表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者転生魔王物語  作者: ぃぃぃぃぃぃ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
24/24

第二十四話:その朝

 目が覚めた時、窓の外が白かった。

 雪ではなかった。夜明けの光だった。

 どのくらい眠っていたのか分からなかった。昨夜、術式が終わって部屋に戻った。椅子に座った。そこから先の記憶がなかった。いつの間にか眠っていた。

 身体が重かった。

 立ち上がろうとして、止まった。

 右手を確認しようとした。

 しなかった。

 今日は確認しなかった。

 窓の前に立った。

 城の窓から、魔族の集落が見えた。

 朝の光の中に、家々が並んでいた。煙が上がっているものもあった。誰かが起きている。誰かが動いている。

 遠くで、子どもが走っていた。

 小さかった。

 角があるのか、ないのか、この距離では分からなかった。種族が分からなかった。

 走っていた。

 それだけだった。

 見ていた。

 気配があった。

 振り返らなかった。

 ダナだった。分かっていた。

 ダナはしばらく何も言わなかった。

 窓の近くに来た。

 俺の隣に立った。

 一緒に外を見ていた。

 子どもはもう見えなくなっていた。どこかへ行ってしまった。

 しばらく、二人で外を見ていた。

 ダナが口を開いた。

「……あんた、泣いたことあるかい」

 静かな声だった。

 問いとも独り言ともつかない声だった。

 俺は答えなかった。

 ダナはしばらく外を見ていた。

「昔、一人いた」

 低い声だった。

「最後まで、泣かなかった」

 それだけだった。

 ダナも続けなかった。

 それだけで十分だった。

 扉の外で音がした。

 使いの者だった。

「リオ様からお手紙が届いております」

 受け取った。

 封を開いた。

 リオの字だった。

「人間側では、もう魔王は死んだと言われています」

 一行目にそれだけあった。

 読んだ。

 もう一度読んだ。

 次の行を読んだ。

「現在の状況については、引き続き情報を集めています」

 それだけだった。

 新勇者については、何も書かれていなかった。

 紙を二度たたんだ。

 窓の外を見た。

 さっき子どもが走っていた方向を見た。

 もうそこには何もいなかった。

 人間側では、魔王は死んだことになっている。

 しかし新勇者の育成は続いているかもしれない。新勇者が現れれば、この境界は意味をなさなくなるかもしれない。

 分からなかった。

 分からなくていい、とは思えなかった。

 ただ、今日は分からなかった。

 窓を閉めた。

 ダナがまだそこにいた。

「身体は」

「問題ない」

「そうは見えないが」

「問題ないと言った」

 ダナは何も言わなかった。

 俺も続けなかった。

 確認はしなかった。

 今日は確認しないと決めていた。理由はなかった。ただ、今日はしないと思った。

 椅子に座った。

 机の上に、昨夜の書状が残っていた。

 ミラが始めて、ミラが死んで、ガルドが死んで、エドが繋いで、残党を鎮圧して、全魔力を解放して、この書状が生まれた。

 人間側では、もう魔王は死んだことになっている。

 それがどういう意味を持つのか、まだ分からなかった。

 ダナが扉の近くで止まった。

「一つだけ聞いていいか」

「何だ」

「後悔してるか」

「何を」

「全部だ。ここまで来た全部を」

 俺は少しだけ考えた。

「分からない」

「分からないか」

「後悔しているかどうか、まだ分からない」

 ダナは少し黙った。

「……そうか」

 それだけだった。

「朝飯は持ってこさせる。食べろ」

「食欲はない」

「食べろ」

 扉が閉まった。

 一人になった。

 泣いたことがあるか、とダナが聞いた。

 答えなかった。

 答えが出てこなかったからだ。

 勇者だった頃、泣いたことがあったかもしれない。魔王になってから、泣いたことがあったかどうか分からなかった。

 ミラが死んだ時。

 ガルドが死んだ時。

 廃城で一人だった夜。

 泣いたかどうか、覚えていなかった。

 覚えていないということは、泣かなかったのかもしれなかった。

 どちらか分からなかった。

 窓の外をもう一度見た。

 集落が見えた。

 朝の光の中に人が動いていた。

 誰かが荷物を運んでいた。誰かが立ち話をしていた。

 境界が閉じた翌朝だった。

 しかし集落は動いていた。

 世界は止まらなかった。

 誰が死んでも。何が変わっても。世界は次の朝を始める。

 それが、腹立たしかった。

 腹立たしい、という感情が出てきたことに、少し遅れて気づいた。

 最近は感情に気づくのが遅かった。

 ダナの部下が朝食を持ってきた。

 置いて、出ていった。

 湯気が上がっていた。

 食べる気にはなれなかった。

 しかし食べた。

 味はほとんど分からなかった。それでも食べた。

 続けるためには、食べるしかなかった。

 食べ終えてから、また窓の前に立った。

 集落はまだ動いていた。

 ガルドは一線を守ったまま死んだ。

 エドの手は震えていた。

 リオは今もどこかで情報を集めている。

 ダナは朝食を持ってこさせた。

 人間側では、魔王は死んだことになっている。

 新勇者については、まだ何も書かれていない。

 窓の向こうで、別の子どもが走っているのが見えた。

 さっきと同じ方向ではなかった。別の子どもだった。

 見ていた。

 種族は分からなかった。

 走っていた。

 まだ、終わっていない。

 その感覚だけが、朝の光の中に残っていた。

 本作を最後まで読んでいただき、ありがとうございます。

 この物語を書き始めた時、最初に決めていたことが一つだけありました。

 主人公に、答えを出させない。

 勇者として生まれ、魔王に転生した男が、行き来禁止という棚上げの結末に辿り着くまでの話です。和平ではありません。共存でもありません。ただ、これ以上殺し合わないために、互いを見えなくする。それが精一杯だった。

 書きながら何度も迷いました。

 ミラを助けさせようとしたことがありました。ガルドと和解させようとしたことがありました。主人公に、もう少し分かりやすい答えを持たせようとしたことがありました。

 そのたびに、やめました。

 この主人公は、自分の感情に気づくのが遅い人間です。廃城で「両方滅ぼせば終わる」と考えた夜も、リオに「じゃあ今やれよ」と言われて初めて、自分がそれをできないと分かった。できない理由は最後まで言葉にならなかった。ただできなかった。

 それだけが、この人物の一線でした。

 登場人物の中で、書いていて最も難しかったのはリオです。

 慰めない。否定しない。逃げ道も与えない。感情を共有しない。それでもそこにいる。

 この距離感を最後まで保つことが、一番難しかった。第22話の「じゃあ今やれよ」という一言は、この物語で最も書くのに時間がかかった台詞です。煽りでも、説教でもなく、確認として機能させるために。

 ガルドについては、書き終えてから気づいたことがあります。

 この物語で最も正しい世界線を生きていたのは、おそらくガルドでした。妻を失い、力だけを信じると決め、理由のない一線など持たないと決めた。その結論は、その経験から見れば合理的だった。それでも最後まで、子どもだけには手を出さなかった。

 主人公が「そうかもしれない」と答えたあの瞬間が、この物語で最も正直な場面だったと思っています。

 第10話「軒下」の乾パンの場面は、物語全体の中心にあります。

 老人の荷物は空だった。それでも割った。計算ではなかった。説明もなかった。ただ、そうした。

 この場面が第11話のミラへの選択と、第14話のガルドへの最後の言葉と、第21話の子どもの保護を、言葉にならないまま繋いでいました。主人公自身は気づいていなかったかもしれません。しかし、あの夜の乾パンの硬さが、喉を通る時の摩擦が、この物語の終わりまで残り続けました。

 最終話、主人公は右手を確認しませんでした。

 今日は確認しないと決めていた。理由はなかった。ただ、今日はしないと思った。

 これがこの物語の終わり方として、正しいと思いました。

 崩壊がどこまで進んでいるか、知らなくていい日が来た。それだけのことです。大きな悟りではない。ただ、今日はそう決めた。

 そして別の子どもが、また走っていた。

 種族は分からなかった。

 まだ、終わっていない。

 この物語に付き合ってくださった読者の皆さんへ。

 答えの出ない物語を、最後まで読んでいただきました。達成感のない結末を、空白のまま受け取っていただきました。

 それだけで、十分です。

 本当にありがとうございました。

 もしよろしければ、

 ・印象に残った話や台詞

 ・ミラ、ガルド、ダナ、リオ、エドについての感想

 ・主人公はこの後どうなると思うか

 ・新勇者は現れると思うか

 ・この結末をどう受け取ったか

 など、ぜひコメントで教えていただけると嬉しいです。

 作者としても、とても好きな温度感で書けた作品でした。特に「説明しすぎない会話」や、「感情を言葉にし切らない空気」を組み立てる時間は、最後まで楽しかったです。

 また次の作品でお会いできたら、その時はよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ