に合う寸法にする』を聞くと
「丁度良いと思うわ」
大奥様から返事があり、私も見てみるけれど問題がないと思う。
「ここに動きを止めるストッパーがありますので止まる時は下ろしていてください」
大奥様がストッパーを触る。
「今は降りていますのであげてみます。すっと動いてしまうので前に力を入れないで歩行器に身体を乗せるようにしてください」
私とハナノイさんが歩行器を押さえ、ラスターさんがストッパーを上げる。
「あっ」
すこし動いてしまったけれど、ほんの少しだったので問題は無く、大奥様は息を整えてゆっくりと足を進める。初めは恐る恐る一歩を出していたけれど、そのうちゆっくりながらスムーズに足がでるようになった。
トントントン
扉を叩く音がして伯爵と奥様が応接室の中へ入ってくる。
「まあ、お義母様」
奥様は驚いて目を見開いて大奥様をみている。伯爵も
「おぉ」
と言ってじっと大奥様を見ていた。
「見てていなさい」
大奥様が言い、二人に向かって歩き始めた。なんだか先程よりも足取りが良いようだ。
「大奥様、あまり無理をなさらないでください」
ハナノイさんも心配して声をかけるけれど
「大丈夫よ。とても楽に歩けるから」
大奥様は機嫌良く答えて伯爵の方へ歩いていく。
「どうかしら」
伯爵と奥様の所へ着くと大奥様はこれぞドヤ顔という顔をしてお二人に話しかける。
「使い勝手が良さそうですね」
「えぇ、とても良いわ。これなら歩く練習も難なくできそう」
大奥様にも伯爵にも歩行器は気に入ってもらえたようだ。
「ラスター、ありがとう。母がこんなに歩く姿を久しぶりに見た」
「あ、いえ、伯爵様にはご挨拶も「あっ良い」」
ラスターさんが挨拶しようとすると伯爵がさえぎった。
「そんなことよりもこれだ」
「歩行器ですか」
伯爵が指をさしたのは大奥様の使っている歩行器だった。
伯爵は歩行器をじっくり眺め、使い方や構造をラスターさんに聞き、
奥様は大奥様から使用感を聞いて
「これから楽しみですね」
などと談笑している。
大奥様はラスターさんに
「感謝します」
と言って歩行器を使って部屋まで歩いて行った。




