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第二十一話 死峰アンドロマリウス(Ⅱ)~ラムゼス湖畔にて

 史上最大の気脈の乱れの発生という異常事態を受け、急遽再結成された魔導士団。


 ラージェ大森林において結成されたそれとは比較にならない、百人弱からなる一個中隊レベルの規模。馬車の数も10台以上におよび、行軍の様相をなしていた。


 単騎北東のポイントに向かう大導師アリストルと出立後すぐに別れ、ヘンリ=ドルマンを長とする魔導士団は南西のポイントを目指しラムゼス湖沿いを移動した。


 大陸最大の水源であり風光明媚な観光地でもあるラムゼス湖畔の行軍は、出立後の緊張に満たされた一団をいやが応にも癒やし和ませた。美しい緑の向こうに広がる透明度の高い澄んだ水面には、光が反射しゆらめき純白の白鳥が無数に泳ぎ羽ばたく。絵画のような風景を見ながら、許伝(アインフル)や見習い(レリン)の若い魔導士たちは盛り上がり、談笑し続けていた。


 ヘンリ=ドルマンは嘆息しながらも――。このような事態は予想していたし、今回は生きて帰れる保証の全くない、史上最も危険な任務となる。「死ぬかもしれない若者たちに、せめて最後の楽しみを提供してやるのも必要であろう」というブラウハルトの後押しの言葉もあり、日中半日を含めた長めの宿泊休憩をとることを宣言し、ラムゼス湖を高らかに望む絶好の地、クリスタル・クリフ上での停泊をしたのである。


 これに対する若者たちの喜びようは相当なものだった。グループで行動し友好を温めあったり、恋愛関係にあるもの同士は逢瀬にはげんだ。


「ナユタさん! こっちきてください! 一緒に湖を廻りましょうよ!」


「ナユタ! 私たちと一緒にいこー!」


「ナユタ……よかったら俺と、一緒に来てくれないか?」


 このような状況下において、府内最大の人気者ナユタにかかる声は群を抜いて多かった。後輩の見習い(レリン)からも、同期の許伝(アインフル)女子からも、密かに想いを寄せられていた男子からも。

 先日来さらに距離が縮まったラウニィーとの時間を大事にしたいナユタは、やんわりながらもことごとく誘いを断っていたが、そんなナユタの前に、やはり「彼」は来てしまった。


「ナユタ! おれはやっぱり君と一緒にいたい! 今日こそは、おれと来てくれるよね!!」


 ダンだった。そばかすの広がる貌を真っ赤にさせて興奮し、目を見開いて前のめりになる彼を見て、ラウニィーは改めて苦笑してしまった。もう公衆の面前での恥も外聞も、ない。どうしてもナユタが欲しいのだ。恋愛感情も性的欲望も清々しいまでに丸出しにし、果てしなく直球でエネルギッシュだ。ここまで一途でめげない様子を見せられてしまうと微笑ましいし、自分が同じ立場ならあるいは押し負けてしまうかもしれないが、意志の強いナユタはもう折れなかった。


「ダン……何度も云ってるとおり、あたしはあんたと付き合うことはできない。あんたはとてもいい奴だしこれからも友達だけれど、惚れることはできない自分に、嘘はつけないの。

よく考え直してくれよ……。あんたには、いつも気にかけてくれてる可愛い女の子がもう、側にいるだろ?」


 何回目か覚えていないほどの拒否。今回状況が違うのは――。彼と直前まで行動をともにしていたフレアが、後ろでじっと様子を見ていたことだ。


 ナユタの視線の先にいる自分にダンが振り返るやいなや、フレアはいつもの柔和な表情のまま歩み寄り彼の腕を掴んだ。そして踵を返すと、ダンを引っ張って連れていってしまったのだ。


 ダンはその行動を全く予想していなかったのか、目を丸くして引かれるままに連行されてしまった。


 ナユタはその様子を見て破顔し、ラウニィーに云った。


「見たかい、ラウニィー! 云ってみるもんだねえ、フレアがやっと気持ちを行動にうつしてくれたよ。あたしは前回の任務からあの二人がいい感じになってるのを見て、ずっと応援してたんだ。このまま付き合ってくれると、いいんだけどなあ」


「ええ……そうね……」


 相槌を打ちながらも、ラウニィーの貌に笑みはなかった。どころか、敵意すら含んだ疑惑の眼差しをフレアの後ろ姿に投げかけたのだった。



(きっと……彼女、何か企んでいる。たぶんナユタの命も危うくするような良からぬことを。あの良い子の貌は、全てニセモノ。私だけは本性を見てしまった。まだ何かはわからないけれど、着々と裏で準備を進めているらしいのは知ってる。必ず、その証拠を掴んで見せるわよ……フレア)



「ラウニィー? どうしたんだい、急に難しい貌で黙っちまって」


「え? あ、ご、ごめんなさい、ちょっと考え事をしてて……」


「そう? まだ、あんたの心の傷がいえてないのは知ってる。辛いことがあったら、いつでも云うんだよ?」


「…………ありがとう、ナユタ。その気持ち、とっても嬉しい……」


「それにしても……本当に絶景ってやつだね、ここは。クリスタル・クリフ。観光なんて行く身分じゃあなくて来れると思ってなかったし、災害が起きたおかげでってのは複雑ではあるけど……。見れて良かったなあ。この世にこんな美しい風景が現実にあるんだってぐらいの代物だよ。本当に、綺麗……」


「そうね、本当に」


「なあラウニィー。この前あんた、卒業後のこと決めてないんだって云ってたよね。

もし、よかったらだけど……。あたしと一緒に、魔導傭兵として組まないかい?

あたしは大陸最強を目指す気持ちに変わりないし、あんたが居てくれればサポートもしてもらえるし、身近な目標もできる。何より……」


 ずっと一緒に居られるし。その言葉が照れくさくて、もごもごと飲み込んでしまったナユタ。ラウニィーはそれに、はにかんだような微笑を返しながら云った。


「嬉しいわ、ナユタ。私はあなたと違って、人の後をついてくことしかできない意気地なしだけど……。こんな私で、よければ」


「本当かい!?」


「ええ、本当よ。

ナユタ、あなたは『サタナエル』っていう組織の話、聞いたことあるかしら?」


「え? ああ、あるよ。ラリーの奴が直轄領軍閥の息子だろ? あいつが話してるのを興味本位に聞いてたんだ。

何百年もの間、王侯貴族の背後で絶大な権力を振るってきた暴君にして大陸の支配者。秩序の守り手を名乗り、超人的な強さで暗殺を生業とする戦闘者集団ってやつだよね。まあよくできたおとぎ話だなあって思ってたぐらいだけど」


「私の家もガリオンヌ統候家に出入りする水産業者だから、その話を人づてに聞いてたの。荒唐無稽なおとぎ話のたぐいではあると思うけど、火のないところに煙はたたないし――。実際大陸の、表面だけ平和で実際にはひどい今の実情を見ると、そんな良からぬ組織がいたとしてもなにも不思議じゃあないと思うの」


 そして眩しそうな目で遠い水面を見つめ、ラウニィーは続けた。


「私が魔導士になって、何か人の役に立つことができるとしたら。それは『サタナエル』みたいな大陸の諸悪の根源と戦って、平和な世をつくる手助けをすること。昔からそんなことを考えていて――。一度だけ話したら、ニナもすごく賛成してくれてたのよ。

ナユタ、あなたについて傭兵として戦うことは、きっと良からぬ奴らと戦い排除することにつながる。何か、そんな予感がするの」


「そうだね。強い奴と戦って名を上げてくのがあたしの『手段』になるから、おのずとそうなるね。考えたこともなかったけど……どうせ戦うなら、悪い奴を倒していったほうがいいに決まってる。

なんか、俄然やる気が湧き上がってきたよ。ラウニィー。あたしの将来のパートナー役、よろしくね」



 *


 一方ダンを強引に連れ去ったフレアは、湖に面した岩山にある洞につくと、ようやく彼の手を離した。

 周囲を一瞥すると、視界は遮られ誰も来る気配のない、絶好の状況であった。


「フ、フレア……! どうしたってんだよ、急に。おれは、おれはまだナユタに話が――」


 ことここに至っても周りが見えない、鈍感の極みのダン。フレアは一切の迷いなく、ダンに身体を密着させ、その唇を己の唇で塞いだ。


「う……んんん……!」


 フレアの柔らかい唇の感触、押し付けたり引いたりの絶妙なタッチ、やがて侵入してきた舌が口じゅうに絡んでくる、えも言われぬ心地よさ。

 目を白黒させていたダンは、たちまち恍惚の表情となり瞼が落ちた。ナユタをはるかにしのぐ、18歳の少女と思えない技巧の前に、陥落寸前のダン。


 やがて、一度口を離したフレアに向かって、ダンは呆けたように2、3度だけ、首をふった。


「だ……だめだよ、フレア……こんな……こと」


 その一途さで、まだかすかに抵抗しようとするダン。その抵抗もしかし、若干の恥じらった様子を見せながらローブをはだけ、下着を下ろし始めるフレアを目にして脆くも消え去ってしまった。表面的には清純で儚げ、そして抜けるように白い肌と美貌をもつフレアの艷やかな姿は、男の本能を極限まで刺激するものだった。そのまま身を寄せてきたフレアを、ダンはたまらずに抱きすくめ、身体をまさぐり始めた。


「フレア!! フレア!!! ああ……フレア!!」


 蜘蛛の巣に絡め取られた蝶のごとく、完全に取り込まれたダンをフレアは嗜虐的な目で見つめ、身体を重ねていく。だがその表情はやがて、何か途轍もない苦悶をはらんだ表情へと変貌を遂げていった。


(ナユタ――ナユタ! ナユタ――!!)


 恐るべき、憎悪。しかしそれと同じくらい――感じさせる「親愛の情」。それらが入り混じった慟哭に似た心の叫びでフレアはナユタの名を呼び続け、呪縛から解き放たれようとするかのように行為に没頭していったのだった。



 *


 一方、クリスタル・クリフのはるか崖下、せり出した岩の影に、よりそう2つの影があった。


 砂浜に寝そべる巨大な毛束の山――に見える、ブラウハルト。そしてその腹に抱かれ、紫の毛に貌をうずめるヘンリ=ドルマンの姿だった。


 ブラウハルトの身体能力をもってしなければ決してたどり着けない、邪魔の入らない場所。その安寧の地で、ヘンリ=ドルマンは己を癒やしていた。

 若者たちだけではない。今回は彼ほどの大魔道士であっても死を覚悟して臨まねばならない、大いなる試練。大切な存在との時間が何よりも大事であったのだ。



「ブラウハルト……。アタシね、貴男とこうしている時間が何よりも好きなの。ずっと、こうしていて……」


 およそブラウハルト以外の誰にも一切、見せることのないであろう彼の素の姿。甘えた声を出し、子供のように抱かれるその姿を目にしてしまったら、彼を崇拝するナユタなどは衝撃で貌を真っ赤にして硬直してしまうであろう。

 

 ブラウハルトは、低く優しい声色で、これに答えた。


「仰せのままに、我が主。俺もとってもまた、この時間は何にも代えがたい貴重なものだ。続く限りはお供させてもらおう」


 雰囲気からしてどちらが主で従かわからないやり取りではあるが、彼らにとってはこれが十数年続いてきた自然な関係なのだ。


「……まだ昨日のことのように、覚えているわ。特注の水槽からやっと取り上げた赤子の貴男は、普通の大人の犬ぐらいに大きくて、檻に入れるのに結局お師匠の手まで借りて四苦八苦だった。

片言の言葉しかしゃべれない貴男が可愛くて可愛くて、毎晩添い寝をしてたの覚えてる?」


「ああ、朧げではあるがな。当時はお前が一緒にいてくれるのが嬉しくて嬉しくて、何が何なのか分からないままに、ずっと寝ているお前の貌を見ていた気がするな」

 

「そうだったわね。そして成長した貴男は、アタシの理想の男性(ひと)に育ってくれた。強く頼もしく、高貴で賢く、何よりも包み込むように優しい。女の心をもつ男という少数派(マイノリティ)で、疎外感と孤独感に苛まれていたアタシは、大導師府で本当の自分に還ることができたのだけれど――。その最大の要因は、貴男が一緒にいてくれたからよ、ブラウハルト。貴男のおかげでアタシは大魔道士になれ、魔導の大成と普及というお師匠の偉業を支える一人になれたのだわ」


「ああ、本当にお前は立派だ。俺の最高の誇りであり、生きがいだ。

それを証明するかのように、お前の眼鏡にかなう最高の後継者も、現れてくれた。本当に良かったな」


「ええ……ナユタ(あの子)は最高だわ。魔力も魔導の技量も、天井知らずの可能性を秘めている。おそるべき頭脳も、人を統率するカリスマ性・人間性・意志の強さも備えている。それでいて実は素直で可愛いし――アタシ本当に、あの子のためだったらこんな命、いつ捨ててもいいって思ってるぐらいよ」


「その言葉、改めてナユタが聞いたら舞い上がって我を忘れてしまうだろうな。全く同感だ。

俺は自分でナユタに勧めたランスロットにも、期待をかけて色々言葉をかけている。あいつは主人想いだしやる時はやるし、いい魔導生物になる。今回お互い帰れたら、もっと鍛えてやりたいな」


「いいわね……。あの子たちもだけど、アタシたちも最高のバディよ、ブラウハルト……。

まだ死ぬと決まった訳じゃないけど、アタシは本当に貴男に出会えて良かったと思ってる。信心深い貴男が聞いたら怒るかもだけど、神なんかよりずっと貴男に感謝してるわ。ありがとう」


「フフ……怒りなどするものか。魔導生物として、かけられてそれ以上に名誉で嬉しい言葉はない。俺もお前に、感謝しかない、ドルマン。俺の主でいてくれて、本当にありがとう」


 互いを讃え労い愛する、飾らない感謝の言葉。それを云い終えた二人はその後無言で寄り添い――。


 珠玉のごとき貴重な時を、感じ続けていたのだった。

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