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10・結末

完結です。色々と粗が多い作品ですが、お読み頂きありがとうございました。

 馬を駆って並走しながら、マリアローゼとアルフリードは殆ど無言だった。

 ミリアローゼの身が心配な事が第一、隣国とフランシードがどういった関係なのかがその次――牢での尋問でも、フランシードは殆ど口を割らなかった。そしてあとは、もし追いついたら、戦いになるだろうという事……即ち、婚約者を、兄を、二人はその手で葬る事になるだろうという事……。出来れば生かして捕縛したいが、人質の存在もあるので無理は出来ないし、相手の方は投降した所で、処刑は決まっているのだから、何がなんでも刃向かってくるだろう。


 迂回して潜みながら進んでいる可能性も否定できないが、隣国へ逃げ込む為にはどうしても街道の関所を突破しなければならない。だから最短の街道を二人は駆けた。途中行きかう旅人の話で、やはりどうもそれらしき一行が先を行っているようだった。


 休みなく駆け続けて関所に近づくと、前方で騒ぎが起こっていた。


「あそこですわ!」


 マリアローゼが指さしたのは、関所の屋上の端。ぐったりした女性を抱えて剣を振り回す男の姿が見えた。


「ああ、ミリア……!」

「まだ大丈夫そうだ、落ち着いて!」


 二人は関所に着き、傷ついた衛兵たちに労いの声をかけながら階段を駆け上がる。衛兵たちの話では、フランシードは変装して、連れの女性の具合が悪いから早く、と偽造した通行証で通ろうとしたけれど、その時女性が意識を取り戻して『謀反人です』と男を訴えた為に、兵士たちも、大逆の王太子だと気づいたそうである。彼には他にも伴がいたが、正体が判明した途端、多勢に無勢で最早これ以上の助力は無理、と言い捨てて逃げてしまったそうだ。


「手持ちの毒を切らしてしまったのでしょうか」

「そうかもね。それに、これ以上深入りして兄上と一緒に捕まれば大きな国際問題になるしね、益より不利益が大きいと判断したんだろう」


 言葉を交わしながら二人は屋上へ出た。


 フランシードは手傷を負い、外壁に追い詰められてはいたが、右手に剣を構え、左腕にはしっかりとミリアローゼを捕まえている。


「これはお揃いで。丁度良かった、このまま捕まるくらいならば、ミリアローゼと共にここから飛び降りてやろうかと考えていたところだった。おまえたちの目の前でそれが出来ればせめてもの痛快というもの」

「本当に屑ですわね。ご自分の罪を一人で贖う覚悟もなく、か弱い女性を道連れにするおつもりなの? そんな事をしたら、歴史に残す恥を上塗りするだけですわよ。早くミリアを離しなさい!」


 まだ毒で思うように身動きできない様子のミリアローゼは既に上半身を外壁の外にして縋っている状態だ。マリアローゼは内心怯えつつも、動揺を隠して気丈に迫った。


「……」


 フランシードは憎々し気にマリアローゼを見つめていたが、やがて溜息をついた。


「私の命運もどうやら尽きたようだが、だからと言って、そなたらの命ずるままにミリアローゼを放してやるのは癪だ。どうだ、マリアローゼ、先だっての決闘の続きをせぬか。もし私が勝てば、この場は見逃せ」

「また毒刃をお使いになるおつもり?」

「いいや……もう何の手持ちもない。隣国の奴らめ、結局は私を利用したいだけだった……まあ当然と言えば当然だが」

「兄上は、彼らに何を約束なさったのです?」


 とアルフリード。


「最初は、私に王位と理想的な王妃と前王妃を、一度にすぐに与えよう、と持ち掛けてきた。父上は健康でまだ老いてはいない。だが、父上の政策は、隣国には色々都合の悪いことがあったらしい。私は、望みを叶えてくれるならば、次期王になれば隣国の都合を考慮しようと約束した……」


 遂に最期と腹を括ったのか、フランシードは牢で喋らなかった事をあっさり弟に話す。


「逃亡の際には、逃げおおせて機密を話せば隣国で貴族の暮らしを保証すると言ったのに、ミリアローゼが計算より早く目覚めた為に全てがおじゃんだ」

「ミリアは病弱だった分、薬への耐性があったのかも知れませんわね。フランシードさま、わたくしは決闘の続きを受けますわ」

「マリア、危険な真似をせずとも、なら僕が代役を……」

「いいんですの、アルフリードさま。これはわたくしのけじめでもありますから。今度こそ、長年お仕えした婚約の絆を自らの手で断ち切ってみせましょう」


―――


 こうして、塔の屋上で、あの日延期になった決闘の続きが行われる事となった。

 どちらにせよ、フランシードの運命は尽きているのだが、二人を止める事は敢えてせず、アルフリードとミリアローゼ、そして関所の兵士たちが見守っていた。


 アルフリードはマリアローゼの勝利を信じている。万一兄がまた卑怯な手を使ったら、すぐに止めさせるつもりだった。

 だが、その心配は杞憂だった。さすがに元王太子は既に観念していた。

 妹を危険な目に遭わせた男、その他たくさんの罪への怒りにまかせて打ち込まれた薔薇の剣は、三合目には王太子の剣を撥ね飛ばした。


「ふ……そなたは相変わらず美しいな。何故私は……子どもの頃はそなたの事を第一に想っていたのに、いつの間に歯車は狂ってしまったのだろう。何もしなければ、私はそなたを王妃に……」


 力なく笑うと、フランシードは、鼻先に突きつけられた薔薇の剣の前に膝を折る。薔薇の剣は遂に婚約を斬った。


「一緒に戻って頂きますわ」

「……せめての慈悲を」


 言うなり、フランシードは突然に吐血した。歯に仕込んでいた自害用の毒を呑んだのだ。


「……」


 マリアローゼも皆も驚かなかった。民の前で処刑されるよりもせめて、と請う王太子に、同情した訳ではなく、誰も後味の悪い役目を引き受けたくない、という気持ちに近い。

 ただ、マリアローゼとアルフリードはやはり複雑だった。二度と同じ事が起きぬよう、見せしめの処刑は必要であるけれど、やはり国王は嘆くだろうと思うと……。

 二人は仰向けに倒れたフランシードに近付いた。まだ意識はある。ぜいぜいと血を吐きながら呼吸を荒げている男が手を伸ばしたので、マリアローゼは今更の事だから静かに看取ってやろうとその手をとった。

 だが……。


「ち、ちがう、そなたではない」

「え? 我慢して下さいませ、ミリアは殿下と関係ありません」


 ミリアローゼを求められたのかと思った姉はやや素っ気なく応えたが、フランシードの願いは驚くものだった。


「あ、アルフリード、ここへ」

「僕ですか」


 もう一人の弟は簡単に暗殺した。なのに、この男には、まだ兄弟への情が残っていたのだろうか?

 ……違った。


「あ、アルフリード、そなたは、麗しのフィオリーナさまの面影を持っている。もっとこっちへ寄ってくれ……」


 フィオリーナ……アルフリードの母親。ごく普通の中年女性王族で、『麗しの』という通り名は持っていない。だが、フランシードにはそう見えていた。

 アルフリードは溜息をつき、


「嫌ですよ。母を穢さないで下さい」


 しかし、フランシードは最後の力で弟の手を握り……、


「フィオリーナさま……」


 と呟き、命果てた。


―――


 こうして事件の幕は下りた。


「本当に勝手な方でしたけれど、隣国の誘惑がなければ、もしかしたら普通の王になられていたかも知れませんね」

「そうだねえ、流石にその頃には母も老いてただろうし……」


 王太子となったアルフリードと、薔薇の剣姫は、城のテラスで話をしていた。フランシードの王籍は抹消され、墓を訪れる者もいない。

 思えばここは、最初にフランシードが婚約破棄を持ち出した場所。


「ねえマリア。全部済んだら、話をするって言ったよね」

「ええ」

「僕の妃になってくれないか。僕はずっときみを想っていた。兄の妻になる人だと諦めていたけれど、今や、誰もが認めてくれるだろう」

「……」


 マリアローゼは、すぐに返事をしない。


「マリア?」

「わたくしは、ようやくわたくし自身のものになれましたの。アルフリードさま、また王家は、わたくしに婚約をお命じになるのですか?」

「命じているんじゃない。きみが嫌なら僕は諦める。無理強いする気はないんだ」

「だったら……」


 陽光の中でふわりとマリアローゼは笑う。


「わたくしと手合わせをお願い致します。決闘ではありませんわ。でも、わたくしは、わたくしより強い殿方を、と心の底で願っていました。アルフリードさま、わたくしの心を奪ってくださる?」


 あの日、力強い腕で命を救われた時から、マリアローゼには、己より強い男が誰なのか、判っていた。


「マリア……ありがとう」

「お礼を仰るのはまだ早いですわよ」

「きみから一本とるまで僕は諦めないから」


―――


 かくして新たな婚約は成り、一年の後、薔薇の剣姫は王太子妃となった。

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