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処刑人の殺し方  作者: 間堂実理果
《臣公》編
40/47

第20刑 満たされない一角獣――partA

 足りない。喉が一向に潤わない。

 戸蔵(とくら)永人(ながと)は渇望していた。まだまだ暴れたりない。肉体の再生に、5年を費やした。その間は一切動くことができなかった。食事も部下に持って来させ、口に運んでもらう始末。己が惨めで仕方なかった。

 この渇きは、かつてよくやっていたように、人間を甚振らないと満たされないだろう。

「まずはあの小娘だ……! オレが失敗するはずがない。殺し損ねるなんて、以ての外だ。今度こそ必ず仕留めてやるよ――」

 彼の頭に浮かぶのは、戦ったばかりの少女の顔。どうやら5年前、部下と共に放火をして遊んでいた際に、彼女だけ殺すことを忘れてしまっていたらしい。

「それからあのクソババアどもだ。オレに恥を掻かせたこと、後悔させてやる」

 彼が独り、部屋で不気味な笑みを浮かべていたところ、ドアがノックされた。

「誰だ」

 返事の代わりに扉が開く。入室してきたのは、信太(しのだ)美子(みこ)だ。

「随分と気合が入っているみたいだね、戸蔵」

「何しに来やがった。生憎、今オレは処刑人どもをどう殺すかで頭がいっぱいなんだ。女に構っている暇はねぇぞ」

「悪いが私も君と遊ぶつもりはない」

 だったら茶々入れるんじゃねぇよ、と戸蔵は内心毒づく。

「結局用はあるのか、ないのか」

「あるから来た。あなた、強がってはいるけれど、まだ完全に肉体が回復していないのでしょう? 処刑人との戦いで、満足に《重罪態》にもなれないなんて。焦らないで、もっと休んでいればよかったのに」

「やりたいことは挑発か? だったら今すぐ失せろ。オレがお前に対する殺意を抑えられなくなる前にな!!」

 君では私に勝てないよ、と信太は戸蔵を挑発する。

 いよいよ戸蔵は爆発した。

「このクソババア!! 今すぐぶっ殺してやる!!!」

 黒煙に覆われた戸蔵の身体が、アームドライノス・ディシナへと変貌。しかし彼の繰り出した拳は、人間態のままで受け止められた。

「手負いの私相手ですらこのざまだ。君は本当に、自分が全快したと思っているのかい?」

 アームドライノス・ディシナの腕を掴んだまま、信太はドラゴン・ディシナに姿を変える。彼女の背後から出現した龍のオーラが、相手の腹部を顎で捉えた。

「うぐぅあっっ!」

 黒曜石のような牙に噛まれ、アームドライノス・ディシナは床に拘束される。

「この程度の力で十谷(とおや)クリスティーナを倒そうと思ったのかい? 彼女はおろか、邪庭(やにわ)乃述加(ののか)にすら敵わないだろうね」

「放せ!! オレは強い。この世に存在する何よりも! 全てをオレの前に跪かせてやる!」

「やれやれ。君は強欲よりも傲慢に近いな。代わりの《臣公》を探した方がいいかな」

「黙れ黙れ黙れェェェェェェェェ!!! お前もこの手で叩きのめしてやる!」

 盛大に吠える戸蔵だが、龍の咢(あぎと)から逃れることができない。それどころか、牙はますます食い込んでくる。

「今の君は実に醜い。見ていられないよ」

 ようやくドラゴン・ディシナは、彼の肉体を開放した。2人は人間態に戻る。血を吐きながら悶え苦しむ戸蔵に向け、信太はある道具を差し出した。

「君に良いものをあげよう。使うといい」

「グルーガンだと? 大人しく部屋で工作でもしてろとでも言いたいのか?」

 拳銃に似たそれを渡された戸蔵は、非常に腹を立てた。こんなもので一体どうしろと言うのだろうか。

「違う違う。これは新型の注射器だよ。オリヴォ博士から借りてきてあげたよ。物は試しだ、実際に使ってあげよう」

 まるで本物のグルーガンのように、信太は濁った色をしたスティックを、注射器とやらに装填した。そしてそれを、はだけた戸蔵の胸に突き付ける。

「何のつもりだ」

「お薬の時間ですよ」

 引き金を引くと、スティックは高速で溶けていく。そして道具の先端から流れ出した蝋が、少しだけ戸蔵の胸を這った後、彼の体内に吸収されていった。

「熱ッ! 何だこれは」

「この薬には、細胞の再生速度を上げる力がある。まだ不完全な君の肉体を、ものの数分で元通りにしてくれる、魔法の薬さ」

 彼女の言葉通り、己の肉体が力を取り戻していくのを、戸蔵は体の奥底から感じた。

「成程、これはなかなか……。これなら《重罪態》になることもそう難しくない。奴らのことも簡単に捻り潰してやれる――――ッ!」

「おめでとう。だが相手が相手だ。調子に乗ったりはしないようにね」

「分かっているさ。見ていろ、オレが最強であることを証明してやる」

 満面の笑みを浮かべながら部屋を出て行った戸蔵。その後ろ姿を見て、信太は舌なめずりした。

「死なない程度に頑張れよ」


        × × ×


《罪人》出現の通報を受け、現場に急行した乃述加、クリスティーナ、晶(しょう)、杏樹(あんじゅ)。

 彼女らが目にしたのは、再び無差別に人を襲っている、アームドライノス・ディシナと、その配下であるユニコーン・ソルジャーだった。

「杏樹さんは下がっていてください」

 彼女を庇うように前に出た晶だが、その手は退けられてしまう。

「私なら大丈夫。今度は恐れたりしない、ちゃんと戦う!」

 その言葉が嘘だということは、誰もが即座に理解した。声が震えている。それに言葉遣いも、杏樹が自分を取り繕っている時のものだ。余裕がないことが窺える。

 それでも勇気を出して立ち上がったのだ。彼女の決意を無下にはできない。

「行くぞ、お前ら。あのクソ野郎をぶっ殺す!」

 クリスティーナの宣言を受けて、4人は横1列に並んだ。

『エグゼキュージョン システム ブート!』

『エグゼキュージョン システム ブート!』

『ネオ エグゼキュージョン システム ブート!』

『モア エグゼキュージョン! オーバーキル!』

 十字架から照射されたホログラムを、それぞれが纏う。晶は身体の内側から姿を変える。処刑人たちは、敵に向かっていった。《罪人》たちもこれに気が付く。

「ようやくお出ましか。待ちくたびれぞ。さぁ、今日こそ貴様らを血祭にしてやる!!」

 血走ったアームドライノス・ディシナの目を見て、クリスティーナは何か異様なものを感じた。

 それが具体的に何かは分からない。だが間違いなく、前回とは違う。

「お前ら気を付けろよ……。乃述加、お前が主体で動け。俺と晶は、弾が的(戸蔵)に当たりやすくなるようにサポートを。杏樹ちゃんは無理して前線に出なくてもいい。最低限に戦闘に加われ!」

 指示を出すや否や、クリスティーナは地面を蹴った。一瞬で《罪人》に詰め寄り、その胸に拳を叩き込む。

 乃述加は十字架に嵌め込まれている、コスチュームストーンを取り換えた。

『ドレスアップ! スナイパーコスチューム!』

 遠距離用のライフルを構え、1弾1弾無駄にしないように、正確に相手に当てていく。

 しかし――。

「どうして!? 対《罪人》用の特注弾ですわよ!」

「その程度の攻撃で、弱るオレではない!!」

 格闘していた晶とクリスティーナを跳ね除け、戸蔵は力を溜め始める。

 禍々しい黒煙が、彼の左腕と両肩、胸に纏わり憑く。

「『夜景に望む街灯りは、腐乱死体の焼却炉を含む』」

「ッ! まずい、晶! こいつから今すぐ離れろ!!」

 クリスティーナが忠告した、その直後。

 アームドライノス・ディシナの姿が変化した。両肩は、これまで以上に大きく伸び、まさしく城塞の如く。胸からも刀のような、棍棒のような、猛々しい角が生える。そして左腕は犀の頭骨を模した、超巨大な鎧に覆われていた。

「《罪状》…………。それがお前の《重罪態》か!!」

 嫌な予感はこれだったのだ。まだ古傷の癒えきっていなかった戸蔵永人(ながと)の力が、完全に復活していた。

「ああ、これだ……。この懐かしい感覚。腕を失っていたこの5年の間は一切味わえなかった。やはり完全な肉体ほど、心地よいものはない!!」

 アームドライノス・ディシナが動く。それはあまりにも一瞬だった。動いた、とは感じられない。消えた、そう思えた。

「キャアアア!!」

「乃述加ァ!」

 真っ先に襲われたのは、乃述加だった。一々銃撃を仕掛けてくる彼女が、鬱陶しかったのだろう。ライフルを叩き落とし、小さな身体を宙に舞わせた。

 次に晶。対《罪人》酵素の含まれた蒸気を物ともせず、猛攻を仕掛けてきた。

「コノ…………ッ!! 負けるかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 脚を振り上げ、踵から生えた棘で敵を傷つけようとする。しかし、分厚く堅い装甲に阻まれ、少しも通りはしない。

「処刑人どもの新兵器とやらも、大したことないみたいだな」

 アームドライノス・ディシナの左腕が、晶の胸を叩いた。頭骨が外殻を粉砕する。

 オーバーキルモードの弱点は、強化用ナノマシンが肉体と完全に一体化してしまうこと。つまり今、鎧が破壊された衝撃は、痛覚として脳に向かう。晶は胸が破裂したに等しい痛みを受けていた。

 滅多なことではダメージを受けないが、いざそれが通ってしまえば、想像を絶する衝撃が全身を駆け巡る。晶の意識は一瞬で失われた。

「前菜とスープはいただいた。さて、そろそろメインディッシュにするか」

 その言葉が指す人物は当然、

「来るなら来い……! 返り討ちにしてやる!!」

 吉川(きっかわ)杏樹だ。彼女も息を荒くし、戦う準備をしていた。

「父さんと母さん、そして桃葉(とうは)の仇だァァァ!!」

 しかし、体格差があまりにもありすぎる。杏樹の小さな身体では、アームドライノス・ディシナの巨躯から繰り出される攻撃を、受け止めることはできないだろう。

「無茶だ、逃げろ!」

 クリスティーナは、杏樹を助けようと飛び出した。一方杏樹地震は、一切動こうとしていない。本気で、戸蔵永人と戦うつもりだ。

「死ね!!!」

 犀の頭骨が、天を仰いだ。それだけで突風が巻き起こる。杏樹の華奢な身体は、それを受け止めきれなかった。

「キャッッ!?」

 一瞬、足が浮いた。その隙に、眼前に拳が迫っていた。殺される。否、食われる。本能が一生懸命悲鳴を上げていた。逃げたい。死にたくない。こいつを殺したい。だが、今の杏樹にはどうすることもできなかった。全く動けない。空中で自由が利かない訳ではない。恐怖の念があるためだろうか。真実の方は定かではない。だが、とにかく身動きが取れなかったのだ。

「(何で。どうして。どうしてアタシに、こいつを殺させてくれないの――?)」

 彼女は、運命や神を呪った。幸福を奪い、絶望ばかりを与えてくる、自分の生まれた星に、唾を吐きたかった。

「酷いよ、神様」

「それじゃあ、5年越しのゲームクリアだ」

 刹那、噴火のような爆撃が発生した。彼女らの半径3メートル程は、煙で何も見えなくなった。だからその瞬間は、何が起きたのか、周囲にいた人物には理解できなかった。

 やがて煙が晴れてくる。まずその姿を現したのは、地面に転がった腕と脚だった。本体からちぎれて落ちてしまったのか。血は飛び散っていない。その代わり、断線したコードが散乱していた。

「…………は?」

 間抜けな声を上げたのは晶だ。だがそれも無理はない。落ちているのはどこからどう見たって、機械でできた義手、義足なのだから。

「あれは――まさか、完成していただなんて……」

 乃述加は何か心当たりがあるのか、こめかみに血管を浮き出していた。

「悪いけど、俺の娘は殺させないよ」

 完全に煙が晴れる。そこにあったのは、予想とは遥かにかけ離れた光景だった。まず、地面に倒れ伏すアームドライノス・ディシナと、そのすぐ前にへたり込んでいる杏樹。そしてそんな彼女を庇って抱き留めているクリスティーナだ。

「(そんな、あれが母さん!?)」

 晶にとっては、目を背けたくなるような状況だ。母の右半身が吹き飛ばされているところなど、とても見れたものではない。しかもただ肉体を失っている訳ではない。千切れた肩からは、何本ものコードが伸びている。顔面は卵の殻を割ったように剥がれ、内側には機械でできたもう1つの顔が存在していた。右側の眼球も、カメラのレンズの如く、無機質に稼動する。

「クソッ。ばれちまったからには、仕方ねぇな……」

 ミシミシと、クリスティーナの顎が稼働する。

「俺をここまで追い込んだのは、お前で2人目だよ。まぁ、その1人目のせいで今はこんな格好だけどよ」

 キィ、とレンズの瞳で転がる腕を睨みつける。すると腕は意識を取り戻したようにピクリと動作し、機敏な動きでアームドライノス・ディシナの首へ跳びかかった。

「何だ、気持ち悪ィ! てめぇ…………。アンドロイドだったのか!?」

「言っとくけど、半分は生身だからな。こいつらはあくまで肢体不自由な俺をサポートする道具に過ぎない。俺は人間だ」

「クッ! 化け物が!!」

「そっくりそのまま返してやるよ、化け物!!」

 腕を跳ね除け、戸蔵はゆらりと立ち上がる。そのまま足を引きずりながら、クリスティーナと杏樹の元へ向かった。

「メインディッシュは小娘のつもりだったが、気が変わった。お前が大目玉だ!」

 半身がなくては満足に戦えない。にも関わらず、クリスティーナは気にする素振りを見せなかった。なぜか。

「お前、メインを目にすると前菜の味を忘れるタイプだろ。それどころか、食べきる前に捨てちまう」

「アァ!?」

「お残しは許しまへん、てことだよ」

 刹那。

 ガカガカガガカッッッ!!! っと、アームドライノス・ディシナの背中に、銃弾が食い込んだ。苛立ち、ゆっくりと振り返る。すると、地面に臥していたはずの邪庭乃述加が、サブマシンガンを構えていた。

「あの程度じゃあ、あたくしは死ななくてよ」

『ドレスアップ! マーセナリーコスチューム!』

 基本形態に戻った彼女は、十字架からとある武器を実体化させる。昨晩、クリスティーナに受け取った大砲、ポインターレーザーだ。

「さっさとあの世にお逝きなさいな…………ッ!」

 銃口にエネルギーが溜まっていく。だがそれを、馬鹿正直に待っている戸蔵ではない。発射される前に武器を破壊しようと、行動に出た。ただの直線的な突進だが、これなら撃たれる前に潰せるはず。しかし。

「たあっっ!!」

 突如その肉体は宙を舞い、思考を停止させた。

「(何だ、今何が起きた!?)」

 視界に入って来たのは、十谷晶。彼もついさっきまで倒れていたが、気付かれない内に接近し、足払いをしたのだ。

「このっ、クソガキ……」

「乃述加さん、今です!」

「ナイスアシストですわ! ――――死ね」

『エグゼキュージョン フィニッシュ!』

 ポインターレーザーの先端から、眩い紫電が放出され、アームドライノス・ディシナを襲った。

 モアバングルから発せられる蒸気と同様に、《罪人》を殺す作用のあるプラズマ。それが戸蔵の身体を包み込む。

「アガッ、ひ、いぎゃああああ!!??」

 岩が割れるような悲鳴を上げ、《罪人》は地面をのたうち回る。

 左腕の頭骨や、肩の城塞が、まず初めに崩れ始めた。通常態に戻り、さらに人間態へと弱体化していく。

「何だこれは……。このオレが、こんなところで、死ぬはずが――。それ以上に、こんな、処刑人どもに傷つけられるはずがない! オレが負けるはずがねぇんだよ!!」

「残念でしたわね。あたくしたちに負けるなんて、あなたは所詮その程度の《罪人》だったという訳ですわ」

「黙れ黙れ黙れ! オレは《強欲臣公》だぞ! そんじょそこらの奴とは違うんだ。せっかくここまで上り詰めたんだぞ……。こんな所で、死ねるか!!!」

 絶叫。否、咆哮。戸蔵は、気力でプラズマを振り払った。

「馬鹿な!? あれを食らって、耐えていられるはずがない!」

「腐っても《臣公》の1人、という訳ですわね」

 驚きを隠せない、クリスティーナと乃述加。

 そんな中、真っ先に動いたのは、晶だった。

「お前は――今ここで、僕が倒す!」

 全身から殺人蒸気が噴出する。これ程の量では、例え《罪人》でなくても、ただでは済まない。晶の身体も、蝕まれていた。

 しかし戸蔵は、対抗してくることはなかった。

「(《罪人態》になれない。流石に効いたな……。これ以上戦うのはナンセンスだ)」

 彼は髪を数本抜くと、息を吹きかけた。それはユニコーン・ソルジャーとなり、晶を足止めする。

「くそっ、待て!!」

 もちろん、そんな呼びかけに応じるはずもなく、戸蔵永人はどこかへと姿を消してしまった。

 虫の息になっているクリスティーナを抱きしめ、杏樹は強く唇を噛んだ。黒い、墨汁のような血が顎を伝う。自分の呼吸が熱を帯びているのを感じた。喉が焼けるようだ。

「何でだ…………。何で動けないんだ……」

 悔しい。ただひたすらに、悔しい。今彼女の中には、その言葉だけがぐるぐると回っていた。

「次に会った時は、必ず、絶対に、ぶっ殺してやる――――!」

 杏樹は、自分の中の憤怒の感情が膨らみつつあることに、気が付いていなかった。

後編に続く

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