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目標  作者: 風速健二
目標 第1部
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10/31

二人の誓い

店の方は年末を迎えて忙しくなって来ていた。

俺はある日、由さんから休み時間に呼び出される。

一緒に喫茶店に行ってコーヒーを飲んでると

「正、これはオフレコと言う事で聴いて欲しいんだが、この前親方と店長とオーナーと一緒に呑む事があってな。その時の事なんだが、オーナーはどうやらもう1店舗出店を考えているそうなんだ」

俺はそれを聴いても特別に驚きはしなかったが、由さんがいる席でその話が出た事が気がかりだった。

「オーナーは新日本料理の店の成功に自信をつけてな、今度はウチの店と新日本料理の店を融合したような店を考えているそうなんだ」

俺はそれを聞き、ちょっと嫌な想像をした。

「なんだ、そうあからさまに嫌な顔するなよ。ホントにすぐに顔に出るな」

由さんはそう言って笑ってる。

俺はそんなに顔にでる性分になんだろうか?

「別に……」

そう言って誤魔化したが、バレバレだと思う。


「ウチの本格的な日本料理に向こうの店の若者に受けるテイストを取り入れられたら……と言っていてな、その際の料理長に俺を、と言う事なんだ」

それは衝撃的な話だと思う、由さんが居なくなれば煮方はそうなるのだろうか? 善さんがやるのかな、それともまさか……

そこまで考えていた時、由さんは

「お前がなるんだよ!」そう云われてしまった。

「でも、俺はまだ焼き方が……」

「そんな事言ってられないだろう!だから今日からお前に煮方の仕事も覚えて貰う」

「はあ……って、でも由さんには申し訳無いですが、そもそも本来なら善さんが料理長として行くのが順番じゃあ無いんですか?」

俺はそもそもの最初の処が違うと思ったのだ。それを聞いて由さんは

「俺もそう思って、そう言ったさ、そしたら……」

「そしたら?」

「既に言ったそうなんだ。そうしたら断ったんだと。『自分はこのままで良い』って」

「どうしてなんでしょうね。料理人だったら誰でも夢見ると思うのですが……」

その俺の疑問に由さんは

「善さんは俺らとは違って、今の親方が来た時に一緒に入って来たんだ。そして最初は煮方をやっていた」

初めて聞く善さんの過去だ。


「善さんは、ずっと親方の下でやって来ていたらしい。つまり店で修行するんじゃ無く、ある人に付いて修行するやり方だな。昔は結構あったらしい」

そう言うのも初めて聞く事だった。

「だからウチに来た時はもう既に一人前で、完成された板前だった。技術的にはお前も知ってる通り素晴らしいものを持っていると思う」

「でも、勿体無いですね、あれだけの人を……」

俺がつぶやく様に言うと由さんは

「だから、お前が煮方になるんだよ。まあ実際はお前が至らない処は善さんがカバーしてくれると思うがな。だから今後お前を鍛えるのさ」

そう言って由さんは笑うのだった。



実際、その日から由さんは煮方のABCを俺に叩き込んでくれた。

実際の処はその日使う出汁は圭吾が仕込みの時に取るのだが、これはきちんと分量もやり方も決まっていて、俺の時も圭吾の時も同じだ。

この出汁を基本にして、煮る材料によって、醤油、味醂の量を変えるのだ。

出汁、醤油、味醂をそれぞれ6:1:1とか4:1:1と変えるのだ。

更にそれぞれの煮る時に入れる香辛料なども覚える。

例えば臭みを取る生姜等は魚を煮る時には使うし、黄色い色を付けるくちなしの花とかこれも多い。

覚える事は山のようにあるのだ。

それに俺は俺で圭吾に焼き方の事を仕込まなくてはならない。

圭吾には詳しく云わなかったが、圭吾も以心伝心で理解した様だ。

更に圭吾は毅に……と言う具合で店の調理場は結構忙しくなって来たのだ。


そんな毎日だが、俺の安らぎは真理ちゃんだ。

あれから、休みの前日は俺の所に泊まりに来る。

お袋も娘が出来た様だと喜んでいる。

「お前、早くお嫁さんに貰いなさい!」

と俺に言う始末だ。

でも、一度真理ちゃんの実家には挨拶に行こうと思っている。

真理ちゃんの故郷は茨木の水海道と言う所だ。

一日がかりになるが行こうと思ってる。


家に泊まりに来ると、色々な事を話す。

店の事や二人の夢の事や本当に色々な事だ。

その中で真理ちゃんが、ポツリと

「わたし、そろそろお部屋見つけ無いと……」

そう言ったのが印象的で、俺はそれについても考えなくてはならなかった。

実は俺はある提案を持っていた。

それは俺の家に真里ちゃんを下宿させると言うウルトラCだった。

これは実はお袋が真理ちゃんの事を聞いて言い出したのだ。

俺は朝も夜も遅い、その間お袋は暇な店をやっているが、一人の時間が長いのだ。

真理ちゃんは基本的には朝は9時で夕方には基本的には終わるらしい。

ショーが有る時は連日遅くなるが、普段はそういう事は無いらしい。

それに、俺の家には空いている部屋もあるので、そこに真理ちゃんが住めばどうか?

と言う提案だった。

でも、俺は戸惑っていた。真理ちゃんだって俺に知られたく無いプライバシーだってあるだろうし、と考えたのだ。

「兎に角言うだけ言ってみれば」

とお袋に言われていたのだ。


もう暮れも深まって来た頃の事で、真理ちゃんが泊まりに来た時に俺は

「なあ、怒らないで聴いて欲しいんだけど、この家に下宿するって言うのはどうかな……」

そう俺は恐る恐る提案してみた、すると真理ちゃんは

「正さん……いいの? 私は嬉しいけど、正さんこそプライバシー無くなるよ。正さん友達と遊びにも行くのに遠慮する気がする」

俺が言いたかった事を逆に真理ちゃんは俺に言ったのだ。

「真理ちゃん。真理ちゃんこそプライバシーが……」

そう俺が言うと真理ちゃんは

「私はいいの! 友達だって寮だから外で会っていたし、大丈夫なんだけど……それにほとんどは工房と寮を往復するだけだったから……」

「じゃあ……いいの?」

そう俺が問うと真理ちゃんは、俺を抱き締め

「宜しくお願いします!下宿代おまけしてね!」

そう言って笑うのだった。


春から、俺と真理ちゃんは一つ屋根の下で暮す事になったのだ。


3月も末になると真理ちゃんが我が家に引っ越して来た。

「おばさん、正さん、宜しくお願いします」

と言って頭を下げ、挨拶のお菓子なんか持って来たのだ。

俺もお袋も「こんなのいいのに」と言って気を使わないように言った。


部屋は2階の奥の6畳となった。

なぜなら、そこだけは鍵が掛かるようになっているからだ。

プライバシーは尊重されなければならない。

ちなみに俺の部屋は1階で、2階にはお袋の部屋と今は物置と化してる4.5畳がある。

1階は店と俺の部屋の6畳とバス・トイレと居間がある。

普段は居間にいる事も多い。


一つ屋根の下で暮らしてみて判ったのは、俺と真理ちゃんの生活の時間が違うと言う事だった。

いわゆる、「すれ違い」なのだ。

例を書いてみると、真理ちゃんは朝6時に起きて、朝御飯を自分で作って、歳のせいで早起きになったお袋と一緒に朝御飯を食べて8時には家を出てしまう。

その後俺が9時前に起きて来て朝飯を食べて店に行く。

夕方、真理ちゃんが帰ってきて、お袋と一緒に夕食を食べ、その後は洗濯や居間でTVを見たりして過ごし、お袋の店が忙しい様なら手伝い、その後風呂に入り11時には寝てしまう。

俺が帰って来るのは12時頃だ。真理ちゃんはもう寝てる。


このような感じなので、顔を合わせ無いのだ。

そこで俺は今までは真理ちゃんが無理をして俺に合わせてくれていたとやっと理解をした。

今まで俺は真理ちゃんに甘えていたのだ。なさけない……

休みの前などは無理して起きてくれているが、眠そうだ。

その後二人で夜遅くまで色々と話なんかするのだが……申し訳無いと言う感じで一杯になる。

そこで二人で相談して、ノートを作った。

言いたいことや伝えたい事をこのノートに書いてお互いの部屋の入口に掛けて置くと言う寸法だ。

初めはこんなもので意志の疎通が図れるか?疑問だったが、上手く行き始めた。


ある日のこと、仕事が終わり家に帰ると部屋のドアに打ち付けてある釘にノートが掛けてあった。俺はそれを手元に取ると部屋に入ってベッドに腰掛けながら開いた。

内容は、自分の仕事に対する不安が書いてあった。

どうやら真理ちゃんはデザインが自分では上手く無いと思っているらしかった。

その悩みが書いてあった。

俺は「次の休みに話しあおう」と書いて、その他にも店であった事などを書いて真理ちゃんの部屋のドアのノブに掛げた。

俺が役に立つかは判らないけれど……


一方、オーナーの新しい店の方は、今すぐと言う訳では無かったが、2年後に新日本料理の店があるターミナルとは逆の方角に新しくショピングモールが出来るのだそうだ。

そこのレストラン街に出店する意向で、向こうとも合意済みで、近く正式に決まるそうだ。

2年後には由さんが花板と言うか責任者になるのだ。

心が弾むと同時に俺が煮方になると思うと緊張する。

それからと言うものは俺は由さんから煮方の特訓を受け、圭吾に焼き方の特訓をするのだった。


柴崎さんも噂を聞きつけて

「もう一店出店するんだって? 由くんが板長か! すると正が煮方となるだな。お客は可哀想だな」

そう言いながら笑って酒を飲んでいる。

「柴崎さん、そりゃひどいですよ」

俺も由さんも笑いながら言い返す。

「まあ、なんだって楽しみだよ」

そう言った柴崎さんの顔が忘れられなかった。


そして次の休みがやって来た。

俺は店を終わるとまっすぐに帰って来た。

土曜は1時間閉店が早いから必然的に帰りも早くなる。

家に帰ると真里ちゃんが今でTVを見ていた。

「あ、お帰りなさい」

そう言って真理ちゃんが笑顔で出迎えてくれた。


「さき、ちょっとシャワー浴びちゃうから」

そう言って風呂場に入り、体を流す。その間に真理ちゃんの悩みに対する答えを考えておく。

だが、俺にファッション業界の何が判るのだろう?

ろくな答えしか無いと決まってる。

いくら考えても仕方無い事しか思いつかないので、早々と体を拭いて風呂場を出る。

そして、真理ちゃんに「俺の部屋がいい?それとも真理ちゃんの部屋にする?」

そう訊くと真理ちゃんは

「正さんの部屋がいい!」

そう言うので、真理ちゃんを自分の部屋に入れた。


台所の冷蔵庫から出して来たコーラを二本置いて、1本を真理ちゃんに渡す。

「ありがとう」

そう言って口を開けると一口飲んでため息をついた。

俺も一口飲み「真理ちゃん、今後の事考えると不安なの?」

そう口火を切って訊いてみる。

暫く下を向いていたが、俺の方を向き直すと

「私、縫い子としてはもう責任者になっていて、そろそろ先生の片腕にならないとイケナイのだけど、私、想像力が無いと言うかデザインしてもありきたりのしか作れなくて……」

そう言って両手でコーラのビンを持ち上がって来る泡を見つめている。

何か気の効いた事でも言わなければとは思うが、思いつかない。

「でもさ、デザインって色々じゃ無い、見る人によっても違うし、若しかしたら、真理ちゃんのデザインだって、良いと思ってくれる人がいるんじゃ無いかな」

全く俺の慰めの言葉こそありきたりだよ、と思ってしまう。

「真理ちゃんさ、もしデザインが認められ無かったら、ずっと縫い子でいるの?」

俺はハッキリと訊いてみたかった。

真理ちゃんは俺の問にハッキリと

「多分無理だと思うの。そうなったら辞めないとならなくなると思う……今迄の人は皆そうして来たから……」

そう言って俺の方を向き、俺の目を見つめる。

「その人達はどうしたの?」

「ブティツクに勤めたり、資金のある人は、自分で生地屋さんやって、洋服の注文を受付てね、縫ったりして」

「真理ちゃんは、どうなの。そう言う事したいの?したくないよね?」

ちょっとキツかったかとも思ったが、俺らと共通する点もあると思っていた。

板長になれない板前は自分で店を出して、俗に言うオーナーシェフに収まるのだ。

その出す店だって日本料理屋とは限らない。

焼き鳥屋の事もあるし、ラーメン屋と言う場合もある。

勿論、それらが悪いと言う訳では無いが、修行した腕が泣く。

業種は違えど、同じ事だと俺は思った。


「ねえ、真理ちゃん。やるだけやって、頑張っても駄目だったら……」

「駄目だったら?……」

そこまで言って俺は躊躇った。

やや間があり、そして……

「駄目だったら、俺のところに来なよ!」

言ってしまった。ついに言ってしまった。

それを聴いた真理ちゃんの顔が、複雑な表情を見せた……


「ありがとう……」

真理ちゃんは何と言って良いか判らない顔をしていて、それでいて泣きそうで、俺としても

何と言って良いか判らなかった。

「それ聴いて、もう少し頑張れる気がしてきた……わたし弱いから、意気地なしだから……」

俺は真理ちゃんを抱きしめる。

「もう、いいよ判ったよ。俺が全て貰うよ……何もかも」

背中にまわした腕に少しだけ力を込める。

「実はね。わたし、お針子さんのチーフで甘んじてしまおうか、とも思ってたの。先生からは、その方は認められているから……でも正さんが言ってくれたおかげで、吹っ切れたの」

真理ちゃんは俺の胸の中で話している。言葉が胸を通じて伝わって来る……

「やるだけやって見る……それでダメだったら……」

「判ったよ。俺もそれまでに一人前になる」

「うん!」

その夜俺は真理ちゃんを抱いた。一つ屋根の下で暮らして初めての事だった。


そんな事は二人だけの出来事だから、仕事の事とは全く関係無いのだ。

店では煮方の特訓が連日行われている。まあ、焼き方の特訓は俺が圭吾にやってるんだが。

良く言うのだが、「時間を掛けて煮たから味がしみ込んでいる」と言う間違い。

実は味がしみ込むのは煮たものが冷める時なのだ。

いくらコトコト煮込んでいても、煮ただけでは味は染み込まない。冷める時に染み込むのだ。

おでんの大根が良く判ると思うのだが、一夜置いた次の日が良く染みこんでいて美味しいし、箸なんかで中をちぎってみると、心まで味がしみ込んでいるのが判ると思う。


それから、良く言われるのが「良く形を崩さずに煮れますね」と言われる事だ。

これは、皮を剥いてから面取り等をして煮崩れない様に加工すると言うのもあるが、

煮る時のテクニックがちゃんとあるからだ。

鍋に落とし蓋をして火に掛けるのだが、煮汁が湧くまでは強火だが、湧く寸前に火を落とす。

できれば沸騰しないぎりぎりの温度で煮るのだ。

これが、形を壊さずに煮るテクニックだ。

なんて事をやっと判って来た処で、未だまだなのだ。


一方、焼き方の特訓はこれも俺は圭吾をシゴイている。

こいつは不器用だが、一度身につけると覚えていて、応用して来る。

鮎も何とか綺麗に焼ける様になった。

俺が苦労して得た秘訣も教えてやった。

それだけでも感謝して欲しい。


そうこうしているうちに、夏は過ぎ秋となった。

新店舗のオープンは来年の秋と決まった。

もう1年無いのだ……

そんなある日、ランチタイムが終わって食事をしている時にオーナーがやって来た。

「食べ終わったら、休憩に行く前にちょっと聴いて欲しい事があるんだ」

そう言って、意味有りげに笑っていた。

俺は、なんだろうとは思いながらも、もしかしたら、新店舗の事では無いかと思い馳せた。


ホールのテーブルに思い思いに座ってオーナーの発言を皆待っている。

「え~、今日、こうして休憩時間を削って貰ったのは、来年に迫った新店舗の事だ」

やはりそうだったのかと思う。

「まず、店のタイプだが、一言で言って「若者受けする本格的日本料理」と言うコンセプトでやって貰う。店の内装も本格的でありながらもモダンな感じに頼んである」

そう言って店のイメージイラストを俺たちに見せてくれる。

「次に、メンバーだが、良く聴いて欲しい。この店からも移動して貰う人が居ますから。名前を発表します。まず、板長は由さん」

これは規定の路線だから驚きはなかった。

「それから、洗い方は新しく調理師学校から入れます。盛り付けは新日本料理の店の今洗い方の渡辺くんに来て貰う。それから焼き方はこれも新日本料理から飛鳥くん。そして、これが最後まで悩んだのだが、煮方だ……」

俺は、新しい店の煮方は健さんが収まると思っていたのだが、違うのだろうか? 焼き方が飛鳥か、評判になるだろうな。

俺はそう思っていたのだ。


「煮方だが、本当に決断に迷ったんだ。それでは発表します。今回の目玉と言っても良い煮方は正くんにやって貰います」

言われた瞬間、自分と思わなかった。

正? 正って誰だ? そんな感じだったのだ。

圭吾が俺の肩を揺さぶる。

「正さん! 先輩!煮方ですよ!」

「ああ、ああ、そうだな……俺がか?」

「そうですよ!」

圭吾の大きな声で我に帰った。

「俺が煮方ですか? 経験の無い俺が、新店舗のですか?」

そう俺は訊くとオーナーは

「ああ、そうだ、色々と考えて、相談もして出した結果だ」

俺はその時、初めて事の大事さを感じ始めたのだった。

俺はその事をまだ実感として感じていなかった。


柴崎さんが来た時に、その事を言うと、柴崎さんはもう知っていて、どうやらオーナーが相談した人の中に柴崎さんもいたようだ。

「正、今度はあっちに行かないとな」

そう言いながら嬉しそうな顔をしてくれた。

俺はこの人の為にもしっかりとしなければ。勿論一番はお客さんの為だ。

それは変わらない。

後、一年、果たして俺はちゃんと出来るのだろうか?

今から考えても仕方無い、不安を取り除く為にも俺は仕事に打ち込んだ。


由さんは新店のメニューをオーナーと新しく店長になる櫻井さんと考えている。

櫻井さんは新日本料理の店長さんだが、ウチの店の店長と違って包丁が握れる。

だからこういう相談にも大丈夫なのだ。

ちなみに、ウチの店の俺と由さんが抜けた後は、善さんが煮方をやる事になった。

圭吾が焼き方で毅が盛り付けで、新人が荒い方となる。

新日本料理の店は副店長として非常勤で来ていた、オーナーの奥さんが店長に昇格して、板長は変わらず、煮方が健さん。焼き方は盛り付けをやっていた子だ。この店の焼き方はステーキも焼く。盛り付けは経験者を入れるのだそうで、洗い方は新人だ。

結局、今まででもそう多くない人材だったのを1店増やしたのだから、不足するのはしょうがない。

俺はそれより自分の事で一杯になっていた。

家に帰ってお袋と真理ちゃんに言うと喜んでくれたが、お袋は

「なんだい昔に比べて随分早く煮方になるんだね」

そう言われてしまった。無理も無い、来年でこの道入って7年しか経っていないのだから無理も無い。

それに比べて真理ちゃんは大層喜んでくいれて、俺の手を取って涙まで流してくれた。

きっと自分の事と比べているのだと思う。

実はそこが気になったのだ。

本当は俺が支えてやらないとならないのに……

御免!まりちゃん。

俺は心で詫びるのだった。

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