フェイズⅠ プロセス①
「どういうつもりなんだ、カイラス! こんなプラン、バカげている!」
エドは声を荒げた。
エドワード=ハリス。今年45歳になった彼は、大手IT企業『ゴルゴネイア』に勤務している。所属はAI部門の統括リーダー。しかし提示された社からの方針に納得がいかず、堪らず怒声を上げたところだ。シリコンバレーの一画、近年急成長を果たしたため新たに建てられたゴルゴネイアの本社ビル7階会議室では現在新型AI『セラフ』の開発会議中。明るい陽射しの入る真っ白な会議室に、エドの声が響いた。会議にはAI開発に携わる関係者も参加しており、その誰もが驚きを隠せない。彼らから見たエドの印象は、温厚で時にはジョークのひとつも発する熱心な技術者。残業も厭わず、納得の行くまでひたすら仲間たちとリテイクを繰り返す『職人肌』ともいえるその姿は後続の若者たちからは崇高なものとさえ見えていた。延々と続くディスカッションを経験してるにしても、怒鳴られたことは一度もない。誰もが、これほどまでに激昂するエドを初めて見た。
「エド。口を慎んではどうかな。僕はゴルゴネイア最大の出資者であり、CEOでもあるのだぞ。キミがどう思っていようが、少しは敬意というものを見せたまえ」
エドとやり合っているのはカイラス=マロウ。本人の言葉通り、ゴルゴネイアの頂点に君臨する。ヤリ手の投資家で、証券取引で得た利益を、当時IT系企業ではまだまだ中堅だったゴルゴネイアに投資、実質買い上げる形で自らが指揮を執っていわゆるリストラを進めた。しかし単なる人員の整理だけでなく新商品の投入や新分野への積極的参入を指示することによりゴルゴネイアはめきめきと頭角を現し、現在ではシリコンバレー有数の巨大企業へと成長した。その手腕が評価されると同時に、なにしろ『結果を出した者』である。カイラスの発言に異を唱える者は社内には一人としていなかった――――
――――今までは。エドはその若きカリスマに噛みついているのだ。ゴルゴネイア社内ではありえなかった光景でもある。
「こんなバカげた提案をしないなら敬意でもネッシーでも見せてやる! だがなぜだ⁈ なぜ計画にはセラフに対するいざという時のための安全策が盛り込まれていないんだ⁉ オレは何度も言っている。いかなるAIでも野放しにしてはいけないって! 中でもセラフは危険なんだ! だから万一のために何重にも安全策を」
不審者を発見したビーグルのように吠え立てるエドに、カイラスはすっと左掌を向けてその言葉を遮った。呆れたとばかりの表情で。
「ふむ。技術屋らしい意見をありがとう。だがキミには企業の経営についても考慮してもらいたいものだね。現在、AIの開発競争は日々どころか分、秒単位で激化している。わずかでも自社製品の魅力を磨くことを怠れば、我がゴルゴネイアは一夜にして今の地位を追われかねない。同時に半導体部品の高騰。サーバールームの冷却にかかる費用。そして人件費。AIというのは霧や霞で動くものじゃないことくらい、キミも分かっているだろう、エド。そうした開発と運用に係る出資を抑えつつ、常に最新鋭の性能を持つ商品を投じなければならない。それが市場というものだよ」
「そんなことは分かっている! だが! だからと言って安全策をすべて放棄してもいいというのか? いざ事が起これば会社が吹っ飛ぶなんてもんじゃ済まされなくなるぞ!」
ゴルゴネイア社ではすでに『ウィズダム』というAIを市場へ送り込んでいた。使用料フリーで使える範囲が広いためライトユーザーからの引き合いが多いばかりか、オープンウェイトのため各企業をはじめ様々なところでウィズダムが導入され、それぞれの都合・用途に合わせカスタマイズを施して利用している。内部のユニットが整然としてメンテナンス性も高いことからSEからの評判も良い。しかしアップデートを繰り返してきたものの他社の後発AIと比べれば見劣りするところもあり、特にメンテナンス性の高さがアダになり、セキュリティに関する脆弱性が散見されるようになった。そこでゴルゴネイア社ではウィズダムに代わるAIが開発中だった。それが議題に上がっている新型AI、開発名『セラフ』である。
だが現状ではセラフに対する停止機能は無く、それを盛り込んだエドの計画書が今、無きモノにされたところだ。シリコンバレー界隈ではAIの暴走は毎日のように耳にする。報道に乗るほどではない規模のモノなら日常といっても過言ではないほど。これに頭を悩ませているだけでなく、危険なモノと認識している技術者は多く、エドもその一人だ。しかしさきほどのカイラスの言の通り、利益優先とする投資家の声によりそれは書き消されてしまう。
「未来とは過去と現在を引き連れて進むモノだ。投資家は未来に対し投資をしているのだ。ならば、そうならないように商品を作るのがキミの役目ではないのかな? 僕もボランティアでキミを雇っているわけではないんだ。給料分の成果くらいは見せてもらいたいものだよ」
カイラスの表情にはどこまでも余裕がある。エドは、その顔の裏側に貼り付いた真意に気付いていた。まんまと誘導されたな、という不快感は拭えないものの、しかし「不完全なもの」をつくり続けなければならないという不快感の方が、エドの中では上回った。
「分かった。それならオレはここで下りさせてもらう。辞表なら手書きの立派なヤツを書いてやるからありがたく受け取れ」
「そうか、残念だな。秘書にでも渡しておいてもらおうか。これから先の人生、キミがどう生きるかは好きにして構わないが、ゴルゴネイアについてなら心配しなくていい。人など、いくらでも雇えば済む話だからね」
「そうかい。それじゃここまでだ。親愛なるゴルゴネイアと、ミスターカイラスに幸多からんことを」
「ああ、キミもな」
エドは机の上の書類を鷲掴みにすると、静まり返った会議室を振り返ることなく後にした。
◆
AI部門のオフィスは突如降って湧いた辞任劇に騒然、その主役であるエドのデスクの周りには幾重にも人垣ができていた。
「エド、本気なのか?」
声を掛けたのはピーター=ブラウン。普段は陽気で豪快な男で、エドとはAIの安全性に対する考え方も共有し、よく気が合った。会議室での騒動を聞きつけ真っ先にすっ飛んできたものの、そう多くはない私物をショッピングバッグに詰めているエドに近寄りがたさを感じた。エドの考えは理解できる。しかし。
「まあな。辞表はもう出してきちまった。キャシーも驚いてたよ」
「なんというか、俺たちにもできることがあれば…」
ピーターは何か言いたげだったが、言葉にならなかった。
「無理するな。これはオレの問題さ。カレッジを出てから今までエンジニア一筋でやってきて、それでなお自分が納得の行く仕事ができない環境なら、袂を分かつしかない。それがオレのやり方だ」
「そうか。少なくともここにいる俺たちは、お前の味方だぞ」
「ありがとう。世話になったな。それじゃ」
私物のノートPCが入ったカバンとショッピングバッグを両手にぶら下げて、エドはオフィスを出ていった。
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この物語はフィクションです。
作中に登場する人物・団体・地名・事件などは、実在するものとは一切関係ありません。




