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第二十話 死峰アンドロマリウス(Ⅰ)~史上最大の試練へ

 北ハルメニアのラージェ大森林探索任務(クエスト)が終結してより、およそ半年後。


 かの任務において発生した、ニナ・ハートリーフ死亡という不幸な出来事による傷も、多くの関係者の中で整理され癒やされ始めていた頃であった。


 大導師府の内部も日常に戻り、これまでどおりの教育と鍛錬が行われ活気と熱量あふれる雰囲気を取り戻していた。


 ヘンリ=ドルマンとブラウハルトは帰還し、府内の取りまとめと教育、または治癒とサポート役という本来の役割に戻っている。

 彼ら不在の中で、他の師範代達と役割を代行していたディトーは代わって休暇を取っている最中だった。


 ダンは――。フレアと相変わらず親しく睦まじく、日々ともに鍛錬し足繁く互いの部屋に通っている仲だった。しかしこれだけ関係が近しくなっているにも関わらず、未だ二人は一線を越えた恋愛関係にはないようだった。

 一途なダンにとってやはり女性はナユタしかおらず、前回探索任務(クエスト)で一夜をともにしたことが、あまりにも強烈な記憶として残っていたのだ。

 あの夜をもう一度、できれば毎日経験できる身の上になりたい。その想いが彼を幾重にも成長させ強くする原動力であるほどに。彼はその欲望に任せるまま、ナユタに求愛を続けた。

 ナユタも彼の想いの強さは分かっていたし、一度だけ押しに負けて再び関係も持ってしまったが、やはり本当の恋愛対象にはなりえない。それ以後はきっぱりと意志を伝え断っていたのだが、一向にダンが諦めてくれる様子はなかった。


 フレアは――その様子を見て内心どのように思っているのか、徹底したポーカーフェイスで負の感情を出さない彼女から読み取ることはできない。だが彼女は前回探索任務(クエスト)から明らかに、外出の頻度が増えた。それは大導師やヘンリ=ドルマンなどが行う外渉任務の代行を積極的に引き受けていることが大きいのだが、ことに東のノルン統候領やドミナトス方面に向かう任務は、必ずといって良いほど受けた。

 ヘンリ=ドルマンもそれに対し、何か妙だ、という思いが頭をよぎらないでもなかったが――。高速移動を可能にする彼女の魔導生物ベルフレイムは、極めて有用。何よりフレアは非常にクレバーで、どのような使いも交渉も卒なくむしろ期待以上の成果を上げるほどに有能であった為、疑念はすぐに脳裏から消え去ってしまったのだった。

 


 一方ラウニィーは、ニナの葬儀を含めた長期のガリオンヌ帰郷から戻ってきていた。


 今日、彼女は――。 

 ナユタ、ランスロットとともに大導師アリストル直々の教授を受けていた。



 大導師府最奥部の、師専用の修練場。


 そこは気脈に近い岩山に隣接し、山肌を削り取って造られている周囲100mほどの円形の半ドーム状の広場。

 ラウニィーはその中心に直立していた。トレードマークの長い黒髪は風になびき、黒いローブで覆われる大人びた肢体は、彼女の清純な内面にそぐわない色気を放っている。張り詰めるほどに集中し、両手を下げて静かに目を閉じている状態だ。


 その目前には、偉大なる師、アリストルがいた。

 普段の剽軽な雰囲気はかけらもなく、老齢にそぐわない、そびえたつような長身の頂きにある貌の表情は厳しい。魔導の発動準備に入っているのだ。


「ラウニィー・グレイブルク。この儂が許可する。“陽”の組手じゃ。互いに全力の魔導をぶつけ合う。完全に本気で、儂を殺して見せよ」


 この世界オファニムに魔導という概念が発生してから今日までの永きにおいて、アリストルがその分野で史上最高の天才であることに疑いの余地はない。

 彼は爆炎魔導、氷結魔導、雷撃魔導、風魔導、光魔導、重力魔導――。この世のありとあらゆる魔導を最強の力で使用することができる。しかもそれ以外に、独自に編み出したさる禁断の魔導をも使用できるといわれている。

 許伝(アインフル)に指導を施す目的そのものは、一番弟子の師範代ヘンリ=ドルマンでも完遂はできる。だがやはり、最強の大導師の直伝を受けることは格別の名誉であり――。国宝の職人の技を体感するのと同じように、特別な意味があることなのだ。


「……ラウニィー……!!」


 ナユタが苦しげにつぶやく。アリストルの魔力は、はるか天空より巨大な神の手か何かで押しつぶされるかのように、次元の異なる強大さをもって迫ってくる。組手の相手ではないナユタとランスロットも、冷や汗を流しながら必死で耐えねばならぬほどなのだ。


 ラウニィーはこれを受け、即座に両眼を見開いた。そして師に先手を打たせることなく、己の魔導の発動に入る。


 その魔力の強さは――。

 ナユタが知っているラウニィーの、それではなかった。

 ラウニィーはストレートの黒髪が一気に広がるほどの魔力を、集約しそして――。

 尊敬する師に対して、完全に殺す気の全力の魔導を放ったのだった。



「――“真空破壊旋嵐(カタストリファル)”!!!」


 

「――!! まずいっ!!!」


 貌を青ざめさせたナユタが、最大限の耐魔(レジスト)をランスロットともどもに展開する。おそるべき危機感を、感じたのだ。同時に、それほどにラウニィーが本気であることも。


 瞬時に――。数十m内の空気を急激に巻き込み、ラウニィーの周囲に超小型の暴風域が形成された。

 それはナユタの耐魔(レジスト)を、最大限に震わせ打ち破ろうとしてくるが、鍛錬においても自分で身を守ることは常識。耐えねばならない。


 地上にはありえない、秒速数百mもの嵐のエネルギー。発生したそれを、指向性をもって師に向かってぶつける。

 嵐の砲撃とよぶべきそのエネルギーの中に、ナユタは見た。数十ではきかない数の、しなるムチのような真空の刃を。


 これを受ければ、魔導神と云って差し支えのない大導師ですら只ではすまない、そんな確信を抱かせる恐るべき魔導だ。



 だがそれは――流石に現実のものとはならなかった。


「“斥力磁場(アブストヴェンデス)”」



 アリストルが放ったのは、重力魔導。それも「引き寄せる」とは対極の、「引き離す」斥力を発生させる技だ。


 神も傷つけると思われた見事な風魔導は――。風の元素そのものに影響を及ぼす重力によって、耳をつんざくような大音量を響かせて瞬く間に、散らされていったのだった。


 相反する相性の最大級の技で応戦するという、いっさい手抜きのない「全力」で見事弟子の力を退けて見せたアリストル。

 異次元の力は、ただ目にするそのことで、常に弟子に魔導の可能性を伝え成長させ続けていくのだ。


 手すら下ろしたままの彼は、超然とした態度の中にいつもの温かい優しさを内包させて愛弟子に近づいてきた。


「……ようそこまで、成長したな。ラウニィー。

あと二度も限定解除(リミットブレイク)を経れば儂の風魔導と同格にまでなるやもしれん。さすが儂の見込んだ才能の一人よ」


「ありがとうございます……。でもお師匠、この状況下で私に全力を出せと仰せられるのは……」


「考えておるとおり儂はお主に、己を開放してほしかったのじゃ。――お主の大事な、親友に対してな」


 師の言葉に、ラウニィーは哀しみをたたえた表情でチラリと、その親友の方を見た。


 アリストルが彼女に言葉を投げかける。


「どうじゃ、ナユタ。今のラウニィーの力を目にして」


 ナユタは、目を閉じて苦笑していた。


「素直に、称賛するよ。こりゃあ今のあたしの力を上回ってる。よく分かったよ、今の許伝(アインフル)最強の魔導士は、あたしじゃなくあんただ、ラウニィー」


「ナユタ、ごめんなさい……。怒ってる、よね……すごく……。

私の望みはニナと一緒に大導師府を卒業することで、大好きな魔導を続けられれば順番なんてどうでもよかったの。私あなたにはどうしても一番でいてほしくて、本当の力を隠しちゃってた。

けどこの前、亡くなったトリスタンさんの詳しい話聞いて、ショックだった……。同じ過ちを、私しちゃってて……許してもらえなくても仕方ないって思ってる。本当に、ごめんなさい……」


「いいんだよ。おかげであたしもそれをされた方の気持ち、って奴が実感できたし、する方の気持ちは云わずもがな分かる。だから――あんたの気持ち嬉しいよ、ラウニィー。

何より……お師匠があんたに力を出させた理由の事があるしね。

あんた、自分を責めてるんだろ? 自分が、ニナに付き添っていたら。でなくても自分が完全に本気を出していれば、ニナを死なせずに済んだんじゃないか。そう思ってる貌してるよ。

そんなことは、全然ない。あんたのせいなんかじゃ断じてない。それはあたしもお師匠も保証する」


「ナユタ……!」


「堂々と、自分の力を開放していいんだよ。それにね――『いい気になるんじゃないよ』?

たしかにあたしは負けてるが、差はわずかだ。戦い方によっちゃあ全然勝てるし、すぐにあたしは追い越して見せるからね。覚悟しときなよ?」


「……わかったわ。ありがとう……許してくれて、励ましてくれて……。大好きよ、ナユタ……」


 そう云ってラウニィーはナユタに駆け寄った。ナユタも両手を広げて迎え入れ、二人は抱擁をかわしたのだった。


 アリストルはその様子を見て、満足の笑みを浮かべた。彼がその力だけでなくカリスマ性と深い情を認め、最も可愛がる弟子であるナユタ。狙った以上の包容力を彼女が発揮し、ラウニィーを開放し癒やしてくれたことに対して。


 その余韻に少しばかり浸り、アリストルはすぐに二人に歩み寄ってきた。


「ラウニィーの心の整理もついたようであるし――。

儂からお主らに、極めて重大な話をしたいのじゃが、よいかな? 

ナユタ、ランスロット、ラウニィー」


 その声に――確かな緊張が込められているのを、3人は即座に感じ取った。


 言葉を返したり、うなずいたりすることさえなく、微動だにせずに師の次の言葉を待った。


「よろしい。では話そう。

つい昨日のことじゃが――。新たな気脈の乱れが発見されたとの報告が、大導師府にもたらされた。

場所は、南側国境にまたがるアンドロマリウス連峰。しかも南西と北東に一つずつ、計2箇所。加えて乱れのエネルギーは、先だってのラージェ大森林のものと比べても――実に10倍、という巨大さ」


「――!!!」


「事態の異常さ、お主らでも理解はできような。気脈の乱れはおよそ2年~5年に一度が通常。このような短期間で再び、しかも2箇所同時、という事態は決してありえぬこと。

アンドロマリウス連峰は大陸の中心に位置し、気脈の『目』『聖地』といえる場所。エネルギーが巨大となること自体はさもありなんというところじゃが――。

何か、これまでの常識では考えられぬ異常事象が起きたということ。緊急事態が、発生したというこなのじゃ」


「――それじゃ、また探索任務(クエスト)を実行するんだね。しかも、そんな事態だってことは、今度は――」


「さすが、鋭いの。ナユタ。左様、今回は儂も出ていかざるを得ぬ。文字通り大導師府の総力を上げて封印に全力を尽くさねばならん。

北東の乱れは、儂が一人で対処をする。ヘンリ=ドルマン以下、それ以外の魔導士団は南西の乱れに対処することを命ずる。

急な下知にはなるが、明日早朝に閲兵を行い、府内は下働きの者に任せて見習い(レリン)50名を伴い出立を命ずる。すまんが早々に支度を整え明日に備えてくれ。

ドルマンやブラウハルトはもちろん、ナユタ、ラウニィー。そして――フレア。お主らには大きな期待を寄せておる。健闘を祈るぞ」


 その言葉を残し、自身も出立に向け仕事が山積みであろうアリストルは、背を向け足早に去っていった。


 ナユタはその背中を見送りながら、前回をはるかに凌駕する壮大な戦いへの緊張と、何かひどい胸騒ぎを感じて拳を強く当てていたのだった――。

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