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目標  作者: 風速健二
目標 第1部
9/31

料理人の資質

店の方ではバイト君が家の都合で続けられなくなってしまう、と言う事が起きた。

だが、バイト君は「自分の高校の時の同級生が日本料理をやりたいと言ってるんですよ」

「それはいいじゃ無いか」と店長が言うとバイト君は

「でもですね。そいつ洋食屋に居たんですよね。だから……」

バイト君が言い難かったのは、この世界は中途半端な者を嫌う傾向があるからだ。

特に洋食とか中華。フランス料理等、違う世界の料理人だった者は使い難いからだ。

まあ、俗に「手垢がついた者」と言う訳だ。

だが店長は、取り敢えず面接してみようと言う事になった様だ。

面接事態は俺らの知らない時間と場所で行われた。

俺が初めて会ったのは、仕事に入るその日だった。


「皆、ちょっと仕事止めてくれ」

店長と親方が皆を集めて

「今日から洗い方に入る斎藤毅くんだ」

毅と紹介された若者は、一歩前へ出ると

「斎藤毅です、宜しくお願い致します」

そう自己紹介をして、親方は俺らを紹介してくれた。

こうして、新しく店に人が入ったのだった。


始めは何の問題も無く過ごして行った。

問題が起き始めたのは、毅が店に慣れた頃だった。


「圭吾さん、そこはこうした方が効率がいいですよ。その方が一度に沢山処理出来るし……」

その声に振り向いてみると、小魚をバットに仕舞う処だった。

圭吾が一匹一匹丁寧に並べてバットにしまってるのに、毅は一度にバットに入れてそれから並べれば簡単だと言っているのだ。

俺はこれは良く無いと思い、注意しようとしたら由さんが

「まて、ここで細かく注意しても大局が見えなくなる。この先必ず毅は問題を起こす。その時ガッンと言った方が良い」

そう言ったので俺はその時は言わずに於いたのだが、それからは二人をより注意して見る事にした。

すると、増々毅が圭吾に言う回数が増えて来ていた。

そして……その日は宴会も入っていて、かなり忙しかった。

俺は宴会用の焼き物を焼いていた。有頭海老の鬼殻焼きだ。

頭の付いた大きな海老を尾の所にある棘を折り。そこの尾の間から串を入れて行く。

頭を持ち上げて串を貫くのだが、まあ、慣れでこんなのは何でも無いが、俺は圭吾に焼き方の練習に半分やらせていたのだ。

実はこういうのの差は焼きあがってからきちんと中心線が通ってるかが判り、それが格好の良さとなって出て来るのだ。


俺が仕込んだ分を終え、圭吾が仕込んだ分にかかった。

すると、明らかに中心線が外れている。

いくら圭吾でもこれはおかしい?

今まででも何回かやらせていて、ちゃんと出来ていたからだ。

アイツは不器用だが、一旦覚えた事はきちんとする。

明らかに今までと違う……何かある? 俺はそう考えて、店が終わってから圭吾と毅に残る様に言った。


「なんですか正さん」

圭吾は不思議な顔をして俺に問いかける。

俺は二人を前にして

「今日の有頭だがな誰がやったんだ?」

俺は静かに言った積りだが、きっとそこ言葉に怒りの気を感じたのだろう、二人とも黙っていた。

実は俺は大体目星は付いていた。

「毅、お前が串を打ったんだろう?」

その言葉に圭吾は

「違うんです。俺が忙しくて中々手が廻らないので、毅が「やらせて下さい」って言うから……俺が悪いんです……」

理屈から言えばそうなるのだろう。だが問題の本質は実はそこではないと俺は思っていた。


「毅、有頭の串の打ち方は誰に習った?」

俺の問に毅は

「いいえ、習っていません。正さんや圭吾さんのを見て覚えました」

俺はそうだろうと思った。こいつは実は物凄く器用な奴だと俺は思った。

「毅、お前は今まで洋食屋さんでも色々な料理屋さんでバイトしていた時でも、そうやって見て覚えて、いつの間にか覚えてきたのだろう?」

俺がそう言うと毅は驚いた顔をして

「なんで判るんですか?」

そう俺に訊いて来た。

「判るよ。お前が器用な事も判った。お前は人の仕事を見て簡単なのはすぐに出来てしまう。実際やって見ると出来るのだから仕方が無い……だがなお前はそこで満足してしまう……そうじゃ無いか?」

俺がそこまで言うと毅は増々信じられないと言う顔つきになった。


俺はそこで、さっきの俺の挿した有頭と毅が挿した有頭を並べてみた

「判るか?違いが……」

圭吾も毅も手に取りくるくる回して見ていたが

「わかりません」

そう言って降参した。

俺はそこで海老を背中から見る角度で二人の前に差し出した。

「どうだ、これでも判らないか?」

俺の問に毅が「ああ、判りました!串に対して、えびの背中の中心線がずれています」

そう云われて圭吾も判ったみたいだ。

「そうだ、お前の挿した有頭は中心線を通っていない。だから焼いた時に格好が悪くなる」

「今まで気がつきませんでした……じゃあ俺のやって来た仕事って何時もこうだったんですね」

毅はうなだれて調理台に手を付いて俺に問いかける。

「毅、お前はある程度はすぐに出来てしまうから、自分の同期やちょっと先に入った先輩を物足りなく見てしまう。そしてそこである程度満足してしまう。だから洋食屋さんも辞めたのだろうし、あちこちの店をバイトで廻っていて、その店の特徴も覚えただろう……でもそれはちゃんとした技術の上に成り立ったものでは無いから比べると、このようになる」

そこまで俺が言うと毅は

「全て判っていたんですね。俺は本当にそうでした。何でもすぐに出来て俺って天才かも?なんてうぬぼれていました。でも、でも……」

「判ってくれれば良いよ。なあ、だけどな、そう言う器用な奴が本気になると凄いんだぞ。

本気でやって見る気にはならないか?」

俺は語り掛ける様に言って調理台に顔を埋めている毅の肩に手を置いた。


半分泣きながら涙を拭った毅は

「はい!俺、生まれ変わった積りで頑張ります!明日から宜しくお願いします」

そう言って俺に頭をサゲて来た。

「俺も偉そうな事は言えないけど、器用貧乏、と言うのかな。そう言う奴沢山見てきたからな。

こいつは努力すれば凄いと思っていた奴でも多少出来る様になると、給料の安さに我慢出来ずに止めて転職する奴が多かった。俺は本当はそう言う才能のある奴がどこまで行くか見て見たかったのかも知れないな」

その言葉に圭吾が

「正さんがそう思う様な奴って居たんですか?」

「バカヤロー、俺なんかより凄かった奴は沢山いたよ……でも、もうやってる奴はいない……

だから、今日はいい機会だと思ったんだ。それだけだ言いたいのは」


俺のその言葉で帰り店の鍵を閉める。

時計を見るとどうやら終電には間に合いそうだ。

俺は歩いても帰れるが二人は電車通勤だ。

毅は反対方向なので、駅で別れる。

圭吾と俺は同じ方向だが、俺は駅1つだからひとつだけ圭吾に付き合う為にホームで電車を待っていた。

「お前、毅に何時もやり込められていたな」

「そうですね。結構云われてました」

「お前格好悪かったぞ!」

「そうでした? 仕方無いですね。俺不器用ですから……」

「だがな、不器用は最大の武器でもあるんだ」

「不器用がですが?」

圭吾は驚いた様に俺を見る。

俺はもう一度

「不器用な奴は目の前の事に集中する。そして覚えた事は決して忘れない……」

「それって……」

「ああ、自分がそうだからさ……」

俺は帰ったらビールでも飲もうと思っていた。

真理ちゃんとは今日は話せ無いからな。

やがて終電が俺らの前に止まり、多くの乗客が飲み込まれて行く

この中にどれだけ俺達の様な職人が居るだろう?

俺はそんな事を考えていた。



10月の吉日に由さんが結婚式をあげた。

店長や親方は披露宴に呼ばれたが俺たち店の者(善さん以下の者)は2次会に呼ばれたのだ。

2次会でもお祝いを持って行かないとならないので、俺や圭吾、毅は色々と相談する。

まあ、圭吾と毅が俺に「正さん、こういう時って幾ら包むんですかぁ?」

と真剣に訊いて来るので俺は色々と調べておいていたのだ。

「まあ、相場は2~3万らしいが、俺たちに様な後輩はそこまで出さなくても良いらしい。でもあまり安いのはなぁ~」

ああでもない、こうでもないと言い合って額を決めたのだが、結局2次会は会費制と言うので安心した。

その変わり、3人で何か品物を買おうと言う事になり由さんに訊いたら

「そうだな、コーヒーメーカーが欲しい」と言うので、俺が5割で圭吾と毅が2.5割ずつ出して、

かなり高級なのを買って送った。

由さんが喜んでいたのが忘れられない。


2次会は由さんの知人がやっているフランス家庭料理の店を借りきって行われた。

会費もリーズナブルで、申し訳無い程だった。

基本的に立食形式で、四隅に椅子とテーブルが置かれている。

そのお客の間を新婚夫婦が廻っている。


俺達の所にも二人がやって来た。

「おめでとうございます」

と三人揃ってお祝いを言う。

善さんは少し遅れて来ると連絡が入っている。

「食べて飲んでくれよな」

由さんが陽気な声で言う

「ここの料理は旨いんだからさ」

俺はこの時始めて由さんの奥さんに会った。

想像していたような如何にも仲居さんの様な感じでは無く、ごく普通の女性でとても綺麗な人だった。

「何時も由がお世話になっています」

奥さんは俺にそう言って挨拶をしてくれた。俺は恐縮して

「いいえ、こちらこそ何時もお世話になっています」と返したが、奥さんは

「もしかして貴方が正さん?」

「あ、はいそうですけれども……」

「由は何時も貴方の事を話しているんですよ。アイツは見込みが、あるって」

そんな事を言われると穴があったら入りたいくらいだ。

圭吾と毅は由さんと話をしていた。

そこに善さんが遅れてやって来て、話に加わり一層賑やかになった。

「あたしね、アユミと言うの宜しくね」

奥さん、いいやアユミさんは陽気でにこやかな顔で言う。

俺は由さんのこの前の言い方だともっと耐える感じの人だと思っていた。

そんな事が顔に書いてあったのだろうか

「わたしがあんまり印象が違うから驚いた?」

「いえ、その……判りましたか?」

つい、そう白状してしまった。そう言わせる何かのある人だと思った。

由さんもそこに惚れたのかな? と……


「良くね、言われるんだ。もっと耐える女のイメージだった、って。

でも可笑しいでしょうね。わたしはわたしなんだから……旦那の言い方が暗いからなのよね。あの人意外と根暗だからね。

わたしが付いてないと駄目なんだ」

そう言われて、頷いていたら、ノロケだと気がついた。

でも良く似合いのカップルだと思う。

振り返って俺と真里ちゃんはどうだろうか?

そんな事を思ってしまった。

俺はひとつだけ、訊いてみたい事があった。

「あのう、ひとついいですか?」

「なあに、何でも訊いて」

「はい、ありがとうございます。じゃあ……由さんからプロポーズされるまで不安とかありませんでしたか?……その待ってる間に心配とかしませんでしたか?」

何とくだらない質問だと思うが、俺は訊いてみたかったのだ。


アユミさんはちょと考えていたが、それは答えじゃ無く言葉を探していたのだと思った。

「そうねえ、心配や不安は絶えずあったわ。それは嘘じゃ無いし、心の底ではこの人で間違い無い、と思っていたけど、それは言葉には出さなかったの」

アユミさんの視線の先には由さんと圭吾、毅、そして善さんが談笑している。

「そうやって、心配になる度にねあの人は私のアパートに泊まって行ったわ。そして色々な事をベッドの中で語ってくれた。だから信じる事が出来たのかも知れない。でも普通は反対でベッドの中の睦言に騙されるなって言うのにね……正くん、聞いたけど、悩んでるだって?」

「あ、はい。知ってましたか……」

俺は恥ずかしい気持ちを抑えながら答える。

「きっと、彼女待ってるよ。早く行動で安心させてあげた方が喜ぶと思うな……女って言葉より自分が愛されてる、大切にされてるって感じると強くなれるから……」

アユミさんはそう俺に語ってくれた後

「善さん、何面白い事話してるですか?」とあくまで陽気に話の輪に入って行った。

大事な事をまたひとつ教わった気がした。


二次会の帰り道時計を見ると未だ宵の口だった。

真理ちゃんの寮に電話をして真理ちゃんを呼び出す。

今日は休みで、早く終われば電話をする約束だったのだ。

近くの喫茶で待っていると、すぐに真理ちゃんはやって来た。

俺は由さんの披露宴の二次会の様子などを真里ちゃんに話した。

そしてアユミさんから言われた事等を頭に想い描きながら俺は真里ちゃんに決意を話したのだ。

俺と真理ちゃんの次の休みは同じ日になっている。その前日から2泊3日でお袋が旅行に行く事が決まっている。

「次の休み、外泊許可貰ってくれないかな……」

俺はやっとの思いでそれだけを言うと真理ちゃんは

静かに「うん」と言って、僅かに微笑んだ。そして

「パジャマ持って行こうかな……必要だよね。お泊りだから……」

「新しいのを買ってウチ専用にしても良いよ……」

「そうか……これから何回も使うからね……」

「ああ、そうさ、何回も何回もさ……」

「待たせて御免……俺、やっと決心出来たんだ」

「うん……信じてた……」


それから喫茶店を出て、繁華街に向かう

「何が食べたい? 」そう訊くと真理ちゃんは

「何でも良いよ。でも正さん食べて来たんじゃ無いの?」

そう言われて、そう思ったのだが、正直緊張と考えごとしていたので、食べた気がしなかったのだ。

「うふふ、正さんらしい……じゃあラーメンがいいな、温かい野菜がたっぷり入った奴」

「そうか、じゃあそれを食べに行こう」

「うん!」

俺達は手を繋いで、街を歩いて行った。

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