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目標  作者: 風速健二
目標 第1部
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12/31

決意!

店の忙しさは、かなりのものだった。

11時30分の開店から21時半のラストオーダーまで、一時の休みも無く注文が続いていた。

この店のウリはやはり、盛りつけの綺麗さにある。

大体、日本料理は盛り付けには、山と海があり、自然界に見立てて盛り付けられているのだ。

それが判ると食べるのも一層楽しくなる。


この店は、それを一歩進めて、いわゆる若い娘が喜びそうないわゆる「カワイイ」系の感じに盛り付けに出す様にしている。

これが、どうやらお客さんに受けているらしい。

俺なんかは綺麗だとは思うが「カワイイ」のは正直良く判らない。

写真を採って真理ちゃんに今度見て貰おう。


金曜日の開店で、次の休みの前の月曜まで、そう言う状態が続いた。

たった四日間だけど、正直疲れた。

我ながら情けないと思う。

焼き方の飛鳥もグロッキー状態だ。

「正さん疲れましたね」

そう言って月曜は早々と帰って行った。

俺も、店が終わるとまっすぐに家に帰る。

12時近くなので、お袋も真理ちゃんも寝ている。

俺は、二人を起こさない様に、物音を立てない様に、風呂に入り汗を流す。

最近、年なのか?風呂にはいると疲れが抜ける。と言う事が実感として感じる様になった。

湯船で寝てしまいそうになるのを、我慢して風呂からあがる。

冷蔵庫から缶ビールを出して飲むと極楽だと思う。

飲み終わり、汗が引くと布団に入るとすぐに寝てしまう。

そんな日々だった。


柴崎さんは開店祝いに花を送ってくれたので、すぐにでも来るかと思っていたら、やって来たのは開店から10日も経った頃だった。

「よお、慣れたか?」

そう言いながら店に入って来た。俺は嬉しくなるのを堪えて

「いらっしゃいませ、随分のんびりとしたお越しですねえ」

そう言って笑うと柴崎さんは

「なあに、慣れない内に来て変なもの食べさせられないか、様子を見ていたのさ」

そう言って笑っている。

「まあ、じゃあ食べてみて下さいよ」

俺や由さんはそう言って柴崎さんの好きなものを並べて行く。

「こんなに食べられるかよ」

そう言いながらも口だけはちゃんと動かしている。

その日は久しぶりに仕事に余裕ができた感じだった。


10月の開店で、三ヶ月間昼の休みが無いと言うのは要するに1月の新年会が終わる迄と言う事だ。

来年の正月も2日から営業開始だそうだ。

休めるのは元旦だけとなった。これもいたし方無い

そう、店のメンバーを紹介して無かった。

まず、板長が由さん。続いて煮方が俺、焼き方が飛鳥で、盛り付けは渡辺くんと言い新日本料理で洗い方をやっていた子だ。皆は「ナベ」と呼ぶ。

洗い方は新しく、調理師学校の夜間部を9月に卒業したばかりの子が入った。

夜間部でも年は19だ。なんでも大学を皆落ちて気がついたら夜間部しか入学出来る所が無かったと言う奴で名を山田 慶次と言う奴だ。

この5人で料理を拵えて行く。

店の規模はカウンターが10名程でテーブルが4人がけが6つで、8人がけが4つ、それから、座敷が5つあり、これが詰めると各部屋8~10人は入る。

なんだかんだで100人は入るのだ。

ホールは5人で基本回して行く。馴れてくればそんなにきつくは無いハズだ。


だから、今年は忘年会は無い。

新年会は2月にあると思うのだが、今はそんな余裕も無い。

肝心の客層だが、立地と言う事もあるのだろうか、やはり若い人が多いと思う。

それに家族連れも多い。

これは前の店とは違う事だと思う。


休みの日は殆んど1日中寝ていた。

夜に真理ちゃんが部屋に顔をだしたので、久しぶりに話をしたり一緒にTVを見たりした。

やはりいいものだと思う。

「無理しないでね」

そう真理ちゃんに言われて、約束させられてその日は眠りに就いた。

正直真理ちゃんの顔を見たので、心が安らいだ……


12月に入ると忘年会で連日一杯になってしまった。

予約も連日一杯に入っている。

ここまで来ると忙しいのも体が馴れて来たのだが、それと同時に細かいミスが出始めた。

調理場もそうだが、ホールも注文ミスとかが出て来た。

これは、馴れて来ると気が緩んで来る事から出て来るのだ。

夜の食事の時に俺が皆に言って、もう一度気を引き締めていこうと言った。

気がついたら、俺がそんな事言うなんて……自分でも驚いた。

善さんがいたら、なんて言われるだろうか、なんたってキャリアはまるで違うのに、今は「煮方」と言う役目だけは同じなのだ……しっかりしなければと思う。


そう、言い忘れたが、この店は食器洗浄機を導入している。

これは大活躍で、洗い方初心者の慶次にとっては助かっていると思う。

器を機械が洗ってる間に鍋とか調理器具を洗う事が出来るからだ。

これは契約はリースなんだそうで、何年か経つと新しいのに替えてくれるのだそうだ。

中々便利だと思う。


そうこうしている内に年が明けて新年となった。

正月の2日なんてお客が来るのか?と思ったら

正月気分の料理を食べに結構やって来た。

松の内だけの正月の献立もあるので、それが結構出ている。

前の店では季節で献立を変えていたのだが、今の店はイベント毎に変える趣向なのだそうだ。

次は節分と立春で変えるのだそう。

節分と言うと鬼の料理だろうか?

そう考えて笑ってしまった。

あともう少しで通常営業に戻る。それが待ち遠しい。


開店して三ヶ月が経ち、営業時間が変更になった。

それは平日は午後2時~午後4時までは店を一時閉店するという事。

これはランチタイムから夕方まではお客が入らないので、休憩時間に充てるという事で、

これは前の店でも行っていた。


それから、土日なのだが、平日11時30分開店なのを11時開店にして、午後7時に閉店するまで連続営業するという事だ。

これは土日の夜間は人が極端に減るが、午後の時間帯は人が減らないので、そのまま営業するという事だ。

これは俺らも早く帰れるので願ったりだ。

7時閉店なら9時には家に帰れる。

これはサラリーマンだと午後3時に帰れるという感覚なのだ。


それでも、土日は連続して忙しい。

気を抜く時間はそう多く無い。

慣れの問題なのだが、集中力が切れない様にしないとならない。

平日の休憩時間は、初めはモールの中を散策していたが、流石に飽きたので、店で休む事が増えた。

もうすぐ2月という時の事だった。

土曜日早く家に帰ると、家で真理ちゃんが俺を待っていてくれた。

「どうしたの?」

そう訊くと、真理ちゃんはボソッと「正さん、話しがあるの……」

そう言いながら俺の目を見ている。

俺は「これは普通の事では無いな」と思いながら

「俺の部屋に行くかい?」

そう問いかけると、真理ちゃんは頷いた。


部屋に入り、明かりを点けるかという時に、真理ちゃんが俺を抱きしめて来た。

「どうしたの?」

そうもう一度訊くと、真理ちゃんは涙を流してる。

俺は真理ちゃんの肩を両手で押さえて、泣いている真理ちゃんを正面から見据えた。

「工房で何かあったのかい?」

そう訊く俺の言葉に真理ちゃんは

「私、やはり、駄目だった……今日、先生にハッキリと言われちゃった……今後の身の振り方をそろそろ考えた方が良いって……」

真理ちゃんは、ゆっくりとだが、ハッキリと言い難いだろうに、俺にちゃんと伝えてくれた。

「そうか……この処、俺が忙しかったから相談にも乗れなくて御免ね」

俺は何時もそうだ、真理ちゃんが本当に困っている時にちからになれないんだ……

「ううん、そうじゃ無いの、これは私の最後の悪あがきだったから、いずれ来る事は判っていたから……」

真理ちゃんはそう言って俺を逆に慰める。

そうじゃ無い、俺が慰め無いと……


「真理ちゃん、やるだけはちゃんとやったんだろう?」

そう俺が訊くとまりちゃんは、ちょっとだけ笑顔を作り

「うん、それは頑張ったよ。でも駄目だった……」

「そうか……なら、仕方無いよ。俺達の世界でも誰でも一流店の花板になれる訳じゃないからね」

慰めとも何とも言えないものだったが、そんな事しか俺には言え無かった。

それよりも、何よりも、俺は真理ちゃんとの約束を果たさないとならない、それは……


俺はもう一度真理ちゃんを正面から見据えて

「真理ちゃん、約束覚えているかい?」

そう訊くと真理ちゃんは、やっと笑い顔を見せて

「うん、ちゃんと覚えているよ」

そう言い切った。

俺は心の底から想いと気合を込めて

「真理ちゃん、俺の処へ嫁に来ないか?俺と結婚してくれないか!」

思いの丈を込めてそう言った……


「はい、私で良ければ、お願いします」

真理ちゃんはほんの僅かな間の後で俺に答えてくれた。

「ありがとう……」

もう一度力のいっぱい抱き締める。

「正さん、ちょっと痛いよ!」

真理ちゃんが今度は笑いながら俺の腕を軽く叩く。

「ありがとう……必ず幸せにするよ……」

今度は耳元で優しく言うと真理ちゃんも

「うん、約束ね…‥」

そして俺を今度は真理ちゃんが抱きしめたのだった。


その後、自分の部屋に下がっていたお袋に報告する。

お袋も喜んでくれた。

「水海道へまた行かないとな」

俺は真理ちゃんの御両親に挨拶をしに行く事を考えていた。

「今度、両親の都合も聞いてみるね」

真理ちゃんはそう言って俺に微笑むのだった。


具体的な事は全てこれから決めないとならない。

その晩確認したのは、

1.真理ちゃんが辞めるのには3月末まで待たないとならない。

2.住むのは、ここにお袋と一緒に住む。

3.そして、当分は真理ちゃんもお袋の店を手伝う。

4.式等は質素にする。

等だった。早いかな?とも思ったのだが……


住む場所は、俺は外に出る事を主張したのだが、真理ちゃんが利かなかったのだ。

曰く、お母さんを一人で住まわせたく無い。

それにお店をやってれば生活費も楽になる。

自分も専業主婦になるので、手伝える。

等と真理ちゃんは主張し、俺は負けたのだ。

二人だけで甘い暮らしを夢みていた俺の妄想は現実に打ち砕かれたのだ。

確かに、俺の給料は多少上がったが、二人で暮すとなると、ぎりぎりかも知れない。

そこで家賃が要らないというのは魅力でもある……なんて。


店では、真理ちゃんを知っている由さんと飛鳥だけに言った。

「おう、ついに決めたのか!尻に敷かれろよ」そう言う由さん。

「ああ、決めちゃいましたか!本当はあたしも狙っていたのに……なんて」という飛鳥。

二人にお祝いを言われ、俺は正直嬉しかった。


兎に角、水海道へ行き、真理ちゃんの御両親に挨拶するのが先、という事で、俺は真理ちゃんに無理を言って、水曜日休んで貰った。

向こうの御両親も都合を付けてくれた。

この当時は「つくばエキスプレス」は無いので常磐線で取手まで行き、関東鉄道に乗り換え水海道に向かう。

駅からはタクシーで15分くらいの町外れで、あたりは大分緑が多い場所だった。

「半農なの、父は勤めていて、祖父母と母が農業やっていて、弟は大学の農学部行ってて、一応将来は農家継ぐ積りみたい」

それが俺が聞いている真理ちゃんの実家の様子だった。


タクシーが止まり、かなり前に一度来て見覚えのある家の前に俺は立った。

門柱に「鈴木」と書いてある脇を俺と真理ちゃんは並んで歩いて行く。

逸る気持ちを抑えながら俺は決意を新たにするのだった。



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